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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 12
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360 悪役令嬢は父のへそくりを探す

ハーリオン侯爵の書斎は、美しい猫のような脚の机と、後ろの書棚の置物がインテリアの見本のような部屋だ。書棚にある本は、父の趣味である美術品や骨董品について書かれたもので、ジュリアが探そうとしている『無実の証拠』などはなさそうである。

「どこに何があるのかなあ。全っ然見当がつかないよ」

まずは机の引き出しを開けて、中の物を全部出して見る。書きかけのメモもある。

「ええと……アスタシフォンへの貿易船の日程表みたい。ビルクール海運の船の運航は……」


父のメモによると、ビルクール海運が所有する大型船四隻――マリナⅡ号、ジュリア号、アリッサ号、エミリー号――は、毎週同じ曜日の同じ時刻にビルクールから出港する。月曜日に出たマリナⅡ号は火曜日にアスタシフォンのロディスに到着する。水曜日はロディス港に停泊し、木曜日に出航して金曜日にビルクールに帰る。船は週末ビルクールにある。観光船の役割もあるアリッサ号は、木曜日に出航して金曜日にロディスに着き、土曜日は停泊し、日曜日の午後に出航して月曜日に帰る。ジュリア号は高速船であり、月曜日から金曜日の午前中にビルクールを出発して、午後の早い時間にロディスに着き、滞在時間一時間足らずでロディスを出て、その日のうちにビルクールに帰る。エミリー号は火曜日に出て水曜日にロディスに着き、木曜日は停泊して金曜日に出航、土曜日にビルクールに帰る。どの定期便でも、日曜日はどちらかの港に船が停泊しており、乗組員は休養を取ることができる。家族サービス第一のハーリオン侯爵は、必ず船員を休ませるようにと、ビルクール海運本社に当てて指示を出そうとしていたようだ。


「……よく分かんないけど、アスタシフォンに関係ありそうだから、持ってくかな」

ジュリアはメモを机の上に置いた。書棚に目を向けると、背表紙が傷んでいる本が気になった。

「何だろう……へそくりの隠し場所かな」

誰も見ていないことを確かめて、ジュリアは本に手を伸ばした。


   ◆◆◆


「……はあ」

ハロルドの私室に入ったマリナは、ベッドに座って途方に暮れていた。

「お兄様って、意外に物を持たない主義なのね」

机の中にあったのはペンなどの文具が少しだけで、まっさらな便箋と封筒がそのまま残っている。書きかけの手紙はない。ジュリア達が期待したような熱烈な日記もない。机の捜索を諦め、マリナは書棚の本を片っ端から開いてみた。

「……何もないわね。……あら?」

小さめの本を取り出して戻すと、棚の奥に何か、引っかかるものがある。本が奥まで入らないのだ。椅子を近くに寄せて、靴を脱いで上がって棚の奥を覗く。

「何かしら……瓶、よね?」

黒い小瓶が隠れていた。蓋のコルク栓には封印がなく、一度開封された形跡がある。

「……ユーデピオレ?」

瓶を傾けると細かい粒が掌に落ちる。

「種だわ。どうして本棚に?」

マリナは種を瓶に入れ、零れないように蓋をしてから、書棚に視線を戻した。農作物の品種改良が趣味で、普通科三年時に行う個人の研究でも植物を扱っている義兄の部屋なら、植物図鑑の一冊や二冊はあるはずだ。


図鑑を開いて、ユーデピオレの項を読む。解毒作用があるが、とても貴重なため一般には出回っていないとある。ハーリオン家の財力なら希少な種も購入できなくはないだろう。

「……どうして、お兄様が解毒剤を?」

引っかかるのはそこだった。毒殺される心配があるセドリックならまだしも、一侯爵家の、分家筋から迎えた養子である。ハロルドに解毒剤が必要な理由が分からない。図書館からアリッサとエミリーが帰ってきたら相談しようと、マリナは小瓶と図鑑を持って部屋を後にした。


   ◆◆◆


「すげえな、こっちの本は何て書いてあるんだ?」

「……『アスタシフォンの伝統集落を巡る旅』」

「こっちは?」

「『少数民族探訪』……いい加減にして」

エミリーは目をきらきらさせているアレックスの手を払った。二人が知り合いだと気づいた女子軍団は、一昔前のマンガのようにハンカチを噛みながら退却して行った。アレックスが狙われる心配はなく、エミリーはアレックスから離れたかった。

「私、調べ物があるから」

「そうか。忙しいんだな。……ところで、エスティアに行くにはどうやって行ったらいいんだ?」

「……エスティア?」

――うちの領地に何の用?

グランディア王国北部の山間地にあるエスティアは、かなり前のハーリオン家当主の妻が実父から受け継いだ土地であり、貿易拠点のビルクールや工業都市のフロードリン、豊かな穀倉地帯のコレルダードに比べて、栄えているとは言い難い土地だった。これといった観光資源もなく、何かしら用がなければ行かない場所と言ってよかった。

「何で?」

「レイモンドさんに調べろって言われてさ。ビルクールやフロードリンは市場と転移魔法陣で繋がってるんだけど、エスティアは山奥だろ?行く方法がなくてさ」

「……だから、何で?うちの領地に行くの?」

「あれ、……言っていいのかな……エミリーだからいいかな」

「はっきりして」

苛立ちと共に、掌に赤い魔法球を浮かべる。

「侯爵の無実を証明するんだよ。俺達」

「……役に立てるといいわね」

「ひでえ、俺が役立たずだって言うのか?」

「本も読めなかったでしょ」

「それ、レイモンドさんには言わないでくれよ?」


エミリーはアレックスをその場に残し、領地からの報告書があるコーナーにアリッサを探しに行った。

――ビルクール、フロードリンは市場から行ける。多分、穀倉地帯のコレルダードも、市場に売りに来るから繋がっているはず……。

情報は十分に手に入れた。エスティアは馬車でも何日もかかるところだ。途中に急な崖伝いの道を進む難所があり、ハロルドの両親もそこから馬車で転落して亡くなったと聞いた。アレックス達は移動手段がないが、自分には転移魔法がある。多少距離は遠いが、どうにかなるだろう。


「……何やってんの?」

書棚の前で、エミリーは目を細めた。

侍女に扮したアリッサが、レイモンドに壁ドンならぬ棚ドンをされている。エミリーに気づくと涙目でこちらを見る。

「エミリーちゃ……」

「何だ、二人で来たのか」

「来ちゃ悪い?」

「いや。……アリッサはなかなか本当のことを言わない。もう少しで身体に訊くところだった」

「……拷問?」

「まさか」

レイモンドは爽やかな微笑を湛えた。アリッサの瞳が期待に満ちているように見えたのは気のせいだろうか。

「君が答えてくれるか。……ハーリオン侯爵領と周辺地域を調べているのは何故だ。目的が俺達と同じなら、協力しようじゃないか」

――レイモンドと、協力?……コイツ、苦手なのよね。

顔を引き攣らせたエミリーがアリッサを見ると、ロックのライヴのように首を縦に振っていた。

「まずは、話を聞かせて。……協力するかどうかは、それからよ」

おばさんパーマの髪を掻き、瓶底眼鏡を光らせて、エミリーは不敵に笑った。


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