394 悪役令嬢は便箋に感激する
アスタシフォン王宮。西の宮殿の端。
丈の長いワイシャツのようなパジャマを着たリオネルは、ベッドに転がりながら彼が来るのを待っていた。
ノックの音がし、視線だけで指示すると、傍に控えていた侍女がドアを開ける。
「呼んだか」
「待ちくたびれたよ、ルー」
ずるずるとベッドから這い出し、リオネルが彼を出迎えると、侍女は一礼して部屋を出て行く。
「……いいのか?」
「何が?」
「さっきの侍女も、昨日の奴も、絶対誤解してるぞ。リオネル王子は夜に俺を呼んで何してるんだって。王子が側近と……なんて、対外的によくないだろ」
「あの子には言ってあるよ。ルーは僕の恋人だから、彼が来たら二人きりにしてほしいって」
「なっ!?」
ルーファスが目を白黒……白青させている。リオネルはくすくすと笑った。
「……だって、ホントのことだもん。僕、ルーが好きだよ」
「リオネル……」
頬に当てられた手を握り、リオネルは彼を長椅子に誘導した。
「あのことだけど、何か分かった?」
囁くように言い、顔を近づける。遠くから見れば恋人同士が愛を囁き合っているようにしか見えない。
「……出回っているのはピオリだな。気づかれないように回収させている」
「薬効はない、か……思った通りだね。ピオリの種をまとめて仕入れているのは、バロー商会?」
「ああ。それは確実だ。第二王子フィリベールとの繋がりが見えてきたな」
「フィリベールの祖父が、ピオリ販売の元締めか。利益を独占しようとしているのが見え見えだ」
「殆ど全部を買い占めておきながら、ユーデピオレの種は偽物だった、自分は騙されたと言っている。性質が悪いぜ」
「妾妃の父で、第二王子の祖父だから、訴えられては父上も無視できない。仕方なくハーリオン侯爵夫妻を留め置いているんだよね。何も悪くないのに」
「バローの奴が、買った種はビルクール海運の船で運ばれた品だと言い張ってるからな。瓶にも侯爵の養子のハロルドの名前が書いてある。これでもか!ってくらいに証拠をでっち上げて、侯爵を陥れようとしているのが見え見えだ。アスタシフォンに不利益をもたらした侯爵を厳しく罰するべきだと息巻いている。陛下は首を縦に振らないだろうが」
「当たり前だよ。国力はこっちが上といっても、グランディア王国の筆頭侯爵夫妻を処刑したとなったら、戦争の火種になってしまう。ましてや、王太子――次期国王の義父母になる人達だ。余計な混乱を避けようと、父上も考えているとは思うよ」
「どうだかな。最近また、新しい女を囲ったようだな。お前といくつも変わらない歳の」
アスタシフォン国王は病床に伏す身になっても、妾妃を増やす気概はあるらしい。先日も若い妾妃の懐妊が発表されたばかりだ。権力争いの原因を作っているのは女好きの国王その人にほかならない。
「戦争になったら、父上の代わりに戦地に赴くのはオーレリアン兄上だ。厳しい環境では兄上の体力がもたず、倒れてしまわれるかもしれない。そうなればフィリベールの思うつぼだ」
「いや、王太子殿下が行かなくても、フィリベール一派は責任を問うだろうな。王が戦えない今、王太子が戦争の陣頭指揮を取らなかったと。そもそもグランディアの貴族に騙されたのも、オーレリアン様の怠慢だとも」
リオネルはぎゅっとルーファスの手を握った。
「ルー、僕達、兄上を助けられるかな?」
「勿論だ。オーレリアン様には、必ず立派な王になっていただく。……じゃないと」
顔が近づき、唇と唇が重なり、チュ、と音を立てた。
「ルー……」
「リオネルがレオノーラに戻れないだろ?」
切ない瞳が揺れた。
「お前の傍にいられたら、それだけでいいって思ってた……。お前が一生、王子として生きて行くって言うなら……」
「ルー。もう少しだけ、待って?グランディアの件が解決したら、全てうまくいくから。……きっとノアが」
「ノア?そう言えば、今日は見てねえな」
「僕がお願いしたんだ。僕達が動いたら目立つから、ノアに特別な任務を」
「グランディアに行かせたのか?」
「うん。……あのね……」
◆◆◆
図書館の敷地を離れ、四人は博物館の脇の緑地帯へ移動した。ほんのり明るい魔法球の外灯があり、下にはいくつかベンチがある。散歩コースの一つだった。間もなく夜明けとともに散歩をする人々がやってくる。
「こちらが、我が主から預かった書状です」
「うわぁ、可愛い便箋!」
「アリッサ、見るところはそこじゃないわ」
エミリーはノアから手紙をひったくるようにして奪い、綺麗に書かれた宛名を読んだ。
「ハーリオン四姉妹へ」
「四人揃わないと開けちゃダメってことかなあ?」
「そうかもね。あと一日二日で皆揃うでしょ」
「ノア、リオネルは僕に何か言っていなかったかな?」
「いえ、何も」
「マリナ達にだけ、手紙を書いたの?」
「マリナ様より、ハーリオン侯爵を案じる手紙をいただきまして」
「釈放してほしいと書いてあったんだね」
「はい。リオネル様一人のお力では如何ともしがたく……」
手紙を見て話をしている姉妹を眺め、セドリックはふと思い至った。
「ねえ、ノアはグランディア王都の地図を把握してる?こういう密偵みたいなことをしているんだから、覚えていないかな?」
「と、言いますと?」
「僕達、迷っていたんだよ。オードファン家の別邸に行きたかったのに」
アリッサとエミリーに聞こえないよう、セドリックはこっそり打ち明ける。
「僕、どうやら方向音痴みたいなんだよね……はあ」
肩を落とした王太子に、ノアは「お任せください」と言い、三人を空が白み始めた大通りへと誘った。




