390 ヒロインの回想 1
【アイリーン視点】
私のところにある人から手紙が届くようになったのは、入学して間もなく、魔力測定で光魔法を暴走させた事件の後だった。
「私の……力が、必要?」
堅苦しい文章で書かれた手紙は、簡単に言うと私の光魔法の能力を買っていると書かれていた。ある目的のために、力を貸してくれないか、と。
怪しい。
どう考えても、怪しすぎる。
差出人が書かれていないのが一番怪しいが、ある目的とは何か。
危険なことには関わりたくない。
私には目的があった。
この世界は乙女ゲーム『永遠に枯れない薔薇を君に』、略して『とわばら』の世界だ。王立学院で出会うイケメンを攻略して、チヤホヤされる逆ハーレム生活を目指そうと思っていたのだ。謎の誘いになんか乗っている暇はない。少しでも多く、王太子達と校内で遭遇し、好感度を上げて行かなければ!
私が求める逆ハーレムエンドのその先には辿り着けない。
◆◆◆
入学して一か月が経ち、生徒会役員の選挙に立候補するも、ハーリオン侯爵令嬢の嫌がらせにより私は当選できなかった。地団駄を踏みたい気持ちで廊下を歩いていると、一人の青年貴族に声をかけられた。
流石は私、ヒロインはモブにもモテるのね。
そう思って彼の顔を見て、はっとした。
モブではなさそうな美しさ。これはきっと、隠しキャラに違いないと。
「アイリーン・シェリンズ嬢ですね」
「はい。そうですが……あの……」
控えめな乙女ブリッコをして、彼を上目づかいで見た。学院の男子生徒で、この技が通用しなかったことは殆どない。
「何度か手紙を差し上げましたが……私の手紙は読んでくださっていたのかな?」
「手紙……?」
手紙なんて、実家からも届かない。シェリンズ家の邸は山奥にあり、王都にある王立学院に手紙が届くのに日数がかなりかかる。そうこうしているうちに話題が古くなってしまうので、父も母も手紙は控えようと言っていた。とすると、この貴公子が言っているのは、例の差出人不明の手紙のことなのだろう。
「読んで、は……おりましたが……」
「返事を聞かせてくれないかな」
「今は、何とも……」
彼は私の様子に苛立ち、近くに人がいないのを確認して、ぐいぐいと腕を引っ張った。
「い、痛いです」
「……来い」
一階から二階へ向かう階段の下、薄暗い空間に連れ込まれ、私は恐怖を感じた。彼は私を可愛いとは思っていないし、何も手加減してくれなさそうだ。目が笑っていない。
「君がハーリオン姉妹と競い合っている理由は何だ?」
「理由なんて……」
「はぐらかすな。目的は何だと訊いているんだ」
掴まれた腕が痛い。この男は本気だ。ハーリオン侯爵令嬢を守るつもりなのだろうか。
「目的なんか、何でもいいでしょう?あなたに関係あるのかしら」
「ハーリオン侯爵令嬢を害するのが目的なら、君は私達の敵になる。私はハーリオン侯爵令嬢を手に入れたい」
――悪役令嬢を、手に入れる?
そんな物語は聞いたことがない。断罪された後の話なのだろうか。
「君は彼女達を排除したいのか?学院から追い出したいだけなら、私達と目的は同じだ」
「……そうね。消えてほしいわ」
目障りなハーリオン侯爵令嬢が王立学院を去れば、攻略対象キャラと関係を深めやすくなる。この男の目的が、彼女達を連れ去ることだというなら、手を組んでもいいかもしれない。
「あなた達は、どうやって……?」
「学院から追い出す方法はいくらでもある。そして、婚約を破棄させる」
美しい男はクッと笑って口の端を上げた。
「まさか……」
「追い込めばいい。王家も、オードファン公爵家も、ヴィルソード侯爵家も、皆彼女達を見捨てるように」
具体的な方法は言わず、男はじっと私を見つめた。
「……商談成立、かな?」
「ええ。目的は同じようだから」
また連絡すると言い残し、謎の貴公子はそれからしばらく私の前に現れなかった。
◆◆◆
あの男は『私達』と言っていた。
他にもハーリオン侯爵令嬢を潰そうとしている仲間がいるのだ。いや、令嬢を手に入れるために、侯爵家を没落させようとしている。
乙女ゲームのシナリオには見えなかった、何か別の……。
彼らの正体が分からず、私は次第に不安になっていた。
どんな手を使っても、ハーリオン侯爵令嬢を王立学院から追い出せない。悪い噂を広めていたフローラや、ジュリアに敵対心を燃やしているジェレミーをそれとなくけしかけてみたが効果はない。攻略対象の心を奪えば、絶望して学院をやめるかと思ったが、魅了の魔法だけではうまくいかない。様々な協力者が彼女達を応援している。
――腹立たしいわ。ヒロインは私なのに。
まるで彼女達がヒロインであるかのように、攻略対象達はメロメロになっているし、他の生徒達も嫌悪感を抱いていないようだ。ファンクラブまでできている。
煮詰まっていたところに、例の貴族から手紙が届いた。
「……呼び出し?」
中に入っていたのは一枚の地図だった。明日の日付と時間が書かれ、王都の中心部、いくつかの場所にバツ印がつけられている。
「明日、ここに来い、ということかしら」
示されていたのは、王宮前の広場だった。
国民の祝日で、王太子の誕生日を祝う国民が大勢詰めかけている。こんな人ごみの中であの男を探すなど無理な話だ。王太子が退屈な話をしていた時、彼の近くにちらりと人影が見えた。何だろうと目を凝らした瞬間、群衆から悲鳴が上がった。
「殿下が撃たれた!」
「婚約者の令嬢に当たったようだ」
「なんて酷いことを!」
「犯人が近くにいるぞ!逃げろ!」
大混乱になった人々が、我先にと大通りへ殺到する。何があったのか分からないまま、私は押し出されるように広場を出た。
再び広場に戻った時には、王太子はバルコニーから消えていた。
呆然と立ち尽くしていると、後ろから低く柔らかい声が聞こえた。
「時間通りに来たようだね。……感心だ」
声の主は私の隣に立ち、まるで他人のような距離感を保ちながら、他の人に聞こえない程度の声で話しかけてきた。
「これで王太子はマリナを妃にできない。……王太子を奪うなら今の内だ」
「心を奪うのは無理よ」
「心などどうでもいい。……マリナにかかった魔法が解けると仄めかしてやれば、君に妃の冠をくれるだろうよ」
そんなことがあるわけない、と言い返そうとして彼を見る。
私の右隣りには、ぽっかりと空間が開いていた。
◆◆◆
王太子は私を婚約者に選ぶはずだ。
魔法が解けると聞いて、喜んで申し出に飛びつくだろう。
ダンスパーティーの相手を探す女子生徒達が名前を入れた箱に、そっと指先で触れる。
どの紙を引いても、一枚目には私の名前が見えるように、静かに魔法を送った。




