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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 10 忍び寄る破滅
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314 悪役令嬢は悪筆の前に脱力する

グロリアの台詞を反芻していたジュリアは、大きな問題に気が付いた。

――『ジュリアがキスするぞ』じゃなく、『ジュリアとキスできるぞ』って言った?

ジュリアがキスするのなら、額でも頬でもどこでもいい。しかし、ジュリアと、となれば、どう考えてもマウストゥマウスだ。アレックスとは何度かキスしたが、人が見ている前では勘弁願いたいし、レナードが勝ったらそれこそ問題大ありだ。


確かに、試合をしている二人の気迫が倍以上に上がった気がする。ジュリアの唇を狙うレナードと、死守したいアレックスの両者は、完全に息が上がっているにも関わらず、本気の技を繰り出し続けている。気力が勝負を決める、そんな予感がした。


「はあああああ!」

「くっ……!」

レナードの渾身の一撃を受け止め、アレックスは歯を食いしばった。どちらかと言うと速さだけで勝負をしていたレナードの剣が、以前より格段に重くなっている。見れば、以前より腕の筋肉もついたように思う。アレックスは内心焦っていた。

「負けねえ!ジュリアのダンスパートナーも、キスも、全部俺のもんだぁあああああ!」

絶叫して剣を躱し、レナード目がけて降り下ろした瞬間。

「ちょっと待ったぁっ!」

観客席から飛び出したジュリアが、二人の間に割って入った。アレックスの必殺技はジュリアが剣で受け止めた。


「っ、痛!」

手首に重い痺れを感じ顔を顰めると

「うあ、わ、悪い!」

アレックスは剣を放し、重量がある長剣が砂地に落ちた。

「パートナーがどうとかって、二人で勝手に決めないでよ!」

「ジュリアちゃん……」

レナードが何とも言えない表情で見つめている。

「アレックス、変なこと絶叫しないで。恥ずかしいったらありゃしない!」

「……ごめん。叫んだほうが力が出」

「言い訳無用!」

赤い髪に容赦なくチョップが振り下ろされる。

「試合は終わり。賭けのネタにされてるよ」

三人が振り向くと、観客席にいた上級生が揉めている。

「……ほらね」

ジュリアはやれやれと肩を竦めた。


   ◆◆◆


エミリーは昼食後もすぐに寮に帰らず、人気のないところで転移魔法を使い、マシューの教官室に入った。部屋の主が不在だからか、部屋自体には結界が張られていない。入口にも何も罠を仕掛けていないのでは、アイリーンに勝手に入られる恐れがある。中からドアの鍵を閉めて、部屋全体に結界を張る。アイリーンにはエミリーの結界を破ることはできないが、マシューなら簡単だ。


部屋の中を一通り見て、ふと机の上に重なった本に目を留めた。

「『魔法の発生と伝承』?」

ぱらぱらとめくると、有名な魔導士が編み出した伝説級の魔法が紹介されている。魔法の術式や呪文は書かれていないが、その魔法ができた経緯と現在に至る伝承が事細かに記されている。『命の時計』に関する記述もあったが、魔導士の名前も伏せられ、伝承については秘術のため明らかにされていなかった。

「……使えないわね」

資料を集めていたマシューは、他にも何冊か関連する本を重ねて置いていた。どれもしおり代わりの紙切れが挟まっている。ノートには何か書きかけているが、メモの内容が複雑なのと字が汚いので全く理解できない。

――研究を代わりに続けるのは無理だわ。


マシューのノートの解読を諦め、集めた資料から自分なりに何かを見つけようと、エミリーは適当な本を開いた。小口の部分にスタンプが押されている。

「コーノック家蔵書……?家から持ってきたのか」

流石は宮廷魔導師団長を多く輩出するエンウィ伯爵家と並び称される魔導士家系である。コーノック家には貴重な魔法書がたくさんあるらしい。『魔法の発生と伝承』に書かれていた魔導士の多くが、この二つの家系から出ている。マシューとキースに家の蔵書を持ってきてもらえば、かなり研究材料は揃うのではないか。

「キースに頼んでみようかな……」

『命の時計』は光魔法の要素が強い。光魔法はからきしのエミリーが考えるより、キースが考えた方が解決が早いかもしれない。冤罪で捕まったマシューが戻るまで、彼の力を借りて研究できたら心強い。

――よし。

マシューが置いて行った本のうち三冊を抱きしめ、エミリーは転移魔法を発動させた。


   ◆◆◆


「失礼します……」

アリッサはもじもじして職員室に入った。続けてマリナが凛とした態度で挨拶をし、室内にバイロン先生がいるのを確認し、つかつかと歩み寄った。

「バイロン先生、お呼びと伺いましたが」

机に向かい、何かを書き留めていた先生は、椅子ごと振り向いて

「ああ、来たか」

と低い声で呟いた。

「ここでは話せない。学院長室へ」


二人を連れて学院長室に入ると、そこにいたのは学院長だけではなかった。

「おお、来たか……ハーリオンの……」

学院長は白い髭を撫で、長く伸びた眉を八の字にしている。

――あまりいい話ではなさそうね。

隣のアリッサも同感らしい。マリナは視線を合わせて頷いた。

「王宮から使者が来たんじゃ。ほれ」

学院長にとっては殆どの貴族が教え子だ。適当に呼びかけて促し、長椅子の端に座っている男を立たせる。

「なっ……」

マリナの顔が一気に険しくなった。事態を察したアリッサが、マリナの制服の袖を掴み身体を寄せる。

「お久しぶりです、マリナ嬢」

少したれ目の茶色い瞳を妖しく輝かせて、エンフィールド侯爵は口角を上げた。


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