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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 13
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388 悪役令嬢と異世界のスルメ

「はあ……はあ……」

レイモンドの額に汗が浮かんでいる。自分とほぼ同じ体格の男を背負い、結構な距離を歩いてきたのだ。体力的につらいのだろう。

「大丈夫?顔、ヤバいことになってるよ?」

「フッ。馬鹿にするな。人間の一人や二人、背負って……くっ」

脚が震えて膝をつきそうになった。背中のブルーノは虚ろな目で皆を見ている。言葉を発する力もないようだ。

「ほぉら、無理しない。出口まであとちょっとだから、そこで休も?」

「……分かった」

「ごめん。俺が脚を怪我してるばっかりに……」

ジュリアが支えてブルーノを座らせる。アレックスと両側で挟むようにしないと、彼は倒れてしまうのだ。


「アレックス、あれ、見える?」

「ん?……黒い塀だろ?」

「そうだけどね、あそこが出口なの。私達、あそこから入って来たんだ」

「マジかよ。てっきり逃げらんねえと思ってた。ブルーノや他の奴らも、塀に出口なんてないって言ってたからさ」

驚いたアレックスに、ジュリアは得意げに微笑んだ。

「ふっふーん。ところがね、あれは魔法なのよ」

「魔法?魔法で塀になってんのか?すっげー」

「……感心してどうする。あれは光魔法の幻覚だ。全面が塀に見えるが、一部は塀が途切れていて通り抜けられる。火事の混乱に乗じて逃げ出すぞ」


ブルーノを背負おうとしたレイモンドの腕を、アレックスの無骨な指が掴んだ。

「俺、自分だけ逃げるなんてできねえよ」

「アレックス、何言ってんの?」

「ここの皆、逃げたくても、故郷に帰りたくても帰れねえって泣いてたんだ。逃げる方法があるなら教えてやりたい。皆でここから出ようって」

レイモンドはふぅと溜息をつき、

「本気か?」

と短く訊ねた。緑の瞳が炎の輝きに照らされている。

「本気です」

「それなら、五分だけ待ってやる。ジュリアと二人で、できるだけ多くの人間に出口を教えてこい。話はそこから広まるだろう」

「レイモンドさん……」

金の瞳が潤んだ。感激屋のアレックスは手の甲で鼻を拭った。

「さっさと行け!追手が来るぞ」


   ◆◆◆


寝台へ転がろうとしたチェルシーの服を掴むと、彼は「ぐえっ」と声を出して振り返った。

「おい、いきなり引っ張るなよ。苦しいだろ」

「ごめんなさい。あの、お休みになる前に一つだけ、教えてほしいの」

かつらを取った短い髪の彼は、男性にしては細い腕を組んでマリナを見下ろした。

「んー?どうしよっかなー」

「お願いですから、一つだけ……」

「何?」

「チェルシーさんは、コレルダードの農産物を扱っているお店をご存知ですか」

「あ?何言ってんの、んな店ゴロゴロあるよ」

「そんなに?」


店の奥のダイニングテーブルにマリナを案内し、チェルシーは頭を掻いた。

「コレルダードはいろんなもん作ってるだろ。麦もそうだし、野菜なんかもな。市場の食料品店なら、みーんなコレルダードのもんを扱ってる。どこって言われてもなあ」

「そうなのね……」

手がかりが薄くなった気がして、マリナはがっくりと俯いた。

「いつ頃だったかなあ。ここ二年くらい?やたらとコレルダードのもんが出回るようになったんだよ。あ、値段はそのままでさ」

「たくさん出回るなら、値段は下がるでしょう?」

「いいや。市場に卸してる元締めみたいな奴がさ、そこそこの値段で売って値段を下げないようにって言ってるらしくて。仕入れは安いし、値段を下げないでいいなら、店はボロ儲けだろ?皆、美味しい話に飛びついたってわけ」


「詳しいのね、チェルシーさん」

「いろんな奴の相談に乗ってるからね。コレルダード産だって持ち込まれたもんが多すぎて本物か疑ってる奴もいれば、怪しい話だから仲間内から抜けたいって奴もいる。無事に生きていたいなら、余計なことはすんなって止めてるんだけど、なかなかなあ」

「生きて……って……」

テーブルに頬杖をつき、チェルシーは遠くを見つめた。近くに置かれた皿には、イカのような生物の干物、つまりスルメが置かれている。彼は細かく刻んだそれを口に入れた。

「あいつらバカ正直に調べちまって……」

「その方々はどうなったのですか?」

悲しげに笑ったチェルシーは、下を出して掌で首を斬る真似をした。


「なんてこと……!」

「あ、誰にも言うなよ?表向きは、市場の商店組合に払う運営費を払わないで踏み倒して、他の街に夜逃げしたってことになってるからな」

「皆さん、その噂を信じているの?」

「噂じゃなくて、正式発表。グラントリーの奴が皆の前で発表したんだよ」

「グラントリー?」

「商店組合のドンだね。強欲爺さん。コレルダードの農産物を安く仕入れて高く売りゃあ、店の儲けは増える。だけど、そのうち五割が組合に入るって仕組みだ。前は一割だったんだけど、店の儲けが増えたからもっと寄越せってさ」

「では、チェルシーさんも儲けの五割を?」

「俺んとこは、コレルダードのもんを売ってないからいいの。占い屋なんてオマケみたいなもんだから。……あいつらは本当に困ってたよ。搾り取られるだけ絞られて、後は夜逃げするか、グラントリーの横暴を訴えるしかないってところまで追い込まれてた。誰でも入れるっていう王立図書館に通って、コレルダードの報告書を読んだりして」


マリナはガタガタと自分の荷物を開けた。

「報告書って、領主が王家に報告する、あれですか?書き写したものがここに」

レイモンドから預かったコレルダードについてまとめたノートを取り出し、チェルシーの前に広げて見せた。

「すげえ。分厚い本だって言ってたのに、こんな薄い本にまとめたのか?」

「友人が書きました。ここには、コレルダードの収穫量は横ばいで載っています。チェルシーさんのお仲間は……」

「ああ、とっくに気づいていたさ。収穫量が増えないのに、市場に出回る量が増えた。他の街に流れる分が減った話も聞かない。おかしいって」

「その話を誰かにしましたか?」

「報告書を調べている時に知り合った貴族に、騎士団へ話を繋いでもらえないか頼んだらしい。あいつらが死んだ今でも、騎士団はグラントリーの横暴を調査しようとしないし、その貴族も忘れてんだろ。俺達平民のことなんか、どうでもいいのさ」

諦めた口調で言い、チェルシーは皿の上のスルメに手を伸ばした。


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