362 悪役令嬢の作戦会議 16
夜のハーリオン家の一室。
夕食と入浴を終え、あとは寝るだけになった四姉妹は、ネグリジェとパジャマに着替えてアリッサのベッドに集まった。マリナとジュリアに遊んでもらって興奮気味のクリスは、昼寝をしなかったために夕食後すぐに眠くなり、乳母に連れられて自室に行った。
「調査報告会ってことでいいよね?」
ジュリアが三人の前にメモを広げた。
「……何、これ」
「船の時刻表かしら?……ビルクール海運のものね。ほら、マリナⅡ号とあるもの」
「お父様の部屋にあったんだ。へそくりは見つからなかったけどね」
「ジュリアちゃん……」
「日本じゃあるまいし、お父様は自分で好きなものが好きなだけ買える財力があるのよ」
「はいはい。……でさ、これも何かの役に立つと思うんだよね」
ドサッ。
机の上から持ってきたのは、分厚い綴りだった。開くとぎっしり文字が書きこまれている。
「なあに?お父様のメモ?」
「ううん。違う。ジョンから借りたの。ジョンの備忘録ってとこかな。毎朝、お父様から様々な指示を受けるでしょ、ジョンも歳だから時々忘れそうになるんだって。で、こうやって紙に書いてるの。この中にビルクール海運本社への指示も含まれてるのよ」
「つまり、ビルクール海運が不正を行っているとして、お父様の指示かそうでないか、これで分かるってことなのね?」
「正解!さぁっすが、マリナ。お父様が悪いことをしたって捕まってるのは、アスタシフォンとの貿易絡みだからさ、お父様が悪いのか、ビルクール海運が悪いのか、それとも他に悪い奴がいるのか、この三つのどれかだと思うんだよね。だから、ジョンの備忘録とビルクール海運本社の動きを照らし合わせれば……」
「……お父様の指示以外の活動に問題がある」
「そうそう。ね?私の捜索テクニックもなかなかのもんでしょ?」
三人をぐるりと見て、ジュリアはにっと歯を出して笑った。
◆◆◆
「次は私の番よね」
マリナは机の上から小瓶を持ってくる。義兄の部屋で見つけたユーデピオレの種だ。
「……花の種?」
「図鑑のここに描かれている、ユーデピオレの種よ。でもね、いくつか不審な点があるのよ。まず、手に入りにくいこの種が、どうしてお兄様の部屋にあったのか」
「解毒剤かー。お兄様、誰かに毒を盛られる予定だったのかな」
「ありえないよぉ。……あのね、皆に言ってなかったと思うんだけど」
アリッサはおずおずと話し出した。
「この間、一度お邸に戻った時にね、お父様とお兄様が書斎でお話しててね。入ったらだめかなって思って、ちょっとドアの前で立ち聞きしちゃったの。赤ピオリの種は毒があるって言ってたわ」
「ピオリ?これとは違うじゃん」
「でもね、お兄様はユーデピオレの種を見に、王宮に行ったって……馬車をマリナちゃんに見られたって」
「そう言えば、どうしてうちの馬車がと思った記憶があるわ。お兄様は王宮に保管されているユーデピオレの種と、これが同じかどうか確認しに行ったのね」
「……偽物?」
「ええ、きっとそうよ。お兄様は偽物だと気づいていたんだわ。希少な種が簡単に手に入るはずがないもの。それと赤ピオリがどうして関係があるのか分からないけれど」
「あっ、あとね、赤ピオリはうちのお庭にもあるの。ペックに訊けば分かるわ」
「赤い花?あったかなあ?」
花に興味がないジュリアが首を捻る。
「ピオリはあるわ。お兄様がうちに来たばかりのころに、ピオリの伝説を聞いたの。悲恋に絶望した若者が花の傍で自殺してから赤い花をつけるようになったって」
「うわー、エグい話!マリナが自分を好きにならなかったら、死んでやるって脅し?」
「怖いよぉ」
「違うわよ。単なる雑談……だと思うわ」
「……今の間が怪しい」
「コホン。……図鑑によると、ピオリの種もユーデピオレと同じように粒が小さいのよ。ペックにこの種を見てもらいましょう。彼なら違いが分かるわ」
「お兄様の恋文とか日記とか、面白い発見はなかったのかぁ。つまんないな」
「ジュリア!……お兄様はあまり物を集めない主義なのね。殆ど私物はなかったわ」
「マリナの小物とかも?」
「そんな盗人みたいな真似、するわけがないでしょう?」
「ちぇ。絶対爆笑報告が聞けると思ったのにな」
「……同感」
「エミリーまで、何を言うのよ」
義兄の部屋の棚にあった小箱には、マリナが贈った誕生日の贈り物が大切にしまわれていたのだが、マリナは三人には教えないことにした。
◆◆◆
「アリッサとエミリーはどうだったのさ?」
「領地の報告書は読んできたよ」
「……それから、同行者も見つけた」
「同行者?」
マリナとジュリアが思わずハモった。
「私達四人で行くより、手分けして探そうって話になったの」
「王太子とレイモンドとアレックスも、私達と同じように調査する気だった」
「だからね、レイ様が七人を三か所に分けて、最後にビルクールで集まろうって」
レイモンドが書いたメモを二人に見せ、アリッサはこれからの予定を二人に説明した。
「急な話なんだけど……明日の朝に、四人で侍女の格好をして、商店街のこのお店に行くの。ここは王太子様の御贔屓のお店で、二階で着替えさせてもらえるって。それから時間をずらして、マリナちゃんとジュリアちゃんは市場に行くの。レイ様とアレックス君が魔法陣で待ってるから、マリナちゃんはアレックス君とフロードリンへ、ジュリアちゃんはレイ様とコレルダードに行ってね」
「ちょ、ちょい待ち。私が、レイモンドと一緒に?」
「うん。『戦力を分けた』ってレイ様は仰ったわ」
「ジュリアとアレックスを一緒に行かせると不安だからよ」
「なんっ……か、馬鹿にされてるような気がする。ん?アリッサとエミリーはどうするの?」
「私達は、王太子様と一緒にエスティアに行くの。王太子様にとっては大きな街より安全だし、何かあったときに一番頼りになるエミリーちゃんと一緒がいいと思うわ」
「……それに、転移魔法でないと行くだけで日数がかかる」
「レイ様はね、私達を苦境から救おうと頑張っているの。勿論、王太子様もアレックス君も、大好きなマリナちゃんとジュリアちゃんのために、できることをしたいって。シナリオ通りに破滅するなんて嫌だもの。頑張ろうよ、皆」
紫の瞳を潤ませて、アリッサは三人の手を順番に握った。
「そうだね!最後まで悪あがきしてやろうよ」
「……久しぶりに、やる?」
エミリーがにやりと微笑む。
「あら、エミリーが声をかけてくれるの?」
「マリナがやってよ。特別に譲ってあげるからさ!」
ジュリアに押し切られる形で、マリナは皆の手を重ねて円陣を組んだ。
「いい?私が言ったら、皆は『オー』って言うのよ?」
「分かってるって、いちいち確認しなくても」
「……おー」
「エミリーちゃん、フライングだよぉ」
何度かフライングが続き、最後は笑いが止まらず、四人はベッドに転がったのだった。




