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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 10 忍び寄る破滅
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311 悪役令嬢は籤運を恨む

五時間目終了のチャイムが鳴った。

バイロン先生は自分の懐中時計と教室の柱時計を見比べて軽く頷き、

「時間だな。皆ペンを置け」

と言うと、答案用紙が一斉に宙に舞いあがった。

――何回見ても慣れないな、この風景。

魔法の世界では当たり前のことだ。ジュリアはぼんやりと白い紙が重なっていくのを見つめた。

ふと隣を見ると、アレックスもぼんやりと解答用紙を見ている。同じことを考えているのかと思い、顔を近づけると

「……終わった……」

と呟いている。どうやら絶望しているようだ。


「アレックス、大丈夫?顔ヤバいことになってるよ」

乙女ゲームの攻略対象がこれでいいのかというほど、疲れてしょぼくれた顔だ。これはこれでジュリアのなけなしの母性愛をかきたてた。

「ジュリア……俺はもうダメかもしれない。お前だけでも生き残ってくれ……」

微かに潤んだ金の瞳を揺らし、机の傍らに立つジュリアを見上げたアレックスは、捨てられた子犬のようだった。図体は大きいのに可愛い。可愛すぎる。抱きしめて赤い髪を撫でまわしたい衝動に駆られたが、ここは追試の会場だ。他の生徒も大勢いる。ジュリアはぐっと拳を握って堪えた。

「グロリア先輩があんなに丁寧に教えてくれたのに、全然ダメだったの?」

「うん。アスタシフォン語は特に……問題を解こうとすると、その……キスを思い出してさ」

「キス?」

――誰と?

そう言えば最近ずっとしていないなと思いつつ、ジュリアは訝しげに彼を見た。

「先輩が図書室でキスしてたの見てから、俺、時々思い出すんだよ。アスタシフォン語は巻き舌が入るだろ、そん時、グロリア先輩の唇がやけに」

「アレックス・ヴィルソード」

背後に近づいていた影に気づかず、グロリアの色っぽい唇について熱弁をふるっていたアレックスは、突然響いた低く冷たい声色に背筋を伸ばした。

「答案用紙に名前がなかったぞ。他の生徒は皆書いていて助かったな」

「あ、す、すみませ……」

机に答案用紙を置き、バイロン先生はアレックスに顔を近づけ囁いた。

「……安心しろ。補習は俺がつきっきりで見てやる。二度とグロリアをいかがわしい目で見られないように躾けてやるから覚悟しておけ」

――先生、口調が思いっきりドSに変わってるし!!

アレックスは顔面蒼白になってカクカクと頷いた。先生は満足して頷き、

「さぞかしいい点数が取れたのだろうな。採点が楽しみだ」

と言って踵を返した。


   ◆◆◆


「すごいですねえ……一日でこんなに?」

箱から溢れそうな紙の束を見て、キースが唖然とした。鳥の巣箱ほどの大きさの木箱には、小さな入口がついており、パートナーを求める者はそこから自分の名を書いた紙を入れるのである。

「会長がパートナーを探していると告知しただけでこれですよ。パートナーを探す女子生徒が増えると見込んだ男子生徒も多いようです。すばらしい効果がありました」

マクシミリアンは揉み手をしそうな勢いだ。薄い唇が弧を描く。

「これを男女に分けます。女子の分だけこちらの箱に入れて、会長に引いていただきましょう」

「くじ引きですね」

「はい。公平なやり方だと思いませんか?」

「僕は、皆の前で引くべきだと思います。生徒会で勝手に決めたと思われるのは、禍根を残しそうで怖いです」

「ふふ……確かに、女性は群れになると恐ろしいですからね。どのようにして決めるか、マリナさんとアリッサさんが来たら相談しましょう」


二人が箱から出した紙を男女別に整えた頃、俄かにドアの外が騒がしくなった。

「いらっしゃったようですね」

「随分と賑やかですが……」

キースが首を傾げて席を立ち、ドアを開けると三人の女子生徒が立っていた。

「マリナ様、アリッサ様、これはゆゆしき問題ですわ。学院の教師が王太子殿下のお命を狙ったなどと……」

フローラは眉間に皺を寄せて人差し指を上げ、マリナとアリッサを問い詰めている。

「冤罪でしょう。コーノック先生はすぐに戻られます」

「分かりませんわ。騎士団と魔導師団に責められて、つい、ということもあり得ますもの」


「どうしたんです?」

「キース君、あのね……」

「どうもこうもありませんわ。私達、騙されていたんですのよ!あなた、コーノック先生が逮捕されたのはご存知?六属性の魔導士が殿下を亡き者にしようとしたんですって」

「……知らなかった……まさか、コーノック先生に限って」

「違うの、キース君。先生はね……」

アリッサが説明しようとするが、フローラの勢いに圧倒されてキースは何も言えなくなっている。話し続けるフローラを無視して、マリナは室内に目を向けた。

「セドリック様はまた欠席ですか?」

「レイモンド副会長とどこかへ出かけると聞きました。パートナーを決める件は、私が会長から一任されています。私達で決めても問題ありませんよ」


   ◆◆◆


「ふう……やっと静かになりましたね」

「キース君、フローラちゃんを説得するの、上手だったね」

「いやあ、それほどでも。魔導士の取り調べは宮廷魔導士が行うのですが、コーノック先生ほどの魔力の持ち主なら、おじい様が担当すると思うのです。きっとすぐに学園に戻られますよ」

目を細めてキースが照れ、マクシミリアンは温度を感じない声で彼を呼んだ。

「ここから一枚引いてください」

「えっ、ぼ、僕が引くんですか?殿下のお相手を選ぶのに?」

「誰が引いても恨まれるのは変わりませんよ。パーティーまでに公開抽選をしている暇はありませんし、さっさと決めた方が準備もできるというものです」

「そんな……」


「あの……マックス先輩」

「何です?アリッサさん」

「パートナーはマリナちゃんの代わりなんですよね?それなら、マリナちゃんが引いたらいいと思うんです」

マクシミリアンは顎に手を当てて考え込んだ。ちらりとキースを見ると、彼はマリナにどうぞどうぞという仕草をしている。抽選役を譲りたいらしい。

「……分かりました。では、お願いします。マリナさん」

目の前に突き出された抽選箱にマリナはごくりと喉を鳴らした。たくさんの紙の中には、セドリックを狙うアイリーンの名前もあるだろう。アイリーンを近づけさせない目的で、ファンクラブが名前を書いて入れたとも聞いている。確率から言えば、ほぼアイリーンを引くはずはない。


思い切って手を入れ、よくかき混ぜてからマリナは一枚を手に取った。

「……これにするわ」

四つ折りになった紙をマクシミリアンが受け取った。

「では、この方が会長のパートナーというわけですね。……おや?」

紙と抽選箱が光りはじめた。魔法仕掛けの抽選箱は結果が確定すると、箱の表に字を浮き上がらせるのだ。

「まだ開いていないのに……」

アリッサがマリナの袖を掴んで呟いた。

「いやはや、彼女はとても強運の持ち主らしい」

――誰か、嘘だと言って!

「アイリーン・シェリンズ。彼女が王太子殿下のパートナーとは」

光が収まった箱を引き寄せ、マクシミリアンは抑揚のない声で言った。


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