【連載7か月記念】閑話 レメイデの日 4(終)
ハーリオン侯爵は、マリナの青い包みと、アリッサの緑の包みを持って王宮へ出発した。クリスが汚した包装紙とリボンは取り換えた。添えた手紙はそのままだ。
窓から馬車が出て行く様子を見て、マリナとアリッサは目を見合わせて頷いた。
「よかったわ、これで今年はチョコを渡せたわ」
「マリナちゃん、去年はあげなかったもんねえ。王太子様、期待してると思うよ」
「我ながら上手にできたと思うわ。アリッサのには敵わないけれどね」
「ふふ。王太子様もレイ様も喜んでくれるといいね」
◆◆◆
居間にある赤い袋を取り、ジュリアは一路ヴィルソード家へと馬車を走らせた。
「おはよう、アレックス!」
朝練を始めようとしていたアレックスに声をかけると、筋肉質な背中がビクッと震えた。
「ジュリア?……早いな、えと、何か用か?」
「用はないけど……これ」
ぐっと赤い袋を突き出した。
――うわあ、やば。照れる!
「レメイデの日だから!あげる!じゃあね!」
厚い胸に押し付けるようにし、ジュリアは走って逃げだした。車寄せにあったハーリオン家の馬車に飛び込み、「出して!」と御者に言う。
窓の外にアレックスが追って来ないのを確認し、真っ赤になった頬を両手で覆った。
◆◆◆
「ああ……これが……」
ハーリオン侯爵からチョコを受け取ったセドリックは、頬を染めてハアハアと短く息をしている。まるで変態だが、隣に座っているレイモンドもほぼ同様の状態だ。お互いに相手を窘める気はなかった。
「アリッサのチョコレートは、いつも手作りなんだ。……今年は手紙が添えてあるな」
どれ、とレイモンドは封を開けて、文面に目を走らせた。
「ほう……」
「何?何て書いてあったの?」
「『私の気持ちです。受け取ってください』とあるな」
「なあんだ、つまらないな……。マリナのチョコにも手紙がついているね。ええと……」
中身を見て固まったセドリックに、レイモンドは生温かい視線を向けた。
「どうした。痺れるくらい強烈な愛の言葉でも書いてあったのか?」
「いや、何だろう……『義理チョコです』ってあるんだけど……」
二人は義理チョコの意味が分からず、しばらく首を捻っていた。
「箱を開けてチョコを見ようよ。僕のチョコの方がぜぇったいに大きいからね!」
意味もなく腰に手を当てて胸を張る。
「フッ……お前にだけは負けない」
ガバッ!
二人は同時に箱を開けた。
――?
「これ、何だろう……?」
「箱一杯に広がっているな。文字のようだが……」
「読めない……」
はっ、とセドリックは顔を引き締めた。
「マリナはその……僕を想うと心が乱れるってことかな?」
「都合のいい解釈だな」
「レイのは割れてるよ?割れているのがアリッサの気持ち?」
「分からん……アリッサは詩人だからな。俺には理解が及ばない」
お互いにぐちゃぐちゃのチョコを見ながら、内心「勝った!」と思い、二人はにんまりと笑った。
◆◆◆
「おっはようございまーす!」
兵士に案内され、やけにうきうきしたアレックスが、軽い足取りでセドリックの部屋にやってきた。ミュージカルならターンを決めて歌い出しそうな勢いだ。
「おはようアレックス。ご機嫌だね」
「大方、ジュリアにチョコレートをもらったんだろう」
「はい!鋭いですね、二人とも!」
「言わなくても顔に書いてあるよ」
「えっ!?さっき馬車で寝た時かな……誰だろ、悪戯したのは……」
アレックスはごしごしと自分の頬を擦っている。本当に顔に書いてあると思っているのだ。レイモンドは口の端を上げて笑った。
「セドリックとチョコの大きさについて語り合っていたんだが……」
「殿下のはきっと大きいチョコだったんでしょうね、こーんな奴ですか?」
アレックスは腕を広げて円を描いた。苦笑したセドリックは
「そこまでではないけれど……思いが伝わる素敵なチョコレートだったよ?」
と負け惜しみを言う。
「わあ。いいですねえ。ジュリアはチョコを俺に押し付けて、さっさと帰ってしまったんで……カードもついてなかったし」
「残念だったな。初回だから大目に見てやれ」
レイモンドは緑の目を細めた。セドリックもアレックスの様子を見て、
――こいつには勝ったな。
としたり顔だ。何も知らないアレックスは、熱心に初めての贈り物を説明している。
「こんくらい……紙袋に入ってたんです。袋の中がツルツルで、チョコがくっつかないようになってて」
「ほう」
「開けて見てびっくりしましたよ。全然歯が立たないんですから」
「硬かったの?」
「ガッチガチですよ。こんくらいの、一つ……」
アレックスが手で示したチョコの大きさが、自分がもらったものより明らかに大きいのを見て、セドリックとレイモンドは目を見開いた。
「そんなに大きいの!?」
「紙袋と同じ大きさか?」
「……?はあ、それくらいですね。……あれ、殿下、どうしたんですか?」
椅子の背に凭れてぼんやりと中空を眺めているセドリックと、何やら独り言を言って盛んに頭を振っているレイモンドは、明らかに様子がおかしい。
「俺、何かまずいこと言ったのかな……」
アレックスは二人の間を行ったり来たりして途方に暮れた。
◆◆◆
「お父様……帰ってきた」
魔法球を弄び、窓の外を眺めていたエミリーが呟いた。
「マリナちゃん、行こう!」
アリッサに腕を引っ張られ、マリナは居間へと急いだ。
廊下に出ると、階段の下からリリーが叫ぶ声がした。
「な、何ですか、これは!?」
慌てて駆け下りて行き、困惑している侍女の傍らに立つ。
「リリー、どうしたの?」
「つい今しがた、王宮からマリナ様宛に贈り物が届いたのです。重さがかなりありまして、不審に思ったロイドが開封いたしましたところ……中身はこのような」
青ざめたリリーの隣で、ロイドは眉を下げて困った顔をしている。
「何かしら」
マリナとアリッサは箱の傍へ行き、大量に入っている銀のペンダントに目を丸くした。
「皆同じのだね」
「同じのを大量に送りつけて来るなんて、どういう意味かしら?私に友人が少ないことへのあてつけ?」
「怒らないで、マリナちゃん。……ええと、何か書いてあるよ」
アリッサは一つを手に取り、ペンダントに彫られた文字を目で追った。
「……『安産祈願』?」
「何ですって?」
ジャラ。マリナは一掴み掴んでペンダントの表面を次々に見る。
「安産祈願、子宝祈願、安産祈願……安産と子宝しかないわ!何なの、これぇっ!」
邸中に響き渡る声で叫び、掴んだペンダントを箱にぶち込んだ。
「マリナちゃ……」
姉の顔が般若になっていると気づき、アリッサは口をつぐんだ。
「こんなものを未婚の私に贈りつけるなんて、どういう趣味よ!あの変態王子!」
◆◆◆
「はくしょん!」
「風邪か、セドリック?」
王立学院へ戻る馬車の中で、セドリックは何度もくしゃみをしていた。
「……そうかも。昨日、神殿まで外を歩いたからかな」
「レメイデ神殿に行ったんだってな」
「どうしてそれを……」
「アレックスが侍従に話していたんだ。自分達だけ行くのは、俺に悪いとでも思ったんだろう。まあ、俺は行かないが」
「どうしてさ?女神にお祈りするのは大切なことだよ?……後でお礼に行かないとなって思っているんだ」
マリナのチョコレートを抱きしめて、幸せそうに笑うセドリックは、馬車の窓から丘の上の神殿を見上げた。心の中で女神に感謝する。
「そうか。……願いが叶えられるのは少なくとも五年後くらいだろう。愛と豊穣の女神レメイデは、子宝祈願で有名だからな。きっとすぐに世継ぎを……」
「ちょ、ちょっと待ってよ、レイ!」
「どうした?」
「今、何て言ったの?」
「すぐに世継ぎを」
「ううん、その前だよ。レメイデは……」
「レメイデは、子宝祈願で有名なんだ」
カタン。
馬車の床に、チョコレートの青い包みが滑り落ちた。
◆◆◆
それからしばらく。
マリナはセドリックからの手紙に返事を出さず、王宮から侍従がご機嫌伺いに来ても追い返しつづけた。本気で嫌われてしまったと悩んだセドリックが、再び神殿に祈りを捧げることになったのだが、それはまた、別の話である。
次回から通常の話に戻ります。




