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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 13
553/616

382 悪役令嬢は塀に飛び込む

「待って、ジュリア!危ないわ」

階段を走り下りて行く背中に呼びかける。ジュリアは振り返らずに言う。

「行かなきゃ。私、アレックスを助ける!」

「魔法爆発だったらどうするの?あなた、魔法は……」

「アレックスも魔法が使えないぞ」

「いいの!アレックスが死んじゃったら、私の未来も終わるんだもの!」

マリナとレイモンドの制止を振り切り、ジュリアは夜の町へと飛び出した。


真っ直ぐ伸びる通りの片側は、高い塀が続いている。

塀の中からは人々の叫び声が聞こえ、時折爆発音のようなものが聞こえる。中に街があるのだろうが、どうなっているのか見当もつかない。

「あそこから、入れるといいな」

黒ずくめの集団が入って行った穴を探し、近くまで来ると人の声がよく聞こえた。

――ここだ!

思い切って塀を押すと、何の抵抗もなく中に吸い込まれた。


「何だ……?」

ジュリアが立ったのは、真っ黒な石畳だった。

建物は全て黒か黒に近い色でできている、そこは暗闇の街だ。赤い炎が見えて、人々が逃げてくるのが見えた。皆髪はボサボサで、粗末な服を着てやせ細っている。

――普通じゃないわ。

目立ってしまうが仕方がない。アレックスはどこにいるのだろう。


「すみません」

近くにいた女性に声をかける。

「ひっ……」

青ざめて首を振り、女性はジュリアを見て逃げて行った。

「話すなって言われてるのか?困ったな……」

赤く燃える炎を一睨みし、ジュリアはスカートを跳ね上げて走り出した。


   ◆◆◆


「どうするの、レイモンド。王都の市場に戻るつもり?」

「アレックスとジュリアが心配だ。混乱に乗じて中に入るのもよさそうだが……マリナ、君は一人で市場に行けるか?」

「私が調べるのね?」

「頼んでもいいか。俺は二人を助けたら塀から出て王都へ戻る。調査が終わったら一旦オードファン公爵家の別邸で待っていてくれないか。セドリック達と合流してから、ビルクールでの動きを考えよう」

セドリックの名前を聞いて、マリナの胸が音を立てた。

同じ建物にいても近づくことは叶わないのだ。

――会いたいな。

「分かったわ。頑張ってみる。……気をつけてね、レイモンド」

「ああ。必ず二人を連れて戻る。当然、成果を携えてな」

フッと笑ったレイモンドは黒っぽい外套に身を包み、夜の闇へと溶け込んだ。


   ◆◆◆


塀の中の街の大通りと思われる場所を真っ直ぐ抜けて行くと、ジュリアは工場街の前に出た。工場は歩いてきた街よりも建物の二階分低い場所に立っていて、大通りから続く石作りの通路が建物の三階部分を繋いでいる。見下ろすと労働者が右往左往しているのが見えた。

「こっちに上がってくればいいのに」

前世の駅にあった自由通路は階段やエレベーターで上がることができた。ここも同じような造りなら、どこかに階段があって下に降りられるはずだ。しかし、少し走っても下に続く階段は見つからない。


――建物の中から下りるのかな?

通路を進み、建物のドアから中の様子を窺う。人の気配はない。

ドアノブに手をかけて押してみると、鍵はかかっておらず、簡単に中に入れた。

「よし、ここから……」

建物の三階部分は何もなく、倉庫のようだった。隅に転移魔法陣があり、反対の隅に階段がある。ジュリアは室内を見回し、適当な長さの棒を見つけて、捲り上げて結んだスカートの裾に挟んだ。裾がウエストで結ばれていて、まるで腰に剣を携えた武士のようだ。


足音を立てずに下りて行く。二階も人の気配がないが、何かの事務所のようだった。爆発から避難したのかもぬけの殻だ。

「下まで行けそうね」

階段を下りて一階へと向かう。そっと物陰から外を窺うジュリアは、後ろから見つめる視線に気づいていなかった。


   ◆◆◆


「もう少しで帰れるぞ、頑張れ」

アレックスは怪我をした若い男性に肩を貸し、自分も服をボロボロにしながら歩いていた。火事による爆発が起こったのは、彼らがいた隣の工場だった。

「……トニア」

「何か言ったか?」

「……俺はもう無理だ。怪我が酷くて、体力が持たねえ……」

「諦めるな。すぐに治癒魔導士が……」

「そんなもん、来ねえよ!」

重傷を負っているのに、彼は大声を出した。まるで泣いているような声だった。


「塀の中じゃ、病気になっても薬も飲めねえ、治癒魔導士もいねえんだ」

「病気や怪我をしたら、どうするんだよ?」

「どうって……死ぬのさ。俺は仲間が死ぬのを、見てきた。食事も……少しだけで、毎日休まず働かされる。病気にもなるさ……っく、はあ」

「無理に喋るな。傷が開くだろ」

「……そこで下ろしてくれねえか。休みたい」


足元を気遣い、アレックスは路地の片隅に彼を座らせた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

「……おい、あんた」

「何だ?」

「逃げないのか?いつ爆発するか分かんねえんだぞ」

アレックスの服を掴んで、ギョロギョロと目だけが大きく見える顔でじっと見つめた。

「どこかで手当てしてやるから、少し休憩したら行くぞ」

「いや、そうじゃなくて……俺は……」

「俺は一度決めたらやり抜く男だからな。怪我人を見捨てたりしないんだ!……っと、立てるか?」

屈みこんで手を差し出したアレックスに、彼は泣きながら苦笑した。


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