319 悪役令嬢の作戦会議 15
「二股……」
エミリーが渋い顔で呟く。
「ジュリアちゃん、本当に二人と踊るの?」
「マイムマイム?」
「違うって。一曲ごとに交代するの。剣技科は男子ばっかりだし、レナードがパートナーの当てがないって言うからさ。仕方ないじゃん?」
ジュリアは三人に同意を求めたが、誰一人として頷かなかった。
「あのチャラ男、いくらでも相手はいるでしょうよ」
「女の子の友達がいっぱいいるんでしょ?」
「ジュリアがパートナーにならなくても。レナードは『とわばら2』の攻略対象者なのよね。女子の人気もあるし、声をかけたらパートナーくらいすぐ見つかるわ」
「なーんか、皆冷たいなー」
「一人でイケメン二人も侍らせようとするからよ」
「マリナだって、殿下と兄様がいるじゃんか。私はダメってのは納得いかない」
「……皆に反感買うぞ」
「うん。私もそう思う」
アリッサが眉を下げた。
「……敵はどこにいるか分からない。女子の集団は怖いからな」
「どっちか一人にしたほうがいいよ?」
「分かった。明日二人に話してみる。……で、エミリーはどうするの?マシューは捕まってるんだよね?」
こくりとエミリーは頷いた。瞳に不安の色が浮かんでいる。
「マシューが捕まったのは、マリナ……いや、王太子を暗殺しようとした容疑だ。魔法を受けたのはマリナだし、王太子は怪我一つしていないけど」
「もし『命の時計』を受けていたら、セドリック様の命が縮んだのだから、暗殺とそう変わらないわ」
「……だとしても、冤罪だ。広場でマシューは魔法を止めようとして手を挙げた。それを見た人が騎士団に喋ったらしい」
「騎士団の調査も適当だよね」
騎士団に入りたいジュリアが言うことではないが、騎士団長を筆頭に騎士団は基本的に脳筋ばかりだ。筋道を立てて考え、捜査を進められる人間が何人いるのだろう。
「宮廷魔導士がついてきて、マシューが魔法を使っても防げるようにしてた。……まあ、マシューならあんな奴瞬殺だけど」
「宮廷魔導士ね……。図書館の地下書庫から、エミリーが貴重な資料を盗んだと決めつけたのも宮廷魔導士だったわ」
「……は?」
エミリーの眉間に皺が寄り、低い声が出た。
「地下書庫?エミリー、図書館なんて行ってたの?学校と部屋の往復なのに」
「行かない。外、出たくないし」
「さっき、私とアリッサが学院長先生のところに呼ばれてね、あいつから話を聞かれたのよ」
「あいつ?」
「エンフィールド侯爵。マリナちゃんは、あの人のこと、大っ嫌いなんでしょう?」
「顔も見たくなかったけれど、部屋に入ったらいたの。で、あいつがエミリーを盗人呼ばわりするから、きっちり否定してやったわ」
「もしかしたら、貴重な資料が盗まれたのだって、侯爵の狂言かもしれないでしょう?自分で持ち出したのに、エミリーちゃんのせいにしようとして」
「サイテー」
「エミリーちゃんがマシュー先生と付き合ってるってだけで、資料を盗んだって決めつけてたよ。何か……無理にでもマシュー先生を犯人にしようとしてる感じがする」
「……強制力?」
「何か言った?エミリー」
「皆はどう思う?『ゲームの強制力』ってやつ」
アリッサは何度も瞬きをし、マリナは目を眇めた。ジュリアは相変わらず首を傾げている。そのうちに首のストレッチを始めた。
「最近……すごく感じるの。私達が思いもよらないところで、いろいろなことが悪い方へ向かってる」
「そうね、エミリー。私もたまに考えるわ。私達は悪役令嬢だからって、悪いことをしていないでしょう。悪評は……ゴシップ記事程度にしか立っていないけれど、ハーリオン家は狙われているように思えるわ」
「アイリーンがそこまでできるかな?」
「……だから、敵は一人じゃない」
エミリーの一言に、三人はごくりと唾を飲みこんだ
◆◆◆
「おやすみー」
「おやすみなさい」
口々に就寝の挨拶をしてベッドに入る。アリッサはベッドサイドのテーブルに読みかけの本を置いた。エミリーは天蓋の中を闇で満たす。
「そうだ。マリナ、明日交換日記が来るよ。アレックスに渡すように言ったから、今晩殿下が書いてると思う」
「ジュリア……ありがとう。私のために」
「なんのなんの。こっちの世界にもスマホがあればいいのにねえ」
「……テレビ電話なら、ある」
ごそっ。
天蓋から抜けだしたエミリーが、足を下ろしてベッドに腰掛ける。
「キースが持ってた。光魔法の」
「いいねー。それ、一組買ったら?」
「きっと高価なものなのよ。お母様に相談して……」
「チッチッ。マリナは真面目だなあ。殿下に強請っちゃえばいいじゃん。『毎晩あなたの声が聞きたくてたまりません、お顔が見たいんですぅ』って交換日記に書けば、明後日には届くよ」
「ジュリアちゃん、それはちょっと……」
王家の財力なら間違いなく買えるだろう。しかも、『王室御用達』の看板を求めて、魔道具屋が特急で納品すること請け合いだ。『命の時計』の魔法のせいで会えなくても、会話することができるかもしれない。
「セドリック様なら用意してくださるかしらね。でも、いいわ。交換日記も楽しそうじゃない?」
細められたマリナの瞳が寂しそうに見えて、アリッサは手元の熊のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。




