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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 13
545/616

374 悪役令嬢は警告される

ハーリオン侯爵家の分家が代々暮らしていた邸に、小さな影が忍び込んだ。周りを囲む壁を上り、辺りに人がいないのを確認して内側の芝生に下りる。

植栽の間を抜けて建物に近づき、宵闇の中で灯りが漏れている窓を見上げた。


「うふ、ふふふふ、やだなあ、マリナ、くすぐったいよぉ」

靴を脱がされ、アリッサとエミリーの二人がかりでベッドに転がされたセドリックは、マリナに介抱される幸せな夢を見て、ひっきりなしに笑っていた。

「……アリッサ。こいつ、シメていい?」

「だめだよ、エミリーちゃん。いなくなったら、グランディアが大変なことになっちゃう!」

アリッサの意見ももっともだが、セドリック本人のことは心配していない。どちらかと言えば、王太子である彼を失った場合に起こる問題を気にしているようだ。

「……執事にも迷惑をかけたね」

「驚いていたわね。セバスチャン」

「は?ジャイルズでしょ?」

「いいえ、ここの執事はセバスチャンだって、うちの執事のジョンが言っていたもの。同じお邸にいた頃は、チェス仲間だったんですって」

「何それ。老人クラブの囲碁大会みたいな?」

「多分……だから、ジョンが名前を間違うはずはないわ」


エミリーは考え込んだ。

セドリックが酒で酔い潰れる前に、町の人たちと話した時、彼らは口々に邸の執事の名を語っていた。――ジャイルズと。

ジャイルズ・ディークイル。確かそんな名前だと言っていた。

「……酒場の話と違うわ」

「人が変わっても、ジョンやお父様が知らないでいられるかしら?」

「執事を決めるのはお父様だから、知らない人が執事になるなんてあり得ない」

「なら、私達をもてなしてくれている彼は、誰なのかしら?」


カツン。コン。

バルコニーの窓から音がして、エミリーはさっと表情を引き締めた。

「アリッサ、離れてて!」

風魔法で窓を全開にすると、バルコニーと同じ高さの枝から、石を投げている子供がいた。

推定年齢十歳くらいだ。アリッサとエミリーをじっと見つめている。

「……子供?」

「こんばんは。あなた、こんな時間に出歩いたらいけないわよ」

窓へ近づきかけたアリッサを手で制し、エミリーは結界を張りながら歩み寄る。

「……何の用かしら」

「姉ちゃんたち、王都から来たんだろ?……悪いことは言わないから、今すぐこの町を出て行け!」

「は?」

エミリーの目が据わる。いきなり現れて、出て行けとは何事か。

「あのね……どういう……」

どういう意味?と訊ねようとして、アリッサがドアの外の物音に反応した。


「ん?」

振り向いたエミリーと目が合い、細かく首を横に振る。

――誰か来る!

風魔法で窓を閉め、何事もなかったかのように二人は椅子に座った。

「アリスさん、エマさん。スタンリーさんの具合はいかがですか?」

声はあの老執事だ。アリッサがドアを開けて応対する。

「ええ。おかげさまで、もうぐっすりです」

白々しくふふっと笑う。

「それはようございましたね。当地の酒は強いですから、男性でも参ってしまいます」

「皆さんのおもてなしに感激いたしました。スタンリーは明日、二日酔いで大変でしょうね」

「お二人はお加減はいかがですか。夜に飲むと身体が温まるお茶をお持ちしました。今晩は星も明るく、外は冷えておりますから、よろしければどうぞ」

「まあ、ありがとうございます」

アリッサはワゴンごと紅茶セットを受け取った。

「ワゴンは明日お返ししますわ」

「はい、いつでも構いませんよ。……では、おやすみなさい。よい夢を」


執事が廊下へ消えてしばらく経ってから、エミリーは窓を開けた。先ほどの少年はまだ、木の上でこちらを見ていた。

「まだいたの?」

「姉ちゃんたち、早く逃げろ」

「逃げる?」

物騒な発言だ。逃げなければ何があるのだろう。

「きっと今晩、町の大人がここに来るよ。そこで寝てる兄ちゃんを酔っ払いにしたのも、姉ちゃんたちが逃げられなくなるようにだよ」

「あなたは何を知っているの?」

アリッサはバルコニーへ出て少年に尋ねた。彼はぶんぶんと首を振った。

「言えない。……言ったら、町の皆が……」

「お願い、教えて?」

「姉ちゃんたちは町の秘密を知ろうとした。――だから、殺される!」

言い切った少年の瞳に狂気を感じ、アリッサの背筋が凍った。


   ◆◆◆


「こちらです、さあ」

女の手引きで地下室から出て、店の裏口へと回る。

「ここから出れば人目に付きません。あの人が戻らないうちに、早く」

「ねえ、あなたも一緒に行こう?」

「いいえ」

「何故だ。あの男は女子供に暴力をふるうような輩だぞ。逃げ出せる隙があるなら……」

女は弱々しく首を振った。

「逃げる?そんなのできません。私が逃げたら、ブルーノが酷い目に遭わされます。あの男は工事関係に顔が効くと言っていました」

「ブルーノって?」

「私の婚約者です。治水工事の時に連れて行かれて、それっきりです」

「連れて行かれる?」

レイモンドが渋い顔をした。貴族領では労働力の搾取は禁じられているのだ。

「ここの街も村も、工事の労働は強制じゃないはずだよ?手当を示して募集してるのに」

「一昨年は強制でした。聞けば去年もそうだとか。連れて行かれるのは体力のありそうな若い男ばかりだと」


「どこへ連れて行かれたか分かる?」

「知りません。友人のマークが乗合馬車の御者をしていて、方々調べてもらったのですが、ブルーノも一緒に連れて行かれた人達も、この領内の工事現場で見たことがないとか」

「ここじゃないってことか」

「行き先も安否も不明か。……さぞつらかろう」

「心配して弟が来てくれたのです。私を連れ出そうとして、あの人に殴られてしまって」

「弟さん……あの子、今いくつ?」

「十四です。上背があるから、近いうちに連れて行かれるかもしれません。そうなったら、私、私……」

ぽろぽろと涙を落とす。ジュリアは肩に手を置いて視線を合わせた。

「ブルーノさんの行き先も、弟さんのことも、私達が何とかするよ。だから安……」

安心して、と言い切らないうちに、レイモンドが脇腹を肘でつついてくる。

「おい、ジュリア」

「何?」

「適当に安請け合いするな」

「いいじゃん、結果的に助けるんだから」

こそこそと小声で話し、再び彼女に笑顔を向ける。

「ブルーノさんのこと、少し詳しく教えてもらえるかな?」


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