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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 10 忍び寄る破滅
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328 悪役令嬢は病んでいる婚約者に気づかない

「ちょっと待ってて!」

男子寮の近くまで来ると、ジュリアは二人を残して寮の正面へ走って行った。入口の辺りで姿勢を正し、ドアを開けて中を覗いている。

「ジュリアちゃん……中に入るつもりかなあ?」

「怒られるわよ。あ、誰か出てきたわ」

遠くから見ていると、ジュリアは茶色い髪の剣技科生徒と話している。

「レナード君みたい」

「呼んできてくれるように頼んだのね」


「おまたせ。もうすぐ来ると思うよ?レナードの話だと、殿下の部屋から変な声は聞こえないって」

「変な声?」

「今朝は大荒れだったってよ?マリナと別れさせられるから」

ズキン。

マリナの胸が痛んだ。

――セドリック様と、別れる?

一気に現実味を帯びてきたバッドエンドに、震える身体を自分で抱きしめる。視線を感じて顔を上げると、王族専用室である最上階の角部屋に人影が見えた。

「マリナ、どこ見て……あっ」

視線の先を辿ったジュリアがセドリックに気づいた。

「殿下がこっち見てるよ!手、振りなよ!手!」

手首をむんずと掴まれ、強制的に手を振らされる。セドリックは軽く手を挙げて躊躇い、頭を振って俯き、部屋のカーテンが閉められた。


   ◆◆◆


「アリッサ、待たせてすまない」

「レイ様!」

たたっ、と小さな足音が響く。アリッサは頬を紅潮させてレイモンドに駆け寄った。

「ああ、こんなに顔を赤くして……寒かっただろう?」

長い指先がそっと頬を撫でる。くすぐったさにアリッサは目を細めた。

「レイ様にお会いできたから、寒くなんてありません」

「フッ……可愛いことを言う。俺に渡したいものがあるそうだな」

「はい。……これ、銀雪祭の」

「ありがとう。ん?見た目より軽いな」

「セーターです。大きさは……ロイドを参考にして作ったので、入ると思うんですが」

「ロイド?ハーリオン家の従僕か。……君が奴の採寸をしたのか?」

一瞬レイモンドの瞳が眇められ、厳しく輝いた。アリッサの胸が高鳴る。

「採寸はリリーがしました」

「ならいい。君が他の男に触れるような真似をしていたらと考えただけで、俺は……」

レイモンドははっとして言葉を切った。

「レイ様?」

「何でもない。君が信頼している従僕を殺すなど、考えてはいけなかったな。セーターは大切にする。君への贈り物は、パーティーの当日に渡すよ。楽しみにしていてくれ」

「はい!」


二人のやりとりをやや離れたところから見守っていたマリナとジュリアは、レイモンドがロイドを殺さなくて本当に良かったと安堵した。

「ヤバかったね……」

「レイモンドの目、本気だったわ……」

「リリーが未亡人になるところだったよ」

「アリッサは気づいていないのね、アレに」

「兄様の次に病んでるよね。兄様はマリナを閉じ込めたいみたいだけど、レイモンドは相手を殺すってか」

「いずれ彼自身が、相手を社会的に抹殺できる権力を持つでしょうし、危険ね。夜会でアリッサをダンスに誘っただけで領地没収なんてことにならなければいいわね」

「気をつけるようにアレックスに言っておくよ」

空気を読まない男・アレックスなら、レイモンドが嫉妬しても構わずにアリッサと踊ろうとしかねない。アレックスの動きについていけるようなアリッサではないから、誘わないかもしれないが。

「アレックス……何か、変だったんだよな……」

ジュリアの呟きは冬の風にかき消された。


   ◆◆◆


「さて。準備はよろしいか、皆の衆!」

「気合入れなくていいから、普通にやってよジュリア」

「うふふ、ふふふ、ふふ……」

「……アリッサ、笑いすぎ。幸せオーラがウザい」

寝る前の今日の報告会を始めた四姉妹は、それぞれに抱えている課題を語り合った。


「では、マリナ殿。参られよ」

「……何なの、それ」

エミリーが白い目で見ている。

「セドリック様の妃候補から外されたって話は、全校生徒が知っているようね。お母様がビルクールに出かけてしまったから、私達には連絡が来ないってだけで。『命の時計』の話が宮廷魔導士から漏れたのか、お父様とお兄様がアスタシフォンで逮捕されたことが影響しているのか……とにかく、理由ははっきりしないわ」

「『命の時計』のことなら、私とキースで調べてる。魔法科の資料室は役に立たなくて、キースの家から本を持ってきてもらうことにしたら、……偽装婚約する羽目になった」


ガタッ。

アリッサが持っていた本を滑り落とし、床に伏せた形で転がった。

「ご、ごめん……。聞き間違いかなあ?偽装婚約って」

「……間違ってない」

「は?ちょ、エミリー。魔王に王都壊滅させる気?婚約なんてあり得ないってば」

「銀雪祭の日だけ、キースのじいさんの前で婚約者のふりをする。図書館なら持ち出し禁止の貴重な本を、家から持ってこさせる代わり。パーティーが終わったら、別れたことにするって」

「どうだかなあ」

「ええ。私もそう思うわ」

にやりと口の端を上げたジュリアに、マリナがすんなり同調した。

「キースはずっとエミリーが好きだったのでしょう?偽装だと言っておいて、後戻りできなくするつもりだと思うわ」

「鵜呑みにするのは危険だと思うなあ。キース君は悪い人じゃないけど、お嫁さんには自分以上の魔導士を選ばないといけないんでしょ?家柄もまあ釣り合うし、エミリーちゃんは条件にぴったりだもの」

姉達の意見を聞いて、エミリーの口が開けっ放しになった。唇の片側がヒクヒクと動き、目がどんよりと曇っている。


「誰が何と言おうと、喧嘩別れしたことにしてやるわ。……言っとくけど、これは『命の時計』の魔法を解くためなんだから」

「ありがとう、エミリー。あなただけが頼りよ」

マリナは優しく微笑んで、妹の白い華奢な手をそっと掌で包んだ。

「こら、マリナ。寝返るな!」

「魔法……解けるのかなあ?」

「解けなかったら、私は死ぬまでセドリック様のお傍に寄れないわね。……妃候補から外されたのが本当なら、お傍に寄る必要もなくなったかしら?」

力なく笑ったマリナを、ジュリアがギュッと抱きしめた。


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