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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 13
534/616

363 悪役令嬢は自称淑女に会う

翌朝。

ハーリオン侯爵家から四人の侍女が二組に分かれて街へと急いだ。

「どう?マリアン。さっきの奴、まだいる?」

茶色い髪をツインテールに結った侍女が、隣を歩く紺色の髪の侍女に囁く。

「ずっとついてきているわ。このまま商店街まで追いかけてくるわよ」

「うへえ、しつっこいなあ。まくのも面倒くさいし、どうする?」

「ジュリ……ジュディに任せるわ。私は指定されたお店へ急ぐ方が賢明だと思うけど」

商店街のそれほど大きくない路地に、二人が目指す店はあった。

「『マダム・ロッティの洋品店』!あったよ」


「こんにちは……」

カランカラン。

ドアについたベルが鳴り、静かな店内に響いた。

「誰もいないのかしら?」

「まっさかあ」

「……いらっしゃいませぇ」

「ぅうわあ!」

背後から声をかけられ、ジュリアは飛び退いた。騎士志望で研ぎ澄まされた神経を持っていると自負しているのに、全く店員の気配を感じなかった。

存在感が薄すぎる店員は、べったりとした黒髪に青白い顔をしており、まるで幽霊のようだ。これで客商売が成り立つのかと、マリナは疑問に思った。

「ええと、マダムは?」

「ハーリオン侯爵家の侍女の方ですね。店主は二階におります。皆様がいらっしゃったらお通しするよう、言いつかっております」


階段で二階に上がると、二人は部屋の広さに驚いた。

店の間口からは想像できない空間が広がっている。奥に部屋があるところを見ると、まだまだ続きがあるようだ。

「うわあ……広っ」

「このお店、長屋の一番端よね。二階はこんな風に全部繋がっていたんだわ」

マリナは窓に近寄り、先ほど歩いてきた通りを見下ろす。隣、また隣と、店構えを見れば、四軒先の店までが一続きの建物のようだ。

「ねえ、見て、ジュリア。向こうからアリッサとエミリーが来たわよ」


   ◆◆◆


「いい加減歩きなれてくれないかしら、アリス」

狭い歩幅でちょこちょこと歩くアリッサを、おばさんパーマに瓶底眼鏡をかけたエミリーが叱咤する。

「ごめんねぇ。……ねえ、お店はまだなの?」

「もうすぐ……ほら、あそこ。『ローラン金物店』」

建物にかけられた看板を指さし、エミリーはにやりと笑った。


「いらっしゃい!」

中に入るや否や、テンションが常に高そうな若い男に大きな声であいさつされた。何か注文すれば『よろこんで!』と返しそうな勢いだ。

「……は、はあ」

アリッサはエミリーの背後に隠れて怯え、エミリーは青年の暑苦しさに顔を顰めた。小太りかつそこそこ筋肉質の健康優良児体型が、余計に暑苦しさを感じさせる。若干病的ですらりとしたマシューの体型がどストライクのエミリーには、全くもって受け入れられない。

「あんた達、ナントカ家の侍女だろ?」

「ナントカのところが重要だと思うんだけど?」

しかも脳筋か、とエミリーは内心毒づいた。

「あっと、何だっけな。ハー、ハー……」

「……ハーリオン家よ」

低く呟き、エミリーは思い切り舌打ちした。

「あ、あのっ……私達、お店の御主人に用があって」

「聞いてるよ。上がんな!」

親指を立てて階段を指し示し、暑苦しい笑顔を浮かべて、店番の青年は二人を二階に誘導した。


   ◆◆◆


「早かったのね」

「マリナちゃん、ジュリアちゃん」

「部屋が繋がってるなんて思わなかったでしょ?私もびっくりしたよ」

「……店主は?」

部屋にはトルソーが数体と応接セットがあるだけだ。自分達四姉妹の他には誰もいない。

「あそこにドアがあるじゃん。出て来るんじゃない?」


ガタタ。

建てつけが悪いドアが開かれ、中から一人の中年男が出てきた。

「……ドレス?」

「どっからどう見てもオッサンなのに、ドレス着てない?」

「うん。髭が生えかけて青くなってて、腕にいっぱい毛が生えてるけど、……ドレスだよねえ」

ジュリアを真ん中に、怯えて寄り添った妹達を横目で見て、マリナが一歩踏み出した。三人は心から姉を称賛した。

「マダム・ロッティ?」

「ええ。いかにも、私がロッティよっ」

語尾にハートか音符がつきそうだとマリナは思った。けばけばしい女装男に笑顔を見せて、

「レイモンド様からお話があったかと思いますが……」

と切り出した。マダムは筋肉質の腕を組み、右手の人差し指で真っ赤に頬紅を塗った頬を数回叩いた。すぐに満面の笑みに変わり、濃いピンク色の口紅を引いた分厚い唇が弧を描く。

「準備は整ってるわ。んもう、ばっちりよ!ちょっと待っててね」

調子はずれの鼻歌を歌いながら、花柄のドレスのスカートを持ち上げて、マダムは再び奥の部屋へ消えた。


   ◆◆◆


「いーい天気っすね!やっぱり、殿下が晴れ男なのは本当だなあ。うーん、今日もいい一日になりそうですよ!」

アレックスは胸いっぱいに空気を吸い込み、幸せそうな笑顔で二人に振り向いた。

「はあ……マリナと一緒が良かったなあ……」

がっくりと肩を落とすセドリックと、遠足が楽しみな小学生のようにはしゃぐアレックスを連れて、レイモンドは商店街を目指していた。

「仕方がないだろう。魔法が解けないことには近寄れないんだ。……おい、アレックス。小躍りしていると馬車に轢かれるぞ!」

ガラガラガラガラ……。

「ぉうわ!」

アレックスのすぐ傍を、二頭立ての馬車が過ぎて行く。

「ほら、言わんこっちゃない」


「あっ、レイモンドさん!あそこに美味そうな焼き菓子が売ってますよ」

「本当だ……美味しそうだね」

「アレックス!セ……コホン。スタンリー!お前達、遊びに来たと勘違いしていないか」

「いいじゃないか、レイ。しばらく王都に戻って来れないんだから、少しくらい買い物をしても」

スタンリーの用意した『ちょっと裕福そうな平民』の服は、セドリックにとてもよく馴染んでいた。王都中央劇場支配人の息子であるスタンリーはちょっと裕福な平民である。制服の着こなしは最悪だが、私服は元女優の母が選ぶセンスがいいものだ。眼鏡と帽子で変装しているにも関わらず、街行く女性たちはセドリックを振り返らずにはいられなかった。


「ただでさえお前は目立っているんだ。アレックスだって何度も声をかけられているだろう」

焼き菓子の露店に走って行ったアレックスを見れば、既に女性の二人連れにロックオンされている。体格が大人の男性並みなので、年上にも逆ナンパされているのだ。

「……はあ。一緒に来い。アレックスを捕まえるぞ」

あんな頼りない男をマリナと二人だけで行動させて大丈夫だろうかと、レイモンドは心配になった。


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