376 悪役令嬢と伝説の聖剣
ブルーノを助けてくださいと、件の女性――名前はアントニアと言うらしい――に懇願され、ジュリアは荷物を受け取った。
「捨てられないように隠していました。何も取られてはいないはずです」
「ありがとう」
絶対助けるから、と胸の中で誓い、先に歩き出したレイモンドの背中を追う。
「ジュリア。一度王都に戻るぞ」
「うん。私もそれがいいと思ってた。工事に連れて行かれたのに、誰も見ていないってのがおかしいよね」
「見かけないほど遠くに行ったと見るべきだな。ここから遠くに、それも大勢の男を連れ出せば、絶対に目につくはずだ。街道沿いで目撃情報があってもいい。だが、誰も見ていないとすれば、考えられるのはただ一つ」
ジュリアと視線が合い、緑の瞳が細められる。
「魔法陣!」
「正解だ。彼らの行方を探し、市場でコレルダード産の農産物の流通経路を探る。この土地の者が市場に売りに行っていたのか、それとも、不正に集めた年貢を横流ししているのか」
「調べられるの?」
「問題ない。市場の出店には登録が必要だ。残っている記録と、店主たちの証言があれば……」
話しながら歩いてくると、あっという間に魔法陣のある建物へ着いた。夜中だというのに人の出入りがあるようだ。レイモンドは建物の陰に身を隠すようにして様子を窺う。
「ねえ、行かないの?」
「今出ていってはまずい。……見ろ、ぞろぞろ入っていく男達を」
暗闇で目を凝らす。下を向いて歩いている一団の手は、全員後ろにある。
「……縛られてる?」
「歩かせるために足は自由になっているが、腕にかけられた縄に魔法でも仕込んであるんだろう。逃げ出せば電撃を感じるようだな」
男の一人が走り出し、すぐに身体を弓なりにしならせて道路に倒れた。
「うわぁ……」
「奴隷扱いだな。どこに行くんだ?魔法陣は王都の市場に繋がっているものしかないぞ。あれだけの大人数を連れ歩いたら、人の多い王都でも目立つだろう」
「市場にはいっぱい魔法陣があったから、別な街にも行ける。王都じゃないのかも」
「……行ったな。よし、追うぞ」
「追うって、今行ったら鉢合わせしちゃうよ?」
「忘れたのか?魔法陣は人を運ぶだけではないだろう?」
「あ!荷物用!?」
レイモンドはフッと口の端だけで笑い、ジュリアの答えに満足した。
◆◆◆
「夜中に教会を襲うなんて、最低だな」
「見下げ果てた奴らね。牧師様が心配よ」
三人の黒ずくめの男達が教会に入って行って、アレックスはそっと中を窺った。
「暗いな。よく見えない」
「誰もいないの?」
「ああ。三人も、牧師様もいないな。牧師様は別の部屋で寝てるだろうから、あいつらは探しに行ったんじゃないか」
「大変!」
アレックスの背中を押して先に進ませ、マリナは教会の中へと歩みを進めた。
真っ暗な教会の中は、元々民家だったこともあり、あまり天井が高くなく、明り取りの窓もない。ステンドグラスのような華美な装飾は一切なく、大広間がある民家をそのまま使っていた。日中は窓から差し込む光で多少明るいが、ウナギの寝床のような長い家で、両隣にも家がある。真横の窓は用をなさない。道路に面した家の間口により税が課せられていた土地柄、家々は皆このような造りだ。
マリナは人差し指の先に、ほんのり、小さな光魔法球を出した。
「お、いいね」
「私に魔法ができるかって聞いたのは、このためでしょう?」
「違うぜ。まだまだ。これからだって」
二人は物音に気づいた。大広間を抜けた先、廊下のどちら側かで、先ほどの男達が牧師を脅しているのだろうか。
「向こうは三人よ?太刀打ちできるの?」
「剣は偽物だから、あんまり実戦にはなりたくないんだけどな」
「……シッ。出て来るわ」
廊下の曲がり角に隠れて、灯りが漏れてくる部屋を見つめる。黒い服の男達は何事か話しながら笑っている。
――笑う?嫌な予感だわ。
三人目が部屋から出た時、部屋の中から四人目が現れて……。
「牧師様……」
「何で笑ってるんだ、あんな奴らに」
男達に向かって頭を下げ、笑みを振りまいていたのは、昼間クリフトンの父に祈りを捧げた牧師だった。
「引き返しましょう。分が悪すぎるわ」
「ああ、そうし……」
ドアから漏れた光が、二人の影を照らし出した。
「……誰かいるな」
「おい、見てこい」
男の一人がこちらへやってくる。
「やべえ、来る!」
「魔法で援護するわ」
「頼む!……ったああ!」
一人目が来る前に、アレックスは廊下に躍り出た。驚いた男の脳天に、模造の剣で一撃を加える。
「うっ……ぐぅ」
うまく当たった。気絶したようだ。
「やったわ!」
「残りは二人……と」
二人がこちらへ歩いてくる。一対二になるのはつらい。実戦経験がないアレックスには不利な状況だ。
「マリナ、俺が合図したら、魔法を頼むぜ」
「魔法って、何の……」
「ぅりゃあああああ!」
手前の男に一撃を加え、アレックスはさっと間合いを取った。
「お前達、宿屋の主人を殺したな?悪い奴は俺が許さない!」
「何だお前は!」
「俺は通りすがりの正義の味方だ!お前らなど、俺の伝説の聖剣で跡形もなく粉砕してやる!」
――何なのよ、それぇ!伝説の聖剣って、イタイ説明やめてよ!
「マリナ!」
「嘘でしょう!?」
呟いたマリナは、室内に風を起こさせた。
「はははははは。どうだ。俺の聖剣は魔法剣だぞ」
おろおろしている黒い服の二人に、得意になったアレックスが畳み掛ける。
「お前らには雷撃をお見舞いしてやる!」
――雷撃だなんて、そんな高度なの、やったことないわよ!
アレックスは高々と剣を振りかざした。
うろ覚えの呪文を呟き、マリナは宙に向かって手を挙げた。
「はっ!」
……ぷすん。
――失敗!?どうしよう。最近魔法の基礎練習をしていなかったから?
アレックスの顔色が変わった。
「生きのいいガキがいるじゃないか。丁度いい」
「塀の中も、そろそろ補充が必要だからな」
男達はアレックスに近づくと、暴れられないように腕を拘束した。伝説の聖剣が床に転がった。
「やめろ、放せ!」
アレックスを助けたい。だが、自分も捕まってしまっては、助けを呼びに行けない。
物陰に蹲り、マリナは息を殺して彼らが過ぎるのを待った。
――許して、アレックス!必ず助けるから。




