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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 13
557/616

386 悪役令嬢と傷ついた証人

光魔法球が弱々しく輝き、大理石が敷かれた廊下は暗い。窓の外は漆黒の闇。遠くで狼の遠吠えが聞こえる。

執事がドアをノックする。

「旦那様、ご令嬢をお連れしました」

「……入れ」

ドアを開け、中に入るように促され、少女は一歩踏み出して息を呑んだ。


「どうした?」

椅子に座って机に肘をつき、さも愉快だと目を細めた男に、少女は頭を振って答える。

「いいえ。何でも」

「……急に呼び出して悪かったね。こんな夜中に」

「魔法陣がありますから、苦になりません」

「そうか。では、本題に入ろう」


「我々は仕上げに入っている」

椅子から立ち上がった男は、机の上にあったチェス盤に手を伸ばした。綺麗に並べられていた駒が一つずつ、長い指先で弾かれ倒されていく。

「……君の作業(・・)だけが遅れている自覚はあるか」

「あっ……それは……」

「手緩いと言っているんだ。我々が周りを固めても」

カツン。

クイーンの駒が弾かれ、床に転がる。

「肝心の君が、最後の一手を打てないようでは困る」

コロコロコロ……ガッ。

男は転がったクイーンの駒を足で踏んで止め、優しく拾い上げて手に握りしめた。微かに緩んだ口元に、少女は狂気を感じて慄いた。


「私の盤上には、キングは不要なんだよ。分かるね?」

「……は、はい」

「私も彼らも、クイーンが手中に堕ちて来さえすればいいのだよ。キングなどどうでもいい。君が後片付けをしてくれないと、面倒なことになるだろう?」

「私、後片付けなんて……」

「王位が手に入ればそれでいいと言ったのは誰だ?王位を手に入れるには、王も王妃も、王太子も邪魔な存在だろう。生かしておいても何の得にもならないぞ」

「殺せと仰るのですか?」

「……さあ?」

視線を遠くへ向けて、男は曖昧に微笑んだ


「まだ()が揃わない。……君のすべきことは分かるな?」

男は腕でチェス盤の上を薙ぎ払った。ガラガラと音を立ててクイーン以外の駒が落ちる。

「はい……」

「ふむ、物分かりがいい娘は嫌いではない。……せいぜいうまく立ち回れ。クイーンの周りに駒は要らないのだ」

美しい顔を悪魔のように歪めた男に一礼すると、恐怖で高鳴る胸を押さえて少女は部屋を後にした。


   ◆◆◆


ドオオオオン!

「また火が出たぞ!」

「今度は第四工場だ!」

「もうダメだ……皆焼けちまう!」

労働者達が口々に悲しみの声を上げる。アレックスは怪我をした男と共に、建物の間に座っていた。


「……逃げろ、俺のことはいいから」

背中に割れたガラスが直撃し、シャツが血で真っ赤になっている。壁に頭をつけて身体を凭れさせ、はあはあと肩で息をしている。顔色は真っ青だ。

「置いて行けねえよ!ブルーノ!いきなり連れて来られた俺に、親切にしてくれたのはブルーノだけだ。恩人を見捨てたりしない」

「ハッ……いつまでも威勢がいいな、アレックス。だがな、俺はいい奴じゃない。お前を誑し込んで、自分の仕事を押しつけようとしていたかもしれないんだぜ?」

「俺は押しつけられてない。ブルーノは俺が失敗してもかばってくれただろ?いい奴じゃない?どこがだよ。……なあ、もう少しだけ、火から離れよう。歩けないなら、俺が背負って……」


ブルーノはゆっくりと首を振った。

「馬鹿を言うな。お前だって、脚に怪我をしてるじゃないか」

「こ、こんなの、痛くないからな!」

「……アレックス、頼みがある」

「何だ?何でも言ってくれ」

首の後ろに手を回し、ブルーノはシャツの襟元からペンダントを出した。

「……これを」

「ペンダントか?」

「中に……写真がある。コレルダードにいる、アントニアに渡してくれ」

「おい、ブルーノ!自分で渡せばいいだろう?もうすぐここから……」

「出られるもんならとっくに逃げてる。俺は逃げる力もねえ。出口もない塀の中で、火に巻かれて死ぬ運命なんだ」

「気弱なことを言うなよ、ブルーノ。……ブルーノ?おい、しっかりしろ!」


   ◆◆◆


爆音の合間に、アレックスの声を聞いた気がして、ジュリアはふと立ち止まった。

「レイモンド!こっち!」

「待て、向こうは火事が……」

「こっちなの!お願い、一緒に来て!」

ジュリアには理屈が通じないと分かり、レイモンドは彼女の後を追った。


通りは閑散としていた。

逃げられる人々は皆、街を捨てて逃げて行ったようだ。一ブロック先に燃え盛る工場がある。手前にある事務所の建物に延焼すれば、じきにここも火の海だ。

「ジュリア、アレックスは?」

「こっちから声がしたの。一瞬だったけど、絶対に……アレックスの声だったのよ」

街角に立つ案内図を確認して、レイモンドは爆発があった方向を見た。

「向こう側から順に、一から六まで工場があるようだな。最初に火が出たのが第一工場、現在地がここだから、俺達は第四工場から少し南側にいるようだ。アレックスが火事から逃げてきたとすると、第四工場から順に……」


「じゃあ、こっちね!」

レイモンドの説明を最後まで聞かずに、ジュリアは路地を走り出した。両側に建物がある暗い路地だが、向こうから炎の光で照らされて足元は明るい。少し幅の広い道路に出た時、向かい側の建物の陰に誰かが蹲っているのが見えた。

ゴウッと一瞬大きく燃えた炎が照らしだしたのは、真っ赤な髪と金色の瞳だ。

――いた!

「アレックス!」


いるはずがない恋人の声を聞き、アレックスは耳を疑った。

「嘘だろ?……ジュリア!?」

走ってきて首に抱きついた温もりに、ジュリアが本当にいるのだと実感した彼は、髪をぐしゃぐしゃに乱してジュリアを抱きしめた。

「……よかったな、アレックス。迎えが来たんだ、逃げろ」

「ダメだ、ブルーノ。俺は……」

「ちょっと待って、アレックス。この人、ブルーノさん?」

「ああ。こっちに来てすげえお世話になってさ……おっと」


アレックスを退かして、ジュリアはブルーノの前に屈みこんだ。

「……何だ?」

「帰ろう、コレルダードに。アントニアが心配してる。私達、あなたを探していたの」

ね、レイモンド?というように視線を向ける。レイモンドはやれやれと肩を竦めた。

「立てないなら、俺が背負っていく。アレックスは細かい怪我をしているようだからな。ここは危ない、一刻も早く逃げるぞ」

背中を向けたレイモンドに、ジュリアがブルーノを背負わせた。

「……ありがとう。役に立たねえ俺なんか、助けなくてもよかったのに……」

「フン。そう僻むな。君には重要な役割がある。コレルダードからフロードリンに連れて来られて、劣悪な環境で働かされていたと証言してもらうぞ」

「塀の出口は、私達が知ってる。火事で混乱しているうちに、他の皆と一緒に逃げ出そう」

脚の痛みに顔を顰めたアレックスを励まし、ジュリアは遠くに聳え立つ塀を真っ直ぐに見つめた。


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