表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 10 忍び寄る破滅
472/616

308 悪役令嬢と黒い蝶

王宮の一室で、グランディア国王は渋い顔をしていた。

「本当なのか?オリバー。私はどうも信じられないのだが……」

「間違いない。俺の部下達が嘘を言うわけがなかろう」

騎士団長オリバー・ヴィルソードは分厚い胸を反らして、ハッハッハッハと豪快に笑った。

「自慢するほどのことでもないぞ。本来なら、予兆に気づいて襲撃を防ぐのが騎士団の仕事だろうに」

オードファン宰相が眼鏡を押し上げた。ざっと目を通した書類を王に渡し、

「複数の証言が得られているようだ。マリナ嬢が撃たれた瞬間、手を挙げた男がいたと」

と要点を説明した。


「な?しっかり書いてあるだろう?長い黒髪の背が高い若い男で、銀髪の少女を連れていたと。広場から大通り、市場までうちの奴らが走り回って情報を聞き出したんだぞ。お出ましが何度かあったから、情報を整理するのに時間がかかった。遅くなって悪かった」

「全くだ」

宰相は申し訳なさそうに頭を掻いた騎士団長を一言で切り捨てた。フレディは相変わらずきついなとオリバーは文句を言っている。

「銀髪?ハーリオン家の姉妹ではないのか?他に銀髪の令嬢はいるのか、フレディ」

王が椅子から身を乗り出した。愛称で呼ばれた宰相は王から書類を受けとる。

「ハーリオン姉妹の可能性は高いな。見事な銀髪を持つのは、貴族の中ではあの姉妹とその母だけだ。市井でも銀髪はかなり珍しい。ハーリオン侯爵夫人には血が繋がった兄弟姉妹はいないから、十中八九、妹の誰かだろう」

「姉妹なのに、怪しい男に姉を狙わせたのか?んん?おかしいぞ」

オリバーは自分の持ってきた報告書に疑問を呈し、盛んに太い首を捻っている。

「忘れたのか、オリバー。狙われたのはマリナではないよ。マリナはセドリックを庇った。つまり、ハーリオン姉妹の誰かと一緒にいた男が、セドリックを魔法で撃ったんだ」

王は静かに結論を出した。視線だけで宰相に意思を伝えると、彼はすっと椅子から立ち上がり、

「マリナ嬢が受けた魔法はかなり高度だったと聞いている。容疑者は絞られるな」

と言い置いて、王の御前を辞した。


   ◆◆◆


エミリーがマシューに抱かれて転移した先は、魔法科教官室ではなく、独身寮のマシューの部屋だった。

「……教官室に行くって言ったくせに」

「気が変わった」

黒衣の全属性魔導士は、フッと笑って黒と赤の瞳を細めた。

――くっ……嘘つきなのにカッコいいって反則っ。

エミリーは彼を見ないようにして、本棚に向かって立った。マシューの部屋は家具が少なく、至る所に魔法書が積み重なっている。この雑多な空間に座る場所があるとすればベッドだ。何か期待しているように思われたら恥ずかしい。

「『命の時計』のこと、何か分かったの?」

振り返らずに問うと、背中から長い腕で抱きしめられる。ローブを脱いだ白いシャツに、素のままのマシューを見た気がして、エミリーの胸が高鳴った。


「兄さんが宮廷魔導士の資料庫で探したが、王宮内には『命の時計』について記した魔法書は見つからなかった。ステファニーの話では、治癒魔導士の間では口伝されるものらしい。最初に魔法を作り出した魔導士は、研究ノートに書き記していて、危険な魔法だから書き写されてはいない」

「原本は?一冊しかないってこと?」

身を捩って見上げる。喉仏とすっきりとした顎の線が目に入る。鬱陶しい黒髪で普段はあまり見えないが、マシューの色気はこういうところにあるのだとエミリーは思った。

「そうだ。……そのノートが収蔵されているのは、厳重な機密保持ができる場所だ」

「……王立図書館?」

「地下書庫の深い階層にあるそうだ。俺も入ったことはないが、王族や公爵家の者なら、入れるかもしれない」

「『命の時計』の魔法を使った魔導士は、どうにかして地下書庫に入り込み、術式と呪文を調べたんだわ」


「王族は国王夫妻と王太子、それに王女の四人だけだろう。公爵家三家のうち、二家は遠くの領地にいて王都に来ていない。オードファン公爵は宰相を務めていて、王太子を狙う理由がない。調べた者は王族と公爵家以外の可能性が高いな。術式が書き写されたとすると……」

「術式を書き写すにも手間がかかるはず。物を盗むように、簡単にはいかない。でも、ノートが盗まれたなら話は別」

マシューと視線を合わせると、彼は瞬き一つせずにエミリーを見つめた。

「重要機密資料が盗まれたのか。犯人を見つけさえすれば、一生投獄できるくらいの刑には処されるな。俺は引き続き、兄さんと連絡を取り合って、ノートの所在を確かめる」

「私はマリナと王太子が近づかないように気をつけておく。マリナの奴、今朝は一人で男子寮に迎えに行って……」

「不調は」

「なかった。ジュリアが下手こいて、魔法のことがマリナにバレた」

「な……!」

赤い瞳が一瞬ギラリと輝いた。動揺したのかマシューの魔力が漏れている。

「ジュリアが説得したはず。マリナが納得したかは知らない」


「……そうか。ところで、エミリー」

「ん?」

抱きしめた腕を解き、マシューは古びた茶色い机の引き出しから箱を取り出した。可愛らしさも何もない、白い紙製の箱である。

「銀雪祭の夜はパーティーだろう。これを」

受け取って紙箱を開ける。

「あ……」

黒い金属製の蝶だ。裏に留め金がついていて、大きさからも髪飾りだと分かる。蝶の羽根には透ける銀細工が使われ、ルビーが散りばめられている。

「よかったら、パーティーで使ってくれ」

「ありがとう。マシューは出ないの?ダンス、したかったな……」

何気なくエミリーが訊ねると、マシューは口元を押さえて顔を背けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ