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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 11 銀雪祭の夜は更けて
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【連載7か月記念】閑話 レメイデの日 3

「どうか僕に特大のチョコレートを……」

ブツブツと呟き、セドリックは祭壇の前で跪いて祈りを捧げている。かれこれ小一時間、アレックスは彼の祈りを眺めているが、一向に終わる気配がない。側近として王宮に上がるようになって四年になるが、王太子がこんなに信心深いとは知らなかった。

「もう帰りましょうよ、殿下」

「まだだ……祈りが届いたという実感がないよ」

「いくら祈っても結果は同じなんですから。明日殿下に渡すつもりなら、とっくにチョコを用意してますってば」

隣に屈んでセドリックの背中を撫で、アレックスは「ね?」と眉尻を下げた。


   ◆◆◆


長い長いお祈りを終え、セドリックとアレックスは傍らに露店を見つけた。

「お土産か……」

「王都の中の神殿ですよ?わざわざ買わなくても……」

「ここで目を引かれたのは、きっと何か、神の啓示に違いないよ。僕達はさっき、あんなに熱心に祈ったばかりだ。何か、心惹かれる……」

アレックスはやれやれと思いながらセドリックの後ろから露店を覗いた。

「これなんかどうですか?『レメイデ神殿』って書いたキーホルダー」

「却下」

「こっちに三角の旗みたいなのがありますよ?『ようこそ!レメイデ神殿へ』?絵葉書もいろいろあるし。わ、これ、温めると黒いところが消えて……ほら、胸が見えますよ、胸が!」

ボンキュッボンのグラマーなレメイデ女神が、全裸になってしまうポストカードに興奮しているアレックスからカードを奪い、セドリックはちらりと確認して棚に戻した。


「ダメだよ、アレックス。ありきたりすぎてつまらないよ。もっと、こう……マリナの心をぐっと掴むものを!」

「おじさん、売れ筋はどれ?」

店主に尋ねるのが一番とばかりに、アレックスはさらりと問いかけた。

「もちろん、これだよ。霊験あらたかな神殿の聖水に浸したお守りだよ!」

「お守り!?」

セドリックの瞳が爛々と光を帯びた。

「口コミで広がっていましてね。お祈りの後はこのペンダントだって、皆さんよく買って行かれますよ」

「店主、それをありったけくれないか?」

「えっ……」

中年の店主は絶句した。

「殿下、買い占めるんですか?」

「当たり前だ。彼女には幸せでいてほしいから、せめてお守りを……」

銀製のペンダントは、数が多いと思ったより重かった。アレックスは荷物を持たされ、下りの帰り道をひょいひょいと歩くセドリックを恨めしく思いながら、彼の後ろをついて馬車まで行った。


   ◆◆◆


「完っ成!」

袋に小さなチョコレートを入るだけ目いっぱい、無造作にがさがさと入れ、口を留めてリボンを貼り、ジュリアはラッピングを終えた。

「速攻でできたよ」

「よかったわね。綺麗よ」

「うん。ジュリアちゃんが包んだりリボンをかけたりできるのかな?って、ちょっと心配してたの。いいのがあってよかったね」

にっこりと笑ったアリッサの手には、綺麗に包装してリボンをかけた小箱がある。縁を彩ったハート型のチョコレートの上に『レイ様に愛をこめて』と書かれているのだ。マリナが持っている青い包みには、円形のチョコレートが入っている。下手に誤解を招きたくないため書く内容に困り、『いつもありがとう』と父に渡すチョコレートと同じ語句を書いた。


「レイ様と王太子殿下は、今日は王宮にお泊りになるそうなの。だから、明日の朝、お父様に持って行っていただきましょう」

「そうね。それが一番確実ね。お兄様の分は誰かに届けてもらうとして、ジュリアは?」

「ん?」

「アレックスに直接渡すんでしょう?明日なら家にいると思うわよ」

「多分ね。アレックスは年中暇だもん」

その言い方もどうかと思う、とマリナは言いかけてやめた。

「お父様に忘れずに持って行ってもらえるように、居間に置いておきましょう」

「クリスの手が届かないところにね」

「落として割っちゃったら大変」

三人の少女はクスクスと笑い、高さがあるテーブルの上にそれぞれ包みを置いた。


   ◆◆◆


「レメイデ神殿に?」

レイモンドは眉間に皺を寄せ、眼鏡を中指で上げた。

「はい。アレックス様はそう仰られました」

「まさか、男二人で……」

額に手を当てて項垂れたレイモンドに、若い侍従はおろおろして

「護衛はついておりますが」

と言う。護衛の数が問題なのではない。行った場所が問題なのだ。


「君は知っているのか?若い男性は知らない者も多いと聞くが」

「神殿の場所なら、丘の上の……」

「あの神殿が何故、女性に人気があるのか知っているか」

「恋愛成就の神様だからでしょうか。レメイデは愛の女神ですし」

「はあ……セドリックが誰にも会わずに戻ってくれることを祈るよ」

小さく頭を振ったレイモンドは、先に行くと告げて晩餐会の会場へ向かった。


   ◆◆◆


「ふわあ……眠……」

魔法薬の実験をしていたエミリーは、夜中になってやっと作業を終え、誰もいない居間にやってきた。暖炉の火は消したばかりのようだ。まだ室内はほんのり温かい。

「……寒い」

僅かに焦げているだけの薪に火魔法を放ち、ごうごうと燃え上がらせる。室内がどんどん温かくなってきた。エミリーは長椅子に座ると、そのままゆっくりと目を閉じた。


   ◆◆◆


翌朝。

ハーリオン侯爵家の居間は賑やかだった。

「ダメよ、クリス!返して!」

いたずら盛りの弟・クリスが持っているのは、クリーム色の包みだ。淡い緑色のリボンが揺れる。アリッサがレイモンドに渡そうと用意したチョコレートである。弟を追いかけて追いつけず、アリッサは既に涙目になっていた。

「こぉら、待て!クリス!」

「ふっふーん、ジュリア姉様になんか捕まんないよ!」

「何だってぇ?言ったな、この悪戯小僧が!」

背中に掴みかかろうとすると、ジュリアの前に見えない壁が現れて顔面を強打した。

「ったぁ……」

「大丈夫?ジュリアちゃん」

「あいつ、私が魔法を使えないからって……」

「エミリーちゃんに捕まえてもらおうよ」

「無理だよ。今朝までここでうたた寝してて、ジョンが部屋に連れてったばかりじゃない。今頃ぐっすりだって」

「そんなあ……レイ様にあげるチョコレートが……」

ぐすん、としゃくり上げ始めたアリッサをよしよしと慰め、ジュリアは途方に暮れた。


廊下へ走って行ったクリスの声がし、何事かと二人はドアから覗いた。

「泣かないで、痛いのは飛んでいったから、もう痛くないわよ」

「どうしたの?」

「私とぶつかって転んだのよ。……あら?」

マリナは廊下の片隅に転がっている包みを見て表情を変えた。

「アリッサのチョコじゃない」

リボンが曲がって包み紙が少し皺になっている。走り寄ったアリッサは、ぽろぽろと涙を零した。


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