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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 13
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372 悪役令嬢と塀の外の面々

「……ったく」

アリッサと二人で肩を貸し、エミリーは酔いつぶれたセドリックを引きずっていた。二人より背が高い彼は、肩を貸しても足が思うように進まない。

「重いねえ」

「……置いて帰りたい」

エスティアの町の人は親切そうだった。セドリックを置いて行っても、身ぐるみはがして道に放置するようなことはしないだろう。決して贅沢ではないが、満ち足りた暮らしをしている彼らは、旅人に親切にできる程度には気持ちにゆとりがある。ハロルドの父や祖父が代々管理人を務めてきた小さな領地は、温かなもてなしをしてくれる土地だった。


「私達の代わりに、お酒を飲んでくださったのよ?」

「……別に頼んでない」

「マリナちゃんの騒ぎを忘れたの?次の日は具合が悪くて大変だったでしょ」

「うふふ……マリナぁ……」

にへらっと笑い、セドリックはアリッサ側によろめいた。小柄なアリッサが精一杯力を籠めて押し返す。

「真っ青な顔で吐いてた」

「おうた……スタンリーは、マリナちゃんの様子を思い出して、私達を守ってくださったのよ。頑張って歩きましょう?……ええと、分家のお邸はあっち?」

「……反対方向」

エミリーに白い目で睨まれ、アリッサは申し訳なさそうに眉を下げた。

「マリナ、そっちに行かないで、僕、……うふふふ、はははははは」

「あー、マジでこいつウザい!」

エミリーは魔法で音を消すと、地魔法でセドリックにかかる重力を半分以下にした。


ガサ……。

夜の闇の中、ゆっくりと歩いていく三人の背中を見つめる者が一人。

月明かりを受けた瞳は、鋭く輝いていた。


   ◆◆◆


マリナとアレックスは二階から下りて、手を縛られて厨房に転がされていた男を食堂へ連れてきた。彼はクリフトンと名乗った。年の頃はマリナ達より二つか三つ上だ。

「俺が……俺、がっ、親父を殺したようなもんだ」

クリフトンは肩を落として嗚咽を漏らした。マリナはそっと背中を撫でて、持っていたハンカチを渡した。

親しくしている近所の人の名前を聞き、アレックスが外に飛び出て行った。しばらくして、老夫婦と牧師、脚の悪い娘を連れた中年女性が『銀のふくろう亭』に入って来た。


「クリフトン!」

マリナと同じ歳くらいの娘が、母親の手を振り切り、よろめきながら涙にむせぶクリフトンに抱きついた。

「お父様のこと、残念だったわ……こんな急に……」

「マイナ……」

クリフトンはマイナの身体を支え、近くにあった客用椅子に座らせた。

「皆、来てくれてありがとう」

「気を落とすなよ、クリフトン」

「私達は最後まで、あなたと共にいますよ」

老夫婦は向かいの帽子屋、母娘は隣の雑貨屋を営んでいる。塀の外に暮らす人は少なく、店は開店休業状態だ。アレックスに呼ばれてすぐに、店を施錠して駆け付けたのだ。


「塀の中の犬か……」

牧師が呟いた。

アレックスが手伝い、さらに商店街の人々の協力を得て、店主の遺体を棺に納めた。牧師が仮設の教会を置いている民家に運び、亡き店主のために祈りが捧げられた。


「今晩は家に泊まって行ってくれ。助けてくれた礼がしたい」

クリフトンはマリナとアレックスを宿屋にただで泊まらせてくれると言った。

遅い夕食を終えて、他に誰もいない食堂で三人は語り合った。

「あの黒い奴ら、何なんだ?気味が悪いよな」

「あれは、塀の中の犬だ」

「犬?人間だったぞ?」

「渾名のようなものかな。塀の外の連中を監視し、中に行きたい奴を連れて行く。あんた達もあれかい?ここなら働き口があるって聞いて来たのか?やめておけ。帰れなくなるぞ」


――帰れないって、どういうこと?

「俺達、王都からきたんだ。働いた経験がなくっても雇ってくれるって聞いて、工場で働かせてもらおうと思ったんだ」

アレックスがうまく話を合わせた。普段は空気を読まない男だが、今日は何故か絶好調だ。マリナは親指を立ててグッジョブ!と言いたくなった。


「似たようなことを言っていた連中は、皆帰ってこなかった。うちは宿屋もやってるから、塀の中に入る前に客が泊まってくんだ。皆金持ちになりたいって夢を語ってさ。だけど、誰一人塀の中から出てこない。街に最初から住んでた奴らも中に入って、店まで塀の中に行っちまった。こっち側に残っているのは、工場で働けない年寄りと、宿屋をやってる俺達親子と牧師様くらいなもんだ」

「牧師様?教会はなかったぞ」

「空き家になった家を借りてるんだ。塀ができる前から、教会は向こう側にあってさ。塀の外に街の大多数が住んでたから、教会には奥さんを置いて、息子のティムと二人でこっちにいたんだ。……でも」

クリフトンの灰色の瞳が曇る。

「ティムは塀の中に行っちまったんだ」


「お母様が中にいるから?」

「ああ。手紙が来たんだよ。体調が悪くて一人では教会を維持できないって」

「黒い奴らが言ってた、友達って……」

「ティムのことだよ。街に残ってた若い奴らは、一人、また一人、塀の中に行って帰って来ない。手紙を出しても返事も来ない。絶対おかしいだろ?母さんの病気を見舞う口実で、ティムは塀の中に入ったんだ」

「『銀のふくろう亭』はナントカのアジトなのか?」

「そんなんじゃない。他に集まる場所がないから、皆ここに来るだけだ」


ただの集会所として使われていたのなら、店主が殺される理由が分からない。マリナは店内を見回した。

「このお店の食材はどこから仕入れているの?

「……そう言えば、親父は王都で仕入れてるんだが、最近行かなくなったな」

「魔法陣で市場まで行くのか?」

「前はそうしてた。……何かあって、別のところから買うようにしたらしい。魔法陣の前で見張ってるし、何度も通るのは気まずかったんだろう」

「行かなくなったのは……何か嫌な目にあったからかしら」

「最後に行った日、帰って来た時の様子がおかしかったな。朝、仕入れに出かけたくせに、戻ったのは夜中だった。親父は何か、塀の中の秘密を知っちまったのかもしれない」

テーブルの上で腕を組み、クリフトンはゆっくりと頭を振った。


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