03-2 悪役令嬢は少年剣士と手合せする(裏)
【アレックスの回想】
父上の友達が、子供を連れてきた。
俺の父は騎士団長で、常にトレーニングをしているような変人だ。その友達なのだから、きっと同じような男に違いないし、連れてくる子供だって似たようなものだろう。
父上の友の来訪を告げられた時、俺は微塵も期待していなかった。
「これが息子のアレックスだ。……アレックス、挨拶しなさい」
父の無骨な手に後頭部を押され、蹴躓きそうになりながら一歩前に出る。優しい父だが、いちいち馬鹿力なのが玉に瑕だ。
「アレキサンダー・ヴィルソードです。はじめまして」
そう言って、ぺこりと頭を下げる。相手がなんとなくエライ人のように思えたからだ。
「はじめまして。……君に似ず、しっかりした子だね、オリバー」
八歳の子供の挨拶だ。この程度が普通だ。褒められたのか?
「私はアーネスト・ハーリオン。君の父上とは子供の頃からの友達だ。それから……」
ハーリオン侯爵は辺りをきょろきょろ見回し、あれ、どこ行ったんだと慌てている。
「ジュリアの奴、どこに行った?」
「廊下の甲冑でも見てるんじゃないか。ここに来るまでに何度も立ち止まってただろ」
侯爵は金茶の髪をかき上げると、廊下に出て声を上げた。
ガラガラ、ガッシャン、大きな音がした。何があったのだろうか。
侯爵の姿が消えて、また戻ってきた時には、俺と同じ歳くらいの子供の襟首を掴まえていた。
「離してよ、お父様!」
「ダメだ。先に挨拶だ。それからお詫びだ」
「……ジュリア・ハーリオンです。壊してごめんなさい」
「廊下の甲冑を倒して、傍にあった彫像を割ってしまった。申し訳ない。弁償する」
侯爵が友に謝罪している傍らで、頭を下げた少年を見つめた。銀糸のような癖のない髪がさらりと揺れ、頭を上げた時に視線がぶつかった。
「あ」
零れそうなほど見開かれたアメジストの瞳が興味深そうに俺を捉え、
ドキッ
なぜだか心臓が一つ大きく跳ねた。
「よろしくね!」
そう言って差し出された手が否応なく俺の手を握り、ぶんぶんと上下に振られる。何の挨拶だ。首を傾げると、少年は慌てて手を放し、頭を掻いた。不思議な奴。
◆◆◆
少年の名はジュリアンと言うらしい。
歳は同じだと父上は言ったが、俺より少し背が大きい。ついでに態度もでかいな。うちの使用人にも同じ歳の子供がいないので、身長を気にしたことはなかったが、こうして比べると少し悔しい気もする。打ち合いで終始押されているのも気に食わない。
練習を小休止して木陰に腰かけ、隣にあいつも座った。木々の葉を透かして落ちる日差しが、ジュリアンの銀髪に当たりきらきらと弾かれている。綺麗だ。
「アレックスはいつも誰と練習してるの?」
「父上」
「アレックスのお父様は強くていいね」
「うん。父上は強い。だけど……」
遠くにスクワットをしている父の姿を見つけて溜息をついた。少しじっとしていられないものか。
「なんていうか、元気な人だね」
「父上は手加減するんだ。そりゃ、本気出されたら勝てないけどさ、でも……」
「分かる。そういうの悔しいよね。うちの下男もそう」
「そうか。……なあ」
「ん?」
「また遊びに来いよ。たまには本気で打ち合わないと、腕がなまるぞ」
「うん。また来る。ってゆうか、またコテンパンにしてやる!」
「なっ!うるせー!それはこっちのセリフだっての」
どちらからともなく立ち上がり、再び木刀を持って構える。
「いくよ!」
ジュリアンの足が地面を蹴り、笑顔に気を取られていた俺は、構えるのが一瞬遅くなった。
◆◆◆
「父上」
「どうした、アレックス」
父上は食事の後、一応書斎に引きこもる。ヴィルソード侯爵の書斎は大して本がなく、何に使うのか重そうな像がゴロゴロ置いてある。夕食を終えて寛いでいた父上に、俺は頼みたいことがあった。
「父上は、ハーリオン家で剣の練習を見るのですか」
つい口調が固くなってしまう。俺は敬語が苦手だ。
「ああ。アーネストの頼みだからね」
「それは僕より、あいつのほうが騎士になる見込みがあるからですか」
「騎士になれるかどうかわからないけれど、見込みがある子ではあるよ」
父上は言葉を濁した。名門貴族のハーリオン侯爵令息であるジュリアンが、望めば騎士になれるだろうに。何をためらうことがあるのか。
「僕は負けない。あいつより強くなって、騎士になってみせる」
「そうか。がんばれよ、アレックス」
「父上」
「ん?」
「僕も連れて行ってください。ハーリオン家に」
「それは、構わないが……」
「ありがとうございます、父上!」
アレックスは白い歯を見せて笑みを浮かべ、父を見上げた。
「次こそあいつを倒す!見てろよ、ジュリアン!」
拳を握りしめて意気込む俺を父上は温かい眼差しで見ていた。応援してくれていると分かる。
「ハーリオン家に行く時は、お前も連れて行こう。約束だ」