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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 10 忍び寄る破滅
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324 悪役令嬢は弱点を突かれる

「……マリナ、何かあった?」

無言で昼食を食べているアリッサを見てエミリーが訊ねた。マリナは困ったように眉を下げ、ちょっとね、と呟く。

「面倒だから、早いとこ仲直りして」

「そのつもりよ」


ジュリアが現れないので教室に迎えに行くと、既にどこかへ出かけた後だった。アレックスの姿もない。一緒なのだろうと思っていたら、クラスメイトからレナードと練習に行ったと聞かされた。

「ジュリアも、食事の前に練習だなんて……」

「食い意地張ってるから、空腹で倒れるんじゃない?」

エミリーがにたりと笑う。この時ばかりはマリナの心も解れたのだった。


   ◆◆◆


「ジュリアちゃんの、持ち味はっ、……速さでしょ?」

キン!カシン!

何度も剣を合わせながら、レナードは会話を仕掛けてくる。ジュリアは剣の勢いと速さに翻弄されて、答えることができないでいた。

「俺に、追いつかれて、るじゃん?」

「うるさい!」

カン!

ザザッ。

ジュリアは間合いを取った。第二ボタンまで開けたブラウスから、汗ばんだ白い肌が見える。剣技科の男子生徒が見たら喜びそうな艶めかしさだが、レナードは練習場の入口を内側から鍵をかけて閉めており、中には二人だけだ。

「……これから本気、出すんだから!」

「そう?なら、俺も本気で行かせてもらうよ?」

「はあっ!」

ジュリアは一気に走り寄り、上から力一杯剣を振り下ろした。レナードは涼しい顔でそれを受け、片手で横に受け流した。

「……本気?違うよね?」

「まだまだ、これからなんだから!」


何度剣を合わせても、レナードを窮地に追い込むことはできなかった。アレックスと違い、彼は動きが俊敏でジュリアの足には翻弄されない。力は当然ジュリアより上で、剣さばきも見事だ。

「たあっ!」

斬りかかったジュリアを払いのけ、レナードは彼女の背後に回り込んだ。重心が崩れたジュリアが足をもつれさせて砂地に倒れそうになるのを、レナードが後ろから抱いて支えた。

「今日はここまでにしておこうか」

「ま、まだっ……」

胸の下あたりに回された腕が想像以上に逞しい。細身な優男に見えるのに。

「もう走れないでしょ?」

囁く声が近い。耳元に吐息がかかって、ジュリアはくすぐったさに震えた。


「走れ、るもんっ!」

「ほら、息が上がってるよ。足元もふらついているし」

抱きしめる腕に力が籠り、身体がレナードと密着する。練習をしていてお互い身体が熱くなっている。

――恥ずかしい!

「レナード、放して」

「だーめ……って言ったらどうする?あ、言っとくけど、俺は肘鉄ぐらいじゃやられないからね」

「だっ、だから、耳元で話さないで」

「へえ、耳、弱いんだ?」

「ひゃっ」

――何?今の、何か耳に触った?

「アレックスは知ってるの?ジュリアちゃんの弱点――耳が弱いってこと」

「し、しらにゃいよっ!」

思わず噛んでしまったジュリアの耳に、くっくっと声を殺した笑いが聞こえる。


「可愛いな」

ぐっとブラウスの襟が後ろに引かれる。首が締まることはないが、肩のラインが露わになってしまう。

「レナード、何っ……!」

右の首筋に湿った感触と痛みを感じ、ジュリアは身体を捩って腕から逃れた。

「ふざけないで!」

あまりのことに涙目になってしまう。レナードはそれすら楽しそうだ。

「ふざけてなんかいないよ。……練習は終わり。寮まで送っていくよ」

警戒してレナードから距離を置き、ジュリアは観客席に置いていた上着を着てコートを羽織った。身体の火照りが、激しい練習のせいなのか、レナードの悪ふざけのせいなのか、混乱したジュリアには分からなかった。


   ◆◆◆


「魔法の研究がしたいの?まあまあ、あなた達は……」

メーガン先生は目の前に並んで立っている可愛い教え子達に微笑んだ。表情が読めないエミリーと、緊張した面持ちで彼女に付き添っているキースは、魔法科専用の資料室を使わせてほしいと先生に直訴しに来たのだ。

メーガン先生の魔法科教官室は、とてもアットホームな雰囲気だった。床という床に魔法書が積み重なっているマシューの部屋と違い、小奇麗に片付いた室内には、温かみのある明るい色の木材でできた机やテーブルがあり、椅子には手作りのキルトでできたクッションが置かれている。自分で編んだらしい毛糸のショールを肩にかけ、先生は一人掛けの椅子に座った。ギギィと椅子から音がした。

「研究なら、キース君の家でもできるでしょう?」

「勿論、我が家にはたくさんの魔法書がありますが……本を取りに何度も学院を抜けるのは……」

キースはちらりと隣のエミリーを見た。同意しているのか否か、全く表情から窺い知れない。実は、キースは既に、一緒にエンウィ家の書庫に行って調べようとエミリーに提案していたが、他人と接触したくないエミリーににべもなく断られたのだ。必要な本があるならキースが取りに行けばいいと。

勿論、キースはエミリーの頼みなら、いくらでも本を持ってくるつもりだ。それが持ち出し禁止のいわくつきの本だろうと、家族に見咎められても強行突破してくるくらいの気持ちでいる。下僕としてではなく対等な相手として、初めて彼女が自分を頼ってくれたように思い、キースは高揚感に浸っていた。ここは何としてもメーガン先生を説得して、エミリーにいいところを見せたい。身体の横に下ろした手を握り、拳に力を込める。


「魔法科の資料室はね、私達魔法科教師のための資料室なのよ。授業の傍ら、自分の研究をする時に使っているの。あなた達は魔導士として素質も十分で、私から見たら優秀な生徒だけれど、試験を受けて正式に認定された魔導士になっていないでしょう?使い方を誤れば事故につながる魔法もあるわ。それらに手を……」

「出しません」

「ぅあっ」

キースが口を開くより早く、エミリーはメーガン先生の懸念を払拭すべく宣言した。先生は目をぱちくりさせながら、丸く膨らんだ頬に厚みのある手を当てて、んまあ、と呟いた。出鼻をくじかれたキースは、変な声が出てしまったことを恥じて俯いた。

「姉のマリナが、王太子の代わりに魔法を受けました。まだ体調が思わしくないので、魔法の影響が残っていると思うんです。キースは回復魔法が得意だし、二人で調べれば何か分かる気がして。お願いします、先生。資料室を使わせてください」


普段は滅多に話さないエミリーが、懇願してきたことに驚いたメーガン先生は、ふうと息を吐き、眉尻を下げて二人を優しく見つめた。

「分かったわ。……ただし、使うのは毎日一時間までよ。古い魔法書は、それ自体が魔法の効果を持っていることが多いの。若いあなた達が何時間もいたら影響を受けてしまうわ。必ず時間を決めて調べ物をすること。いいわね?」

「はい」

――テレビゲームをする時に親に言われたっけ。

両親がいて姉達がいて……前世での一家の団欒を思い出し、エミリーは少しだけ懐かしい気持ちになった。


「マリナさんも辛いでしょうけれど、あなたが魔法で元気にしてあげてね?」

「はい」

魔法科教師の間にも、マリナが王太子妃候補から外された話が伝わっているのだ。職員会議で学院長から話があったのかもしれない。ビルクールに行った母は知らないのだろうが、ハーリオン家からは何も連絡がない以上、単なる噂ではないという確証はないのだが。

「先生」

「何かしら、エミリーさん」

「先生はご存知なのですか?マリナが王太子妃候補から外された理由を」

「それは……」

メーガン先生は言葉を探しているようだった。

「教えてください。私達、何も知らないままで、今朝から困っているんです」

「そうね……何も知らされていないのね。可哀想に」

先生の瞳には憐憫の情が色濃く浮かぶ。やがて、決心したように重い口を開いた。

「国王陛下は、ハーリオン侯爵……あなたのお父様がアスタシフォン王国で逮捕され、彼に疑いの目を向けられたのよ。騎士団や宮廷魔導士が調べた上で、侯爵が権力を得るために暗躍していると断定したの。……コーノック先生が王太子殿下を狙ったなんて信じられないわ」

「私も、コーノック先生が捕まったのは、冤罪だと思っています」

「あなたは特に、彼の指導を受けていたから、信じたくないでしょう。学院長先生のお話では、王宮の地下牢に閉じ込められているそうよ。魔力が溜まらないように、魔法石に魔力を吸収されて……」

メーガン先生はハンカチを取り出し目元に当てた。



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