391 悪役令嬢は騎士団に誘われる
図書館の前のベンチへと歩き出した三人は、突然目の前が光って目を瞑った。
「な、んだ……今の光は?」
「図書館の中……ですね」
「……こんな時間に?」
エミリーはつかつかと建物に近づき、爪先立ちをして窓から中を見た。
「……真っ暗」
「司書さん達も皆、お家に帰ってるんだもの」
「あの光は魔法だと思うな。確か、図書館の地下には、本を運び入れるための転移魔法陣があったはずだよ」
「知りませんでした。私、図書館にあんなに通ってたのに」
「職員以外は使えないからね。外国に珍しい本を買いつけに行く時に使うそうだ。船や馬車で持って帰るより、ずっと効率がいい」
「……船?馬車?」
「どうしたの、エミリーちゃん」
アリッサはエミリーを偽名で呼ぶのをすっかり忘れている。エミリーも然りだ。
「随分、遠くまで行ける魔法陣ね」
「船、ということは、行き先は……アスタシフォン?」
「そうだよ、アリッサ。ここの魔法陣は、アスタシフォンにもイノセンシアにも通じている」
胸の前で手を合わせ、アリッサは花が綻ぶような笑顔だ。
「では、お父様やお兄様に会いに行けるんですね?」
「職員にお願いしても難しいと思うよ?」
喜んでいるアリッサと窘めているセドリックを放って、エミリーはじっと建物の中を窺う。光は見えない。一瞬だったようだ。
――転移魔法陣か?
遠距離を一瞬で繋げる転移魔法陣は、おそらくこの建物ができた当初そこに作られたものだ。当時、強力な魔力を持っていた魔導士が安定させたのだろう。造りがしっかりした魔法陣なら魔力がない者でも行き来ができる。市場のそれと同じだ。
だが、こんな夜中に本を運ぶだろうか。前世の地球のように、この世界には昼と夜があるが、真南にあるアスタシフォンや隣国のイノセンシアとは時差がない。この時間に移動する合理的な理由がない。
「……怪しい」
「エミリーちゃん、まだ見てるの?」
「皆帰ったはずなのに、魔法陣を使っている誰かがいるってこと。アスタシフォンやイノセンシアから王都へ直通の魔法陣で、夜中に何かを運んでいる?」
「うん。人に見られたくないものなんだろうね」
「アリッサ、この建物に裏口はない?鍵が開いていそうな窓とか」
「……って、エミリーちゃん、中に入る気?」
こくんと頷き、目を丸くしている王太子の袖を掴んだ。
「一緒に来るわよね、用心棒さん?」
剣呑な視線にセドリックは慌てて同意した。
◆◆◆
カラン……。
レイピアが弾かれ、石畳の上に転がった。
足元に堕ちてきたそれに、ジュリアははっと身体を翻して起きた。
「やめろ!」
凛とした涼やかな声が響く。
「フロードリン工場火災に派遣された、グランディア騎士団第四師団特別編成部隊だ。……お前達は、工場の監督員だな。フロードリンでは、一般市民にまで手を上げるのか?」
特別編成部隊はわらわらと彼の後ろに並び、数名が黒い服の集団を押さえている。見れば、数人の魔導士が出入口の光魔法を無効化していた。
完全に隙間が開いた塀から、労働者達が逃げ出していく。
「この高い塀は何だ。街の住民を奴隷のように働かせていた証拠だな」
「し、知らねえ!俺達はただ……指示に従っただけだ!」
「誰の指示だ、言え!」
「名前はしらない。金髪の顔が綺麗な男だ」
「金髪の、顔が綺麗な男……?」
騎士達は顔を見合わせた。何人かが「誰のことだ?」「さあ」と話している。
「……ハロルドか」
――えっ?兄様じゃないよ!
ジュリアは言ってやりたくなったが、変装している以上は否定できない。
「この黒い連中を連れて行け。それから、街の人間に話を聞こう。……ハロルドの余罪が明らかになるかもしれん」
――余罪なんかあるわけないじゃん!
隊長の指示により、部隊はいくつかに分かれて町に散らばった。魔導士達は魔法で火事を消そうとしている。大きな水の塊がドシャァアと工場の屋根に落ちていく。火の勢いは弱まり、辺りは闇に包まれていく。
「お嬢さん、大丈夫でしたか」
「はい。ありがとうございました」
「……それにしても、先ほどの大立ち周り。素晴らしかったですね」
「そうでしょうか……」
――見られてたんだ、恥ずかしい!
「動きに無駄がなく、長い得物であそこまで振り回せる女性を初めて見ました。近衛騎士団では槍使いが少ないから、きっと採用してもらえますよ」
「ええと……」
槍使いではなく、剣士になりたいのに。ジュリアは口ごもった。
「本当に騎士団に入る気なら、私が紹介状を書いてもいいよ」
「け、けっこす」
結構ですと言おうとして少し噛んでしまい、ジュリアは溜息をついた。
「どうしたんだい?話してみると静かだな」
「剣より先に、槍使いで認められるなんて、すっごく損した気がする」
追いついたレイモンドとアレックスは、ブルーノを椅子に座らせて、ジュリアに強い視線を送ってきた。
「こうして見ると、ひでぇ怪我だな。よし、あとちょっとだぞ」
フラフラする彼を左右からレイモンドとアレックスが支えた。
「すまねえ……」
「アントニアが待ってるから、元気出して!」
四人が歩き出すより早く、我先にと出口へ詰めかけた人々が押し合っていた。
「うわ、すごい人……」
「街にこんなに人がいたんだな」
「通り抜けられそうにないが……」
「それより、押されて倒れたら踏まれちゃうよ?ちょっと様子見てた方がよくない?」
「そうだな。ブルーノには無理をさせられないし、少し離れて……おぅわっ!」
ジュリアの隣を歩いていたアレックスが後ろから来た人々に押されてつんのめった。はずみで前を歩いていた男性を押してしまう。
「アレックス!」
「わ、悪い、後ろから押されて……」
「押されて転倒する人が出ているようだ。まずいな、早くここから……」
レイモンドが列を抜けて塀の際に寄った。
「早く行けよ!」
「押すなっての!」
「自分だけ先に出ようってのか?」
「やめて、痛い!」
「この野郎、ぶつかってきやがって!」
混乱の中で人々の罵声が聞こえる。それは次第に大きくなっていき、酷い混乱に陥った。
「暴れるな!暴れた者は牢に入れるぞ!」
特別部隊の騎士が叫んだ。機動力の高い比較的若い騎士達で構成されている部隊は、指揮系統が整わず、末端まで指令が行き届かない。そのため、人々の混乱を沈めることができなかった。ただ、牢に入れると脅すだけだ。
ますます人々の声が大きくなっていく。ジュリアは耳を塞いだ。
「……アレックス、ブルーノを頼む」
「え?レイモンドさん、ど、どこへ?」
塀すれすれのところを走り抜け、レイモンドは見張りの小屋の前に出た。壁際に置かれた木箱をよじ登り、屋根に手をかけて上がった。
大きく一つ、息を吸い込んだ。
「静まれ!」
凛とした声に、人々が一斉に彼に注目する。
「国王陛下の命令で、あなた方を助けにきた!必ず全員助けると約束する!」
レイモンドが指輪を掲げると、微かに魔力を帯びた金色が七色の光を放った。
今朝アップするつもりが、昨晩は寝落ちしてしまいました。反省。




