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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 13
542/616

371 悪役令嬢は付け狙われる

客室から出て廊下を走り、階段を駆け下りると、ジュリアは好奇の視線に晒された。身なりのいい若い男と一緒にいた女が、部屋に戻って間もなく逃げてきたとあって、男達にしなだれかかっていた娼婦達は、酷い目に遭わされたのだろうとジュリアに同情した。

連れ込み宿から出るも、娼婦から聞き込みをしていた時間が長かったためか、夕闇が迫ってきている。

「……引き返せない、よね」

ジュリアは心を強く持って顔を上げ、酔っ払いが歩く歓楽街へと進んだ。


見慣れない美人が通り、街の男達が口笛を吹いた。

「よお、お前さん、新入りかい?」

娼婦だと思って声をかけてくる者もいる。曖昧な笑みで躱し、足取りを速めて過ぎる。

――ヤバイ。つかまったらおしまいだ。

レイモンドが服を買ってくれた店があったあたりなら、まともな店があるかもしれない。宿屋はあったかどうか記憶にない。


「……おい」

背後から低い声がした。

――さっきの男?

振り返るのも怖くて、ジュリアは小走りになる。細い路地に入って追っ手をまいてもいいが、道がよく分からない。大きな通りは比較的明るくても、建物と建物の間の細い道は殆ど光が届かない。行き止まりだったら終わりだ。

「待てよ」

「待たない!じゃっ!」

軽く手を挙げると、手首をがしっと掴まれる。


「やめて!」

「待てってば」

――しつっこいなあ!

ジュリアはスカートを跳ね上げ、振り向きざまに回し蹴りをした。露わになった腿に手を当て、ベルトに挟んだナイフを……。

「……あれ?」

「あれ、じゃない。お前のせいで眼鏡が飛んでしまったぞ」


石畳の腕に座り、眉間に皺を寄せているのは、不機嫌そうなレイモンドだった。宿屋で言い争いになった後で追いかけてきたのだろう。

「ゴメン、変な奴かと思って。来る途中で声かけられててさ」

「勝手に出て行くな。……まったく、行動的すぎるのも困ったものだな」

「眼鏡……壊れちゃった。どうしよう」

「こんな街でも眼鏡屋くらいあるだろう?商店街に戻ろう。……悪いが、俺の腕に掴まってくれないか」

「うん。私が目になるから。……本っ当にごめんね。でもさ、私」

「さっきは俺が悪かった。君はアレックス以外の異性が目に入らないと、幼い頃から見て知っていたはずなのに。……女性と二人きりで宿屋に泊ったことなどなくてな。ベッドが一つしかなくて気が動転してしまった」

視線を合わせずに静かに話すレイモンドの耳が赤くなっていた。


「夜が更けてきたな」

「店が閉まる前に急ごう」

二人が商店街に差し掛かると、どこからか叫び声が聞こえた。

「……聞こえるか、ジュリア」

「うん。何だろう……人の声?あっちから聞こえる」

ジュリアに腕を掴まれたまま、レイモンドは引きずられるように路地へと入った。


灰色の壁が続く細い路地には、見渡す限りごみが散らかっており、ごみ箱を漁る黒猫が飛び降りて二人の横をすり抜けた。

「酷いな」

「王都でもこんなところはないよね」

「貧民街か?」

「前はこんなのなかったよ。ここは普通のアパートが建ってて」

壁から視線を上げると、アパートの窓が見える。冬だというのに開けっ放しで、ボロボロになったカーテンが風に吹かれている。

「……住んでないのかな」

「治安が悪くて逃げたんだろう。……声が近いな」

「行こう。助けてって言ってる!」

「お、おい!」


ガン。ドスン。

「やめて!」

「キャーッ!誰か来て!」

ジュリアは半開きになっていた古い店のドアに手をかけた。こちらが開ける前に、向こう側から開けられ、中から顔を腫らした少年が出てきた。

「……ちっ」

一瞬目が合ったかに思われたが、舌打ちをしただけでいなくなってしまった。


「ねえ、悲鳴が聞こえたんだけど、大丈夫?」

店の中には息も荒く床に蹲る女が一人。店は奥に細長く続いていて、天井から吊り下がる照明が点滅している。魔法球が切れかけているのだ。

「……大丈夫よ」

「今出てった子、顔怪我してたけど……」

女の傍に膝をつき、ずれ落ちた毛糸のショールを肩にかけ直してやる。

「ちょっとした親子喧嘩よ」

「えっ、あなたが殴ったの?いやあ、見た目に寄らず力あるね」

「……それは……」

口ごもった女の上に黒い影が伸びる。ジュリアが顔を上げると、体格のいい男が二人を見下ろしていた。


   ◆◆◆


「そうかそうか。奥さんの病気がねえ……」

「特効薬もなく、いい治癒魔導士も見つからず……こうして自然豊かな地で療養すれば、快方に向かうのではないかと思いまして」

若妻エマと彼女を気遣う献身的な夫スタンリー、エマの兄嫁で美貌の未亡人のアリスは、ものの数分で町の人々に囲まれた。

「まだ若いのに、苦労しているんだねえ」

「そっちの姉さんの旦那も、同じ病だったのかい?」

「え……」

アリッサはちらりとエミリーを見た。細かい設定まで決めていなかったのだ。

「は、はい。……夫は去年の冬に、流感にかかって呆気なく」

「まあ。お気の毒に。まだ若かったんだろう?」

「二十二歳でしたわ」


このままだとエミリーがいもしない夫の闘病記を語り尽くす羽目になる。セドリックは必殺王子スマイルを振りまいた。

「それで、僕達はエマに美しい花園を見せたいんだ。……冬だけど、どこかないかな?場所だけ教えてもらえれば、もう少し温かくなってからでもいけると思うんだ」

「花ねえ……」

「俺達、食うもんしか作らねえからな」

若い男がぽりぽりと頬を掻く。

「そうそう。元々冬は作物が取れない土地だろう。ハーリオン様はとにかく食材になるものをたくさん作るようにと、品種改良した苗を配ってね。私らはそれを増やしてきたんだよ。花なんか二の次さね」


恰幅の良い酒場の主人が酒を持ってきた。

「ほらよ、これは俺からのおごりだ。たあんと飲んできな!」

大瓶を前にして、アリッサは顔を強張らせた。

――飲んだら酒乱になっちゃう!

晩餐会でのマリナの振る舞いを思い出し、セドリックはごくりと唾を呑みこんだ。

「ありがとう!ご主人。……エマは病気だし、義姉さんは酒に弱いから、僕がいただくよ」

と言うな否や、グラスになみなみと注いで一気に呷った。


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