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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 12
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閑話 おうじさまときんのパンツ 4(終)

閑話、全4話の完結編です。

変態王子が暴走しております。ご注意ください。

ガタ。

ドアが開く音にセドリックは驚いた。

――マリナが、戻って来たのか?

出発前の妄想が一気に脳内を駆け巡る。一緒に入浴は流石にないだろうが、背中を流すくらいはしてくれないものだろうか。欲深い自分を笑いながら、セドリックは振り向かずに呟いた。

「……待っていたよ」


「……!」

声をかけられたアレックスは身構えた。ハーリオン家の風呂を使ったことは何度もあるが、先客がいたのは初めてである。しかも、聞き覚えのあるよく通る声……。

――で、殿下?どうしてここに!?

驚きのあまり声を出せず、腰に巻いたタオルで全身を覆う。大きくなった身体はタオル一枚で隠しきれるものではなく、せいぜい腹の上から腿までを隠したにすぎない。


ガサゴソと何かが擦れる気配を感じ、セドリックはマリナが恥らっているのだと思った。

――僕まで恥ずかしがってはいけないよね。堂々と、王子らしく、だ。

「君に、背中を流してもらいたいんだ。……その、決して振り向かないと約束するから、ね?」


――ね?って、どうしたらいいんだ、俺!?

アレックスはおろおろと室内を見た。バスタブの傍に小さな台があり、石鹸と身体を洗う布が置かれている。セドリックは生まれた時から王子様だから、自分で身体を洗ったことがないのかもしれない。きっと困って自分を頼ったのだと思い至り、ゆっくりとバスタブへ近づいた。


ひた、ひた、ひた……。

裸足の足音が近づき、セドリックは興奮して鼻血が出そうになった。風呂でのぼせたせいもあるかもしれない。手を当ててみたが血は出ていないようだ。まだ、大丈夫だ。


アレックスは、騎士団に入ったら、訓練後には皆で共同浴場に入ると聞いていた。そこで歴戦の勇者は古傷を自慢するらしい。自分が身を置こうとしている騎士の世界は、男同士の裸の付き合いがあって当たり前だ。主君になる王太子の身体を洗うくらい、何てことないのだ。

――よし!

アレックスは布をバスタブの湯に浸し、力いっぱい石鹸を擦りつけてグシュグシュと泡立てると、セドリックの背中をそっと撫でた。


――っ!!

息が止まりそうだ、とセドリックは思った。実際には鼻息も荒く、ハアハアしていたのだけれども。

「……っ、無理を言ってごめんね?」

泡に包まれていく背中を、マリナの優しい手が辿っている。そう思うだけで、セドリックの心臓はバクバクと音を立て、呼吸もどんどん速くなっていく。

――想像以上だな、これは!

体中の神経が背中に集中しているかのようだ。ぬるぬるした感触に凄まじい快感を覚え、陳腐な妄想などどこかへ飛んで行ってしまった。現実の衝撃が大きすぎる。


背中を擦っているだけなのに、目の前のセドリックはハアハアと苦しそうだ。アレックスは心配でならなかった。

――殿下、具合が悪いのかな?風邪を引いてるんなら、風呂なんか入らないほうがいいのに。

布越しに触れるようにはしているが、時々指先が直接セドリックの背中を滑る。その度に彼は一瞬息を止めた。

――やっぱ、具合が悪いんだな。風呂で倒れたらシャレになんないし、ここは早いとこ服を着てもらおう。


背中を撫でていた手が止まった。

背後のマリナが何かを言わんとする気配を察知し、セドリックはごくりと息を呑んだ。

「……どうしたの?続けて」

彼女は何と返すだろう。恥らって僕を叱るだろうか。素直でないマリナなら、きっと……。

期待に胸を膨らませた。その時、


「大丈夫ですか?殿下。顔、赤いっすよ?」


期待もしていなかった低い声が、セドリックの耳に突き刺さった。


   ◆◆◆


「……惨敗か」

ベッドに横たわるセドリックの傍らで、レイモンドは腕を組んでフッと笑った。

「嫌味だね、レイは」

「人様の家に上がりこんで風呂を使った挙句、卒倒して運ばれるとは。全体未聞の珍事だな」

「うるさいよ。……もう、忘れたいんだから」

「アレックスが心配していたぞ。風邪を引いたら長風呂はするなと」

「うう……」

セドリックは寝具を引っ張り上げた。

「しばらくアレックスの話はしないでくれ」

「ふうん……いいだろう。アレックスに背中を洗われて、ハアハアなさっていた誰かさんの気が済むまでな」


がばっ!

セドリックはベッドから起き上がった。

「レイ!僕、ちゃんとできたんだよ。予定通り、ハーリオン家に金のパンツを忘れてきたんだ!」

「裸で担ぎ出されれば、そりゃあ忘れただろうな。……マリナが届けてくれるとは限らないぞ」

「可能性は五分五分くらいかな」

「いや、一割にも満たないと思うが」

レイモンドが予想した通りだった。

ハーリオン侯爵が内々に話をしたいと申し出ていると、侍従が告げた。


   ◆◆◆


「いやあー、災難だったね、マリナ」

にやにやしながらジュリアに肩を叩かれ、マリナはイヤイヤと頭を振った。

「やめてよ、茶化さないで」

「茶化してないよ?ホント、殿下の行き当たりばったりには参ったよね」


背中を流していたのがアレックスだと気づいたセドリックは、驚いて立ち上がった。しかし、泡で滑ったのか、バスタブの中で転倒して頭を打った。長風呂のせいか意識を失い、アレックスにお姫様抱っこされて運ばれ、ハーリオン家の従僕によって服を着せられた。

「アレックスと殿下が、風呂からマッパで出て来るんだもん。リリーがびっくりしたのなんのって」

「……裸でお姫様抱っこ……フッ」

エミリーがにやりと笑う。

「アレックス君は必死だったのよ。笑うところじゃないわ」

アリッサが窘める。エミリーは爆笑してベッドをバンバンと叩いた。


「おまけに、パンツを忘れて行ったんでしょ?」

「ええ。リリーの話だと、金色で、名前が書いてあったそうよ」

「……修学旅行?」

「私もそう思ったよ。パンツに名前書くなんて、修学旅行かよ!って」

「私の時は、修学旅行でお風呂にパンツ忘れた男子がいたけど、結局名乗り出なかったわ」

「あー、名乗り出るのもキツいよね。その日から渾名が『パンツ』になるもんね」

「先生もパンツの特徴を皆の前で言ったりして、……ねえ」

マリナが口ごもった。

「『ガラパン野郎』とか『ブリーフ王子』とか言われたくないものね。ねえ、殿下のパンツはどんなのだったの?」

「だから、金色で」

「で?」

「ジュリアちゃん、はしたないよっ」

「アリッサだって聞きたいでしょ?だって、普段は『パンツどんなの穿いてるの?』なんて聞けないし、訊いたら訊いたで大問題だもん」

「……痴女」

「ほら、勿体ぶらないで教えな!」

肘で突き、マリナの身体がぐらりと揺れる。


「股上が深めの、ピッチピチのブリーフだったそうよ。お腹のところに、『セドリック・グランディ』って書いてあったって」


   ◆◆◆


口が堅いリリーではあったが、彼女以外にも金のブリーフを目撃した者は複数いた。それからというもの、ハーリオン家の使用人の間では、セドリックを『ブリーフ王子』『金パンツ』と呼ぶのが流行したそうである。

ハーリオン侯爵から忘れ物のパンツを受け取ったセドリックは、予告なく侯爵家を訪ねたことと風呂で倒れて迷惑をかけたことが明るみになり、王と王妃からそれぞれ一時間余り説教され、二度とパンツは忘れまいと心に誓ったのだった。


夜の更新から本編に戻ります。

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