399 密談
木立の陰で薄暗い窓から、僅かに光が差し込む。
男は重厚なこげ茶色の肘掛椅子に座り、目を閉じて微睡んでいた。
コンコン。
「旦那様、入ってもよろしゅうございますか」
「入れ」
ドアが開いて、若い執事が礼をした。
「各地から連絡が来ております」
「首尾は上々か」
「フロードリンは火災の後片づけが終わり、王家が雇って派遣した職人が、新しい家を建てているそうにございます」
「そうか」
「その他に、ハーリオン侯爵家が食料や衣服、日用品を配って、焼け出された住民の生活を支援しているそうです」
「……何だと?それは確かなのか?」
男は椅子から身を乗り出した。
「はい。現地に入った騎士団に、息がかかった者がおりまして……その者の話では、四姉妹のうち二名と金髪の青年が、街の有志と一緒に物を配っていたとか」
「金髪……ハロルドが帰っているのか?馬鹿な。あいつはアスタシフォンにいるはずだろう」
「アスタシフォンの王宮へ確認を取りました。ハーリオン侯爵夫妻は王宮内に留め置かれているようですが、ハロルドの姿がこのところ見えないそうです」
「逃げ出したか……」
「フロードリンと同様の報告が、コレルダードからも届いております。徴収した年貢を返し、希望者からは麦を買い上げてフロードリンへ運び、支援物資に充てているそうです。コレルダードには職業訓練の施設ができる動きがあるとも」
「……侯爵がいなければ何もできまいと思っていたのに。忌々しいな」
座ったままダンダンと片足を踏み鳴らし、男は悔しそうに奥歯を噛んだ。
「いかがいたしましょうか」
「王宮の動きは?」
「騎士団はハーリオン侯爵令嬢とハロルドを追っているようです。慈善活動の報告も王宮には届いているものと思われます」
「フロードリンにコレルダードか……エスティアとビルクールへも手を出してくると思うか?」
「何とも申し上げられません。騎士団の調査は入ったものの、どちらも住民に被害は出ておりませんし」
「双方に目を光らせるのは無駄だな。……エスティアは捨ておけ。ビルクールに罠を張れ」
「罠……と申しますと?」
「近いうちにハーリオン侯爵令嬢が現れる、と手紙を出せ。宛先は」
カツ。
男は肘置きを指先で叩いた。
「ベイルズ商会だ」
御意、と頭を下げた執事に、男はふっと口元を弛めた。
◆◆◆
王宮内、国王の執務室では、ステファン四世とオードファン宰相が一対一で話をしていた。
「どう思う、フレディ?」
机に広げられているのは、騎士団から届いたハーリオン領の報告書だった。幼馴染で従兄の宰相を、国王は親しみをこめて愛称で呼んだ。
「あの子達は自分のできる精一杯で、民に尽くそうとしているよ。領主としてあるべき姿ではないかな」
「確かに……そうだが……」
「フレディはまだ、アーネストがやったと思っているのか?オリバーも自信を持って違うと言っていたし、私はアーネストが何かに巻き込まれたのではないかと思い始めているよ」
「……そうだと信じたいが……」
宰相は歯切れが悪かった。ハーリオン侯爵の無実を証明しようと乗り込んだ息子達が、悪事の証人になってしまったことが悔やまれた。揉み消せるものではなく、領主の責任を問わないではいられない。
「アーネストは領主として、かの地を治め、領民を守る義務がある。今回の件では、管理不行き届きで領民を守れなかった。ハロルドやマリナ達が慈善活動をしたところで、親の罪は消えない。落ち着くまで、全てのハーリオン侯爵領を王家直轄にすべきだと思う」
「王家直轄に……」
国王は呟いて口元を手で覆った。事実上の領地取り上げである。領地からの収入がなくなれば、ハーリオン侯爵家は今の生活を維持するのが難しくなるだろう。贅沢は勿論できず、使用人を解雇し、邸を手放さなければいけないかもしれないのだ。
「私は、領地を取り上げるのは……」
「取り上げるとは言っていない。落ち着くまで、一時的な措置だ。現に、アーネストとソフィアはアスタシフォンから帰ってくる気配もない。子供達だけでは管理ができず、また同じような事件が起こりかねない」
「邸を手放し、使用人を解雇するとしたら?」
「ハーリオン侯爵には十分な蓄えがあるだろう?邸を手放すまでには至らないさ。解雇された使用人は、うちやヴィルソード家で雇って、アーネストが戻ったらハーリオン家に帰せばいい」
「……いやに簡単に言うな」
「簡単な話だ。誰かが悪意を持ってアーネストを陥れようとしているのなら、それらしく見せてやればいい。……王家がハーリオン家を見限ったと思うように」
「フレディ!」
椅子から立ち上がった国王は、隣に座っていた宰相の首に抱きついた。
「オリバーには秘密にしておく。あいつはいい奴だがうっかりしているところがあるからな」
「アリシアに話してもいいかな」
「他の人間に話さないだろうが、態度で気づかれそうだ。しばらく、二人だけの秘密にしておこう」
「分かった」
国王は静かに頷いた。
「では、レイモンドに官位を。アレックスは、ブリジットとの婚約の話を先に進めるとしようか」




