365 悪役令嬢は魔力切れを起こす
転移魔法で、北部の山岳地帯にあるエスティアまで飛んだエミリー、アリッサ、セドリックの三人は、自分達の現在地が分からなかった。
「すごいわね。どこ見ても山しかないわ」
ジュリアがいたら、『ヤッホー』と叫んでいそうな高原である。晴れ男効果ですっきり晴れた青空だが、足元は雪深い。一歩歩くとズボッと入ってしまう。どこが雪の吹き溜まりか分からず、危険な場所だった。
「エミリーちゃん……足、めり込んじゃうよ」
方向音痴のアリッサはもとより、エスティアに来たことがないセドリックは役に立たない。
「困ったな……山の形で方向を確認しようにも、僕の地図にはエスティア自体載っていないんだよ」
「……役立たず」
「なっ……」
「地図、持ってくるならもっと詳しいのにしてよ。どうして王国全図なんか持ってるの」
「将来の国王としては、王国全部を視野に……」
チッ。
エミリーは思いっきり舌打ちをした。
泣きそうになっているセドリックと、おろおろするしかないアリッサは、エミリーの提案でひたすら山を下りる作戦に出た。少し見晴らしがいいところまできて、最も低い場所へと近距離で転移する。何度かそれを繰り返していると、
「……くっ」
とエミリーが膝をついた。
「エミリーちゃん!大丈夫?」
「魔力が……」
王都からエスティアまでの長距離を転移したことと、短距離であっても連続で魔法を使ったことで、エミリーの魔力は回復しないまま減り続けていた。
「向こうに町があるみたいだ。教会の尖塔が見える」
「あと少しね……歩きましょう?」
アリッサがエミリーの手を取り、覚束ない足取りを支えた。
セドリックは二人の前に進み出ると、いきなり背中を向けてしゃがみこんだ。
「王太子様?」
「エミリー。僕の背中に」
「……おんぶってこと?」
「僕はここまで君に連れてきてもらった。だから、今度は僕が君を連れて行く番だよ」
仮にも一国の王太子だ。一貴族令嬢の分際で背負われてもいいのだろうか。子供の頃より鍛えてはいるが、人ひとり背負って丘を下るのはセドリックににもつらいはずだ。エミリーは躊躇った。
「遠慮しないで、ね?」
◆◆◆
セドリックがエミリーを背負い、歩くのが遅いアリッサと三人、ゆっくりと町へ近づいていく。途中、街道と思しき所へ出た。
「ここまで来れば、どなたか通りかかると思います。馬車をお持ちでしたら、エミリーちゃんだけでも乗せていただきましょう」
アリッサは背負っていた荷物から大判のノートを取り出して、ペンで『エスティア』と書いた。
「こうしていれば、私達に気づいてもらえると思うの」
「ヒッチハイクか……」
「うん?ひっち……何だって?」
が。
待っても待っても待っても、人っ子一人通りかからない。
「この道は旧道で、今は使われていないのかな」
「どうかしら。詳しい地図があればわかるのになあ」
セドリックは再び項垂れた。自分の荷物は全体的に役に立たないものばかりだ。エミリーは遠くを見渡した。
「雪の上に足跡も車輪の跡もないものね。……待っていても無駄かも」
「どうしよう……」
アリッサは泣きそうになって妹と王太子を見た。
雪の上にシートを敷いて座り、エミリーは腕を組んで考えた。
行動力はあるのに方向性を間違っているセドリックと、行動したくても動けないアリッサ、魔力の切れかかった自分。
「要は……ここに私達がいると気づいてもらえればいいんだから……」
近くには針葉樹の林がある。他の木々は葉を落としてしまい、落ち葉は雪の下だ。使うならこれしかない。
「……二人に相談がある」
エミリーは額に冷や汗を浮かべて笑った。
◆◆◆
「まずは今日の宿を予約しよう。野宿はごめんだからな」
レイモンドはずんずん歩いていく。コレルダードの街をゆっくり見ている暇はなく、ジュリアは駆け足で彼の後を追った。
「待ってよレジー。歩くの早いって」
「お前が遅すぎるんだ。ハイヒールでもないくせに、さっさと歩け」
「ちょっとくらい、街を見たっていいじゃんか!」
「旅行で来たのならな。……お前の目的は何だ、ジュリアン。俺達には自由な時間はないぞ」
ジュリアは今さらだがグループ分けに不満を覚えた。戦力を分散して、アレックスとエミリーとは同じ組になれないのは仕方がないが、融通が利かないレイモンドより、マリナと一緒の方が良かったと思う。
宿屋が立ち並ぶ辺りに差し掛かり、ジュリアは周囲の様子に驚いた。
「……ねえ、レジー」
「何だ」
「あの人達……何?」
「ああ……。見るな。視線を合わせるな」
道端の敷石に座り、汚れた壁に凭れて昼間から酒を飲んでいる男達、乱れた服装でレイモンドとジュリアに悩ましい視線を送る女達。どちらも、以前家族で訪れた時には見られなかった光景だった。
「まっとうな宿屋はないのか?皆連れ込み宿のようだな」
「連れ込み……」
「君は男だから、俺と二人、同じ部屋に泊まるのは……」
「まさかとは思うけど、連れ込み宿に泊まる気?あのへんのお姉さん誘って?」
そっと女性達を見る。部屋に泊めたら身ぐるみはがされて一文無しにされそうな、獰猛な視線を感じる。何もしなかったとして、ジュリアが女だとバレたらそれも問題だ。
「いや。別の手段を考えよう。……商店街に戻るぞ。君の好きな買い物をさせてやる」
眉を上げてフッと笑う。楽しそうなレイモンドの顔に、ジュリアは少しだけ嫌な予感がした。




