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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 12
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361 公爵令息は猛烈な既視感を覚える

【レイモンド視点】


ハーリオン領を調べた騎士団の報告を信じられず、俺はセドリックとアレックスを巻き込んで独自に調査をすることにした。オードファン家の別邸にセドリックを残し、アレックスと二人、馬車で王立図書館へ向かう。正直に言って、図書館で調べ物をするに当たって、こいつがどれほど役に立つか……まあ、できそうなことを一つ預けておけばいいか。

「レイモンドさん、俺、図書館に来たの、初めてなんですよ」

――嘘だろう?

俺は一瞬耳を疑った。貴族子弟なら一度ならず何度でも図書館には通うものだ。王立学院の入学試験で、成績上位者は一組に……と、アレックスは剣技科だからか。入学試験の勉強などしなかったのだろう。

「何を調べればいいか、その本がある場所まで連れて行ってやる。本を借りないから登録はしなくていいな」

辺りを見回して、高い天井まで続く書棚に驚き、口を開けているアレックスを引きずるようにして貸出窓口を通過し、俺は旅行記と地理の本がある棚の前へ案内した。


「ここだ」

「えーと……あ、旅行の本ですね」

「ビルクール、フロードリン、コレルダード、エスティア……この四つの街へ行く方法を探してくれ。馬車以外の方法で、だ」

「分かりました。……とりあえず、グランディアの国内旅行の本を見ればいいのかな」

「任せる。俺は向こうへ行って領地別の報告書を見てくる。一時間後に中央の閲覧テーブルで待ち合わせだ。いいな?」

「はい。頑張ります!」

館内に響く声で意気込みを語ろうとし始め、俺は慌ててアレックスの口を塞いだ。

「……館内では騒ぐな。分かったな?」


   ◆◆◆


報告書の棚の前まで来ると、俺は猛烈な既視感を覚えた。

「……何だ、あれは」

黒いワンピースに白いエプロン、どこかで見たような侍女の服を着た少女が、棚の前でぴょんぴょん飛び跳ねている。赤毛のおさげ髪が揺れる。少し助走をつけて飛び、本の背表紙を掴んでは引き出す。僅かに動いた本を見て顔を綻ばせ、胸の前で祈るように手を組んで喜んでいる。……どう見ても、彼女に違いない。


そっと近づいて声をかけようとすると、助走をするために下がってきた彼女とぶつかった。

「あ、ごめんなさい……っ!」

謝る声も、おろおろする瞳も、間違いなく……。


「こんなところで、そんな格好で……何をしている?アリッサ」

「……あ、ああああ、アリッサなんかじゃありません。わ、わわ、私はアリス」

「そうか。では、アリス。君はどうして、そんなにアリッサ・ハーリオンに似ているのかな」

「し、知りません……」

じりじりと書棚へ後退していくアリッサを追い詰め、彼女の背中が棚にぶつかる。

「ほう……知らない、か」

「……知らない、んです」

「俺にはどうも、アリッサが変装しているようにしか見えないんだが」

「見間違いです」

「その侍女の服は、ハーリオン家のものだな。……白い襟に紋章が刺繍してある」

「!!!」

服を掴んで襟を確認した自称アリスは、あわあわと口を開けたり閉じたりして、涙目になり絶句した。


「図書館で何を調べている?……ここは領地の報告書の棚だ。君の狙いは何だ?」

肘まで書棚につけて、至近距離から眺める。アリッサは怯えているが、瞳を輝かせて顔を真っ赤にして、まるでキスをする前のような表情をしている。

「言えません」

「言わないのなら、身体に訊くしかないな」

「かっ……身体!?」

アリッサの声が裏返った。どうやって訊いてやろうかと俺が思案し始めた時、

「……何やってんの?」

不機嫌そうなエミリー・ハーリオンの声が耳に入った。


   ◆◆◆


人がめったに来ない、古い専門書のある一角で、俺は三人とテーブルを囲んだ。

「……誰も来ない?」

「俺は何年もここに通っているんだ。人が来ない場所も知っている」

「私も、ここで読んでる人、見たことないわ」

「……そう」

エミリーが用心するのも当然だった。話を聞くと、ハーリオン邸を出る時、近くの通りに何人も騎士風の男達がいたのを見たと言う。買い物のふりをして遠回りして商店街の大きな店に入り、裏口から抜けて来たらしい。

「使用人まで尾行されているとは、騎士団の徹底ぶりも恐ろしい。完全にハーリオン家を疑ってかかっているようだ」

「父上がそんな指示を……俺、信じらんないな」

頭を抱えたアレックスが机に伏せた。ゴン、と鈍い音がする。

「アレックス君のお父様が指示しなくても、国王様が命令なされば……」

「恐らくそうだろう。陛下か、または俺の父か」

「……だから、私達は馬車では出られない。今日みたいに侍女の格好で邸を出て、どこかで着替えるつもり」

「着替える?」

「エミリーちゃんが着替えを用意したの。マリナちゃんが侍女、ジュリアちゃんが少年剣士、エミリーちゃんが修道女で、私が田舎から出てきたお嬢様なの」


しばらく二人の話を聞き、俺の予定していた調査についても話した。

「……目的は同じね」

「手分けして調査できれば、一か所に十分な時間が取れる。どうだ、行き先を分担しないか」

持ってきたノートに俺は簡単な地図を描いた。グランディア王国の地図は完全に頭に入っている。

「王都が、……ここだ。ビルクールは南西、海に面している。フロードリンは王都から東、馬車だと一日半かかる。コレルダードは王都からは北西、西側は山岳地帯で国境に面している。ここからエスティアは近いように見えるが、実際は間に険しい山岳地帯があって越えられない」

「エスティアに行くには、東側を回っていくの。王都から丸二日かかるわ。途中に崖の道があるの」

「そのようだな。王都の市場には、王国中から物が集まる。港で陸揚げした荷物をすぐに運ぶために、ビルクールとの行き来に使う常設の魔法陣がある。穀倉地帯のコレルダードと紡績業の中心地であるフロードリンもそうだ。問題はエスティアだけだ」

「うーん。魔法でぱっと行けないもんですかね?」

「……行けなくはないけど、遠いからかなり疲れる。一度に大勢を連れて行くのは、無理」

エミリーが呟くと、一同はしばらく考え込んだ。


「ビルクールは調査に時間を要すると思う。ここを最後にして、全員で調べることにしたい。それ以外の三か所を手分けして調査できればいい。……エミリー、エスティアに一度に三人飛べるか?魔力の回復にはどれくらいかかる?」

「自分も入れて三人なら……半日寝れば、多分」

「よし。エスティアにエミリーが行くとして……」

戦力を均等に割り振る。木刀であってもアレックスとジュリアがそれなりに戦力になるのは間違いない。魔法で戦えるエミリーとは別行動させる。セドリックとマリナは『命の時計』の魔法がかけられているため、一緒に行動できない。

「フロードリンは毛織物の産地だから、マリナの知識が役に立つかもしれない。用心棒にアレックス。コレルダードはジュリアと俺だ。エスティアはセドリックとアリッサ、エミリーの三人でどうだ?」

「エスティアが一番安全だってことですか?殿下を守るのがエミリー一人じゃ……」

「……アレックスより強いと思うわ」

「うん。私もそう思うなあ……」

「セドリックは変装させる。田舎町に王太子が来ているなんて、誰も思わないだろうさ」


細かく打ち合わせて、俺はアリッサにメモを渡した。

「皆、君達を助けたいんだ。……セドリックもアレックスも……俺もだ」

「レイ様……」

「だから、諦めないで、できることをしよう」

「……はい!」

リオネルが話していた悲惨な未来など消し去ってみせる。

花のように微笑むアリッサの額に口づけを落とし、俺は決心を固めた。


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