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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 13
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385 悪役令嬢と遠慮したい魔法陣

エミリーは掌を広げてじっと見た。魔力が漲る感じはするが、万全ではない。王都まで三人で転移するのは難しそうだ。かと言って、馬では一度に三人は乗れない。

「……馬車以外になさそう」

「短距離なら転移魔法で行けるかな?」

セドリックが蕩けるような微笑で気遣わしげな視線を向けている。何となく子ども扱いされている気がして、エミリーはムッとした。

「それくらい……簡単」


「アリッサ、地図はある?」

「ええ。……これです」

アリッサは荷物の中から地図帳を取り出した。

「これは王国全体の地図ですから、エスティアは描かれていません。……多分、この辺りだと思うんです」

「……小さい町だから載らないのね」

「そうよ」

地図を睨んでいたセドリックは、エスティアからトゥイムまでの距離を指先で測った。

「トゥイムまでは、直線距離で……」

「トゥイム?」

「そこに転移魔法陣があるんだよ」

「知りませんでした……」

旅の本を開いたアリッサは、トゥイムのページを確認する。転移魔法陣について何も書かれてはいない。


「トゥイムは研究所が集まっているから、王都へ直通の転移魔法陣があってね。……転移先は少し問題があるんだけれど」

困った顔をして遠くを見る。問題がある転移先とは何なのだろうか。

「とにかく、そこまで行けば、魔法なしで王都へ帰れるのね?」

「そうだよ。やってくれるかい?エミリー」

「……分かった」

三人は町の人々に挨拶をし、町はずれの森へと向かった。魔法を使うところを誰にも見られないようにするためだ。セドリックが荷物を持ち、彼の腕にエミリーが腕を絡める。もう一方の腕でアリッサと腕を組んだ。

「――行くよ」

エミリーが無詠唱で目を瞑ると、三人の足元から白い光が溢れ出し、一瞬のうちに姿が消えた。


   ◆◆◆


「……ここ?」

「トゥイムには来たことがあるでしょ、エミリーちゃん。お父様が博物館の展示品を預けていて……」

「……覚えてない」

「地図にもあっただろう?あの『赤の時計塔』は有名だよ」

観光に来たわけではないのに、セドリックはやけに生き生きとしている。日中、日が当たる場所を歩くのを苦手としているエミリーは、面倒くさそうに彼の解説に耳を傾けた。

「時計塔には何か由来があるのですか?見たところ、普通の茶色いレンガ造りのようですけど」

アリッサが首を捻る。

「君も知らなかったのかい?……ほら、グランディア怪異譚に出てきたよね。魔女があの時計塔で首を斬られて……」

「や、やめてください、王太子様!」

アリッサが両耳を塞いで叫んだ。

「シッ……アリッサ、大声で王太子だなんて言わないでね」

「……あなたも、私達の呼び方に気を付けて。私はエマ、こっちはアリス」

「ははっ、そうだったね。気をつけるよ」


セドリックの案内で、アリッサとエミリーはある研究所の前に着いた。

「『トゥイム強力研究所』?」

「変な名前」

「ここに魔法陣があるんだ。……入るよ」


建物の中に入ると、廊下には誰もいなかった。が、どこかの部屋から、

「フッ、フンッ!フッ、フッ……ンンッ!」

と怪しい声が聞こえてきた。アリッサはそっとエミリーの腕にしがみついた。

「……何、これ」

「気にしなくていいよ。この研究所は人体の持つ可能性を研究している施設でね、主に騎士団の強化に……ああ、ここだよ」

部屋の表示を見て、セドリックは二人に笑顔を向けた。

「この部屋の奥に魔法陣があるんだ」

「自由に使っていいんですか?」

「うん。ここの研究者が研究対象に会いにいくための魔法陣だから、使う人も少なくて。僕もこっそり遊びに来るんだよ」


三人が魔法陣に立つと、外周に沿って円形に光が揺らめく。眩しさに目を閉じたアリッサは、エミリーの悲鳴で目を開けた。

「なっ、な、何なのっ……!」

顔を押さえているエミリーは、指の間から向こうを見ている。アリッサが視線の方向を追うと、そこにはパンツ一丁の逞しい男達がいた。男ばかりの場所に若い女性が二人も現れたと気づき、興味本位で近寄ってくる。エミリーがシッシッと手で追い払った。

「筋肉質の男は無理。……ありえない」

「こ、ここはどこなんですか、王……スタンリー?」

「騎士団の詰所、訓練場の隣のサウナの前だよ」

平然と答えたセドリックは、泣きそうなアリッサと無表情を崩さないエミリーを連れて、鼻歌交じりで建物の外に出た。


   ◆◆◆


「なかなかいいな」

路地に落ちていた洗濯物を集めて着替えたジュリアは、どこからどう見てもこの街の住人だった。くすんだ灰色のワンピースは裾と袖がほつれており、くたびれてよれよれのエプロンはかつては白かっただろうが見る影もない。靴だけが見栄えが良いが、サイズが合わないと走れないのでそのままだ。

「レイモンドは黒ずくめ集団の真似なの?一緒に歩いてたら、街の人に警戒されちゃうよ」

「俺にボロを着ろと言うのか?」

「ボロじゃないのもあるかもしれないじゃん」

「これを着ているが故に俺が警戒されると言うなら、君が訊いて回ればいい」

「うわ、丸投げ?」

「婚約者だろう?」

「分かった。レイモンドはどうするの?」

「見張り役だ。奴らが来たら逃げるぞ」


ジュリアは街の人々に赤い髪の少年を知らないかと聞いて回った。

「さあねえ……そんななりなら目立つだろうね」

「うーん……あ!」

「何?何でもいいの、教えて!」

「さっき、途中でへばってる男がいたんだよ。あっちの方だ。そいつと一緒にいた奴が、赤い髪だったな」

「ありがとう!」

にっこり笑って礼を言い、炎へ向かって駆けて行くジュリアを、

「危ねえぞ!やめておけ!」

「お前さん、どこへ行く気だい?」

と街の人々は口々に止めた。


人気がなくなった路地で、ジュリアは後ろを振り返る。物陰から出てきたレイモンドは、辺りを窺ってからジュリアに近づいた。

「いい情報があったのか?」

「うん。アレックスは男の人と一緒みたい。その人がへばって……多分怪我してるんだと思う」

「アレックスも怪我を?」

「分からないよ。……怪我、してるのかな?」

紫色の瞳が悲しみに震えた。いつでも元気な彼が怪我をして動けない姿なんて想像したくなかった。

「助け出すぞ。幸い、出口は分かっているからな」

俯いたジュリアの肩をポンポンと叩き、背中を押して歩かせる。

「怪我をしていると決まったわけではないだろう。元気を出せ。……君から元気を取ったら何が残る?」

「……どういう意味?」

ギロリと睨む。レイモンドはクックッと笑って、

「これは失敬」

とわざとらしく礼をした。


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