353 符合
【レナード視点】
雪を払いながら、三人で寮へ戻る帰り道。
「レナードは実家に帰らないのか?」
とアレックスが唐突に訊いてきた。何でもいきなりなのはこの男の悪い癖だ。
「どうしようか、考えてる」
「悩むとこ?それ」
ジュリアが驚いて俺を見上げる。彼女には帰らないという選択肢はないらしい。
「帰っても兄達にしごかれ、残っても先輩達にしごかれ……どっちみち、やることは同じなんだよね」
「……同情するぜ」
「アレックスは一人っ子でよかったね」
「俺は弟ができても、しごいたりしないぞ!絶対に!」
俺の長兄も、小さい頃は散々俺を甘やかしていたなと思い出す。兄の練習は俺を強くしようとしてのものだろう。
◆◆◆
ジュリアにキスをしようとして雪にまみれた。俺は何故か当然だと思った。起こるべくして起こった、そんな気がしたのだ。手を伸ばしても手に入らない彼女に、俺は触れる資格がないと言われたようで、アレックスに雪玉を投げつけながらも心の靄は晴れなかった。
――こんな気持ちは、もうたくさんだ。
部屋に帰ると、学院寮の使用人が俺宛の手紙を持ってきた。帰ってこいと書かれているのは分かっている。封を開ければ案の定、『あるお方』から連絡があったという。某侯爵令嬢と俺の婚約に向けて、俺の方でも準備をしなければならないというのだ。
俺と同じ歳の侯爵令嬢は、ハーリオン家にしかいない。父は純粋に、俺は幸運だと喜んでいるが、名を明かさない仲介者といい、相手の名前をはっきりと明言しないことといい、何か裏があるのは確実だ。
――謎の仲介者の口車に乗せられ、卑怯な手を使ってでも、俺はジュリアを手に入れる。
決心を固めた時、部屋のドアがノックされた。
◆◆◆
「こんな話、お前に聞いてもらうのはどうかと思ったんだけどさ」
アレックスはたどたどしく話し出した。
「何の相談?」
「ああ。うん。……俺の婚約のことなんだ」
ジュリアとの仲を惚気に来たのか。さっさと追い返してやろうかと立ち上がる。アレックスは慌てて俺の腕を引いた。
「ジュリアのことじゃないんだ」
「お前の婚約者はジュリアちゃんだろう?」
「そう。俺はジュリアと婚約しているつもりだ」
つもり?
何のことだ?
「なのに、父上が陛下から話をもちかけられて……」
「陛下がすすめる縁談か……断りにくいな」
侯爵令息なら、他国の王族や高位貴族との縁談があってもおかしくはない。将来騎士団長になる見込みがあるアレックスは、レイモンド・オードファンの次くらいに優良物件なのだろう。
「父上は断れないって言ってたんだ。……相手が、王女様だから」
「……王女?アスタシフォンかどこかの?」
「違う。グランディア王国王女、ブリジット様だよ。セドリック殿下の妹の」
「殿下の妹って、まだ五歳くらいだよな?」
「四歳だよ。まあ、四歳も五歳も変わらないけど……とにかく、王女様を妻に迎えるためには、婚約を解消しろと迫られていてさ」
こいつ、正真正銘の馬鹿なのか?
自分の窮状を俺に話してどうする?ジュリアは婚約解消されるから、どうぞ好きに奪ってくださいと言っているようなものだろうが。
「で?どうするんだ、アレックス」
「騎士団が各地でハーリオン侯爵の不正の証拠を探しているんだ。何も出てこないってジュリアは言っているけど、万一、何かあったら……ハーリオン侯爵は貴族の位を奪われ、ジュリア達は邸を出なければならないだろう」
「平民になるってことか……」
「財産も国に没収されるから、どうなるか本当に分からない」
「お前との結婚は、国王陛下にもヴィルソード家にも許されないだろうな」
「……だから、考えたんだ。ジュリアにも話はしてある」
アレックスは一瞬押し黙った。目を瞑って、ゆっくりと息を吐いた。
「今度の試験で、剣士になれたら」
「なれたら?」
「絶対に剣士になるつもりだけど、剣士になったら……」
膝の上で拳を握る。
「俺は、ジュリアと王都を出る!」
金の瞳は強い意志を持って輝いていた。俺は何も言えなくなり、アレックスの肩を撫でた。
◆◆◆
これで、からくりが解けた。
仲介者が父に打診をした頃から、国王陛下は王女の結婚相手にアレックスをと考えていたに違いない。父の話では、仲介者は高位貴族らしい。王から直々に相談を受けて、アレックスの婚約者をどうにかしようとしたのだ。結局、仲介者がジュリアと俺の婚約をまとめるより早く、ヴィルソード侯爵は王女と息子の縁談を持ちかけられ、ジュリアと婚約したままのアレックスはあれこれ悩む羽目になったのだろう。
それにしても、ジュリアと王都を出るとは……つまり、駆け落ちするつもりか?
剣士になれば帯剣が許され、辺境に行っても用心棒の仕事くらいにはありつけるだろう。二人ともそれなりに腕は立つ方だ。だからといって、侯爵家の子供二人だけで生活ができるとは思えない。破綻するのは目に見えている。
出て行くにしても、アレックスだけが行けばいい。ジュリアは連れて行かせない。
行かせないためには……試験だ。剣士の昇格試験に合格しないように、俺が二人を倒せばいい。そうと決まれば、練習あるのみだ。
父からの手紙に返事を書かず、俺は身支度を整え始めた。
実家に戻れば、学院の三年生など足元にも及ばない、屈強な騎士達が俺を待っている。手始めに本気で彼らを倒し、練習させてもらうとしようか。
体調不良のため、明日の更新は休みます。




