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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 11 銀雪祭の夜は更けて
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342 悪役令嬢は想い出を所望する

あれからどれくらいの時間が経ったのか。

考え事をしてもまとまらず、何もする気が起きないで立ち尽くしていたら、すっかり身体が冷えてしまった。校舎の中でも夜の廊下は底冷えがする。照明が少なく薄暗いのも理由だろうか。


マリナはもと来た道を引き返し、講堂に戻ろうとした。

「戻っても、セドリック様は……」

妹達が出て行ったと聞かされてサロンを出た時、講堂にはセドリックの姿はなかった。きっとアレックスと一緒なのだろう。ジュリアが一人でエミリーを探しに来たのなら、彼は彼で別の用があった、つまりセドリックの傍につく必要があったということだろう。

「私だけ……か」

『命の時計』の魔法がかけられているからといっても、マリナにはどこか割り切れない気持ちがあった。皆はセドリックと共にレイモンドの窮地を救ったのだろう。セドリックの傍に寄れない自分だけが、仲間の輪から取り残されたように思えた。


「帰ろう……」

講堂に戻っても、賑やかな令嬢達の相手をすることになる。正直疲れた。

項垂れてふらふらと廊下を進んでいくと、職員室から明かりが漏れていた。パーティーに出ない教師達がまだ残っているのだろう。

「あ……」

明るい部屋から出てきた人影に、マリナは声を漏らさずにはいられなかった。

金色の髪、海の色の瞳。銀糸で刺繍がされた白い衣装に、クラヴァットをアメジストの飾りで留めたセドリックは、廊下の向こうにマリナを見つけた。距離を置こうと、すぐに早足で歩き去ろうとする。

「待って!」

咄嗟に叫んだ声が廊下に響いた。

何故呼び止めたのか、マリナは自分でも分からなかった。ただ、何かが彼女の中でもう限界に達していた。


「来たらいけない!戻るんだ」

振り向かずにセドリックが言う。マリナの足音が近づいても、握りこぶしを作って前に進んだ。

ドン!

背中に衝撃が走り、小さな呻き声が聞こえたかと思うと、ドサリと倒れる音がした。

セドリックはすぐに声の主――マリナに走り寄り、倒れそうな身体を抱き留めた。

「馬鹿なことを……!命が縮まるとあれほど……」

「お願いです、セドリック様……私に、銀雪祭の想い出をください」

――たとえ、二人にとって最後の想い出になっても。

青い瞳が細められ、マリナの大好きな笑顔が目の前にある。『命の時計』の魔法を編み出した魔導士が、愛する人の傍で死にたいと願った気持ちが、今なら分かる。彼の腕の中は温かく、最高に幸せな場所だ。胸が苦しいことも忘れてしまいそうだ。


「マリナ……僕は必ず、君の魔法を解いてみせる。だから、何があっても信じてほしい」

セドリックの顔が近づき、マリナは不安に揺れる瞳を見つめた。

「……何が、あっても?」

「うん。僕の前からいなくならないと約束して」

――いなくなる?それは、多分……。

彼は自分の死の予感に震えているのだ。マリナは体温を移すように、セドリックの胸にしがみついた。

「君がいなくなったら、きっと僕の心は死んでしまうよ。僕は……君以外の誰も、愛したいと思わないから」

見つめ合うと、銀髪を繊細な指が撫で、優しく触れるだけのキスが降ってくる。

「……おやすみ」

セドリックは悲しげに微笑んで、マリナの身体を壁に凭れさせた。

階段へ向かってこちらを振り返らずに歩いていく彼の背中に、マリナは胸を押さえて呟いた。

「……おやすみなさい、セドリック様」

静まり返った廊下に、職員室の話し声だけが聞こえる。黒一色だった窓の外には、いつしか雪がちらつき始めていた。


   ◆◆◆


校内の更衣室でドレスから制服に着替え、校舎の中央棟入口でジュリアはアレックスと合流した。終わったらすぐにドレスを脱ぎたがるジュリアお嬢様のために、リリーとアビーが更衣室に待機していてくれたのだ。ドレスは今晩、学院に置いておき、後でロイドとコーディが取りに来ることになっている。

「早かったな。もっと時間がかかると思ってたのに」

「ドレスは着るのが大変なの。脱ぐのはそうでもないよ?」

「ふーん。……お前もコルセット?とかやるのか。ぎゅうぎゅう締めるやつ」

「一応ね」

「うちの母上は具合が悪くなるから嫌だって言ってたぞ」

「私だってやだよ。でもさあ、あれやらないと、寄せて上げらんないってリリーが言うからさ」

「寄せて……」

ジュリアの胸元に視線を走らせたアレックスは、さっと遠くを見た。じっと見たら殴られそうな予感がしたのだ。

「今日のドレス、割と大人っぽい感じだったし?子供みたいに寸胴じゃちょっとね」

「あ、ああ……」

目が泳いでいるアレックスの手を引き、ジュリアは外へと踏み出した。


「うわあ、降ってきたね」

「銀雪祭は雪が降るって、本当だな」

くるりと振り返り、口を開けて空を見上げているアレックスの口を塞ぐ。

「ん?」

白い手をアレックスのごつごつした指が掴む。目が合って、どちらからともなく笑いあう。

「ねえねえ、銀雪祭を一緒に過ごすのって、初めてじゃない?」

「そうか?……毎年家族で過ごしてたもんな」

「家族でパーティーするのも楽しいけど、いつか、アレックスと二人で過ごせたらいいなって思ってたんだ。今日、それが叶って、嬉しいっ!」

雪の中に走り出し、少し先まで行って空に向かって手を振る。

「ありがとう!」

「誰に向かって言ってんだ?」

「サンタさん」

「だから、誰だよそいつ」

「えーとね、赤い服きて白い髭を生やした、そりに乗ってるおじいさん?」

「御者じゃなく?」

「違うよ。まあいいじゃん。……あ、そだ」

ジュリアはコートのポケットをまさぐる。

「確か、ここに入れた……あった!」


取り出したのは銀製のペンダントだ。チェーンの部分を広げて、アレックスの頭に載せる。

「……後ろ、取んなきゃ入らねえだろ」

「真っ暗で見えないもん」

「仕方ねえな」

照れ隠しに面倒くさそうな顔をして、アレックスはチェーンの後ろの金具を外す。自分でつけるでもなく、そのままジュリアに渡し、

「つけて」

と、少し背を屈めて頬を染める。

――首に手を回してつけろってことかな?

ペンダントのチェーンの両端を持ってアレックスの首を抱くように腕を回した。


「あっ……」

背中を力強い腕が抱き込み、もう一方の手がポニーテールを結った後頭部を押さえた。金の瞳に覗きこまれ、もう視線を逸らせない。

「……」

「……」

「……あ、えと」

「……?」

アレックスは硬直していた。抱きしめるまではよかったが、いきなりキスをしてもいいものか、ジュリアに許可を取るべきか、彼の中で脳内会議が盛んに行われていた。

「ジュリア……あのさ」

「アレックス、キスしていい?」

「はっ?」

答える間もなく、ジュリアはペンダントの金具を留めた手で彼の首を抱きしめ、驚いて半開きになった唇にキスをした。

「あれ?……違った?」

「……違ってない。ああ、くそ!俺って意気地なし!」

頭を抱えて絶叫したアレックスは、寮に着くまでの間、ジュリアに散々弄られたのだった。


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