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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 13
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370 悪役令嬢は耳を欹てる

「ふあー。けっこう話したね。すっかり暗くなっちゃったよ」

大きく伸びをして、先ほどの娼婦の話を思い出す。彼女が客の一人に誘われるまで、三人は話し込んでいたのだ。

「収穫祭がなくなったのは、二年前か……。侯爵が王都を離れられなかった頃からか」

収穫祭が行われなかった年は、治水工事に男手が奪われ、十分な収穫量が維持できなかったところに、いつもの年の三倍の年貢を課されたと言っていた。

「ハーリオン侯爵は、年貢を厳しく取り立てているのか?」

「まっさかあ。お父様は貿易の会社もやってるんだよ?王家に納める分くらい余裕で稼いでるっての。領地から無理に集めなくてもいいんだよ」

「それなら、娼婦が言っていた、三倍の年貢はどこに行ったんだ?」


レイモンドはノートを取り出した。領地からハーリオン侯爵に納められた年貢――コレルダードの場合は小麦――の量は変わっていない。『男手が奪われた』という治水工事の履歴も確認できない。

「……分からんな。前の年も次の年も、川の状況は変わっていない」

「さっきの人の旦那さんも、連れて行かれて帰ってきていないんだってよ?コレルダードの近くじゃなくて、もっと離れたところかな?」

「コレルダードを含むこのハーリオン家の領地は広い。だが、なかなか帰って来られない距離でもあるまい。帰れない土地へ連れて行かれたか、帰らぬ人となったかだろうな」

「死んじゃったってこと?」

「慣れない土地で、過酷な条件で労働を強いられれば、病に倒れることもある」


「あとさ、自分のところで収穫した小麦を王都の市場に持って行っても、コレルダード産のもので溢れていて売れなかったって言ってたよね。収穫量が増えないんだから、市場に溢れるくらい出てるっておかしくない?」

「皆殆ど年貢に取られているのにな。市場でも聞き込みが必要だろう。騎士団が気づいているのかどうなのか……」

「うーん……」


ベッドに仰向けに寝転び、ジュリアはガシガシと銀髪を掻き毟った。

「この部屋、何かいるんじゃない?痒い」

「一応シーツくらいは洗っているんだろうが、寝転がるのは勇気が要るな」

レイモンドはベッドに腰掛けた。

そこでジュリアは、この部屋の大問題に気が付いた。

「……ねえ、レイモンド」

「何だ」

「今晩、どこに寝るつもり?」


「……なっ!」

レイモンドは自分が座っている大きなベッドが、ジュリアの寝転んでいるベッドである……つまり、この部屋にはベッドは一つしかないと気づいた。

「私は……別に構わないよ?端と端で寝れば」

ジュリアの中では、前世の小学生時代に行った林間学校の気分だ。テントの中で皆寝袋に入って寝た記憶がある。

「……君は危機感がないのか?」

レイモンドは座ったまま、手を額に当てて俯いた。

「ききかん……?」

「男女が同じベッドに」

「あ、別に?だって、レイモンド、私のこと女だと思ってないでしょ?」

起き上がって身を乗り出し、座り込むレイモンドの隣に正座した。やけにフリルの多いひらひらしたドレスが邪魔だ。


「思っていなかったら、……こうして困っていない」

「え……」

――レイモンド、私を意識してるの?

急にジュリアの心臓が音を立てはじめた。

「アリッサの姉でアレックスの婚約者だから、万が一のことがあっては……」

「ねえ、まさかのまさかだけどさ。レイモンド、私に誘惑されるとでも思ってるの?」

「……違うのか?」

「はあっ?」

バン。(ぼふっ)

ジュリアはベッドのくたびれたマットレスを叩いた。白い目でレイモンドを見る。

「私、アレックス以外は興味ないの。馬鹿にするのもいい加減にして!」

襟元をぐっと握って上から目線で怒鳴った。力いっぱいドアを閉め、ジュリアは階段を駆け下りて行った。


   ◆◆◆


エスティアの町の酒場は人影もまばらだった。

きょろきょろしながらテーブルについたセドリックは、

「ねえ、あれは何?」

としきりにアリッサに訊いている。まるで三歳児のようだとエミリーは思う。

「ここのおすすめは何かな。美味しいものは……」

「スタンリー」

「?……あ、僕か」

「何しに来たのよ。遊びに来たんじゃないわ」

「ごめん……つい、嬉しくなっちゃって」

セドリックはエミリーに叱られ通しだった。三人ではあるが、知識の面以外では役に立たないアリッサと、生活力皆無の王太子である。自分がしっかりしなければとエミリーは思っていた。


「打ち合わせ通り、よろしくね?」

「うん、分かった!」

「頑張るね、エミリー……じゃなくて、エマちゃん」

セドリックは大きく息を吸い込み、エミリーとアリッサに向かって話し始める。

「ああ、ここは空気がおいしくていいね」

「ええ、本当に」

アリッサが答える。

「王都のように馬車が土煙を上げることもなくて、エマにはいい場所ですね」


「コホン、コホン……」

わざとらしく咳払いをして、エミリーは周囲の反応を窺う。王都から来た謎の三人組に、周囲の者達は耳を澄ましていた。

――いける!

「嬉しいわ、スタンリー。これなら、私の病気も……コホン、コホコホ」

「まあ、無理をしてはいけないわ、エマ。治りかけの身体で無理をして、ジャックのようになってしまっては……」

「ジャック兄さんは……残念だったわね。素晴らしい人だったのに。私と同じで病気がちで、あんなに呆気なく逝ってしまうなんて」


エミリーが考えた設定はこうだ。

セドリックに背負われた自分は病弱設定だ。夫のスタンリー、兄の妻で未亡人のアリスと、病気の療養に適した土地へ旅をしている。これと言った観光地もなく、豊かな自然環境以外に特筆すべき点がないエスティアに、旅人が来ること自体珍しいと聞いたからである。


「私、療養するなら、綺麗なお花が見られるところがいいわ」

「花……そうね。春になったら探しましょう」

「お義姉様、私は春までもつのでしょうか」

「悲しいことを言うんじゃない、エマ。君は必ず良くなる!病気など吹き飛ばしてみせるよ。僕の愛で!」

――ちっ、やりすぎだよ王太子!

セドリックの芝居がかったクサイ台詞に吐きそうになりながら、エマは耳を欹てた。


「なあ、お前さん達――」

――釣れた!

エミリーはアリッサと視線だけで会話をし、口の端だけで微かに笑った。


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