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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 11 銀雪祭の夜は更けて
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343 悪役令嬢と二人きりのダンスフロア

「立てる?マリナ」

「ええ。……もう、大丈夫よ……」

「顔色が悪い。今日は帰ろう」

セドリックから、マリナが職員室の近くにいると聞き、エミリーは転移魔法でかけつけた。廊下に真っ青な顔で蹲っている姉を見た時は、心臓が毟られるような気持ちがした。

「……王太子に会ったの?倒れるくらい、近くで?」

「……そうよ」

「死にたいの?何やってるの?マリナ!」

声を荒げたエミリーに、マリナははっとした。物静かな妹が、こんなに必死になって自分のことを心配してくれている。セドリックに抱きついた時はそれなりに覚悟はしていた。軽はずみな気持ちではなかったけれど、もたらした結果は妹を苦しめている。

「……ごめんなさい」

「男子寮に押しかけた時は知らなかったから仕方がないけど、今日は違う」

「反省しているわ」

「……次はない。いいよね?」

無表情のエミリーの目が冷たく輝く。マリナはやっと支えられて立ち、二人は白い光の中に消えた。


   ◆◆◆


「……講堂は閉まっているな」

「皆帰っちゃったから……」

講堂の入口で、レイモンドは何度かドアを引いた。鈍い金属音がして、鍵がかけられているのだと分かる。

「ダンスはできないな」

「……はい」

「残念だが仕方がない。講堂は、諦めろ」

――え?

講堂は、のところを強調したレイモンドは、弾かれたように顔を上げたアリッサに、フッと笑いかけた。

「俺達は二人とも制服に着替えてしまっている。裾が翻るドレスもない。踊るのは、なにもここでなくてもいいだろう?」


手を引かれるままに中庭までやってくると、レイモンドはコートを着たアリッサの肩に触れた。

――噴水の前だわ!

『とわばら』で確定的なイベントが起こる場所は、薔薇園と噴水だ。中庭デートでは噴水でレイモンドのイベントが起こる。アリッサは期待で胸が高鳴った。

「アリッサ」

「はい」

「君に渡す贈り物は……これなんだが」

レイモンドはコートのポケットから、ポケットに入れるには大きすぎる小箱を取り出した。

先程から彼のポケットが不恰好に膨らんでいたのはこれだったのかと、アリッサは笑顔になった。

「……何がおかしい」

「いいえ。レイ様が大事に持っていてくださったのが嬉しいんです」

「開けてみないのか」

リボンも包み紙も好きな色だ。するすると解いて箱を開ける。包み紙はレイモンドが受けとり、アリッサの手には箱だけが残った。


「わあ……!」

蓋を開けて笑みが深まる。

「綺麗!天使ですね?」

「この間、ビルクールで見つけたんだ。……君に似ていると思って、買わずにはいられなかった」

「銀の髪ですね。……私、こんなに綺麗じゃ……」

「綺麗だ。……君の方が、天使よりずっと」

――レイ様!

レイモンドの殺し文句に、アリッサは内心、ぐはっと血反吐を吐いた。破壊力が強すぎる。瞬殺だ。


あわあわと唇を震わせているアリッサの手から箱を取り、レイモンドは天使の置物を近くのベンチに置いた。

「踊るぞ」

「ええっ?ここで?」

音楽もないのに?とアリッサが言おうとした瞬間、耳に微かな音が聞こえた。木製のベンチの上で、天使がゆっくりと回っている。

「オルゴールだ。聞こえるか?」

アリッサが頷くと、レイモンドは一歩を踏み出した。時々踏み間違えるステップを気にすることなく、彼は堂々とアリッサをリードしている。二人の服装はコートのままなのに、アリッサは舞踏会で踊っている錯覚に陥るほどだ。


次第にオルゴールのゼンマイが戻り、曲がかなり緩やかになってきた。レイモンドはアリッサの手を取ったまま、天使の待つベンチへ誘導した。やがて天使が完全に動きを止めると、隣に座るアリッサを熱く見つめた。

「……レイ様?」

「アリッサ。君に話がある」

彼の眉間に皺が寄っている。よくない話のような気がする。

「何……ですか?」

「セドリックの妃候補から、マリナが外された」

「はい」

「理由は、ハーリオン侯爵が不祥事を起こしたからだ」

「お父様はっ」

言いかけた口を指先で塞がれる。

「聞いてくれ。不祥事については騎士団が調べているが……俺は信じられない。明確な証拠がないのに、アスタシフォンで逮捕されただけで有罪だと決めつけているふしがある」

「そんな……」

「我が父・オードファン公爵は、王家の例に倣い、俺と君との婚約を解消しようと考えている」

「あ……」

――嫌な予感が当たったわ!


「アリッサ?」

「あ、あの、私……」

ベンチから立ち上がり、アリッサは混乱して走り去ろうとした。レイモンドが素早く引き留めた。

「……どこへ行くんだ」

「だって……もう、聞きたくないっ……!」

顔を上げさせられたアリッサはイヤイヤと首を振る。銀髪に降り積もった粉雪がはらはらと落ちた。レイモンドは落ち着かせるように、ゆっくりとアリッサの頬を手のひらで撫でた。

「婚約解消を考えているのは俺じゃない。早とちりするな」

「レイ様は……公爵様は……」

「よく聞け、アリッサ。俺は君と婚約を解消しない」

「ほ、……ほんと?」

「ああ。絶対にハーリオン侯爵の無実の証拠を掴んでやる。……君との未来を守るために」

親指で涙を拭われ、コツンと当たった額に熱が伝わる。瞳を閉じると微かに唇が触れた。


――つけてやるよ。レイモンドが捨てたら、俺が拾うって印を。


「……やっ!」

レイモンドの胸を押して半歩引いたアリッサに、レイモンドは瞠目した。どこを見ているのか、潤んだ瞳が動揺を隠しきれていない。

「ご、ごめんなさ……レイ様は……何も悪くな……」

「気にするな。夜も遅い。寮へ急ごう」

唇を手で覆っているアリッサに向かって手を差し出し、レイモンドは蕩ける笑みを浮かべた。

――ごめんなさい、レイ様。

何度も心の中で謝り、そっと掌を重ねた。

指先に伝わる彼の温もりが、自分の罪悪感をも融かしてくれたらいいのにと、アリッサは漆黒の空から舞う雪を見上げた。


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