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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 10 忍び寄る破滅
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307 悪役令嬢は伝書鳩になる

王立学院の敷地内には、文具や日用品を売る店がある。生徒達が購買欲を満たすための施設であり、間口もさほど広くない店なのだが、この時期は非常に混み合っている。

この店を通じて銀雪祭の贈り物を取り寄せる者が多いからだ。

「……頼んだ品は入っているか」

黒ずくめの魔導士は、太陽を背に店主の前に立った。


初老の店主は伸びた黒い影と彼の佇まいに怯え、一瞬商売人の笑顔を忘れそうになった。

「……っ、へい、いらっしゃい。あ、と、お客さん、引換券はお持ちで?」

「……引換券?」

そんなものをもらっただろうかとマシューは口に手を当てて考えた。頼んだ時に何か渡された記憶がうっすらと甦る。

「あ、ああ」

「悪いね、先生。あれがないと渡せないんだよ。この時期は取り寄せが多くてね、間違いがないようにって」

「……」

マシューはがっかりした。引換券はどこにあるのか分からない。寮に戻ったとしても、失くしてしまっているように思えた。


「髪飾り……なんだが……」

一瞬赤い瞳が光ったのを見て、店主がヒッと声を上げた。

「か、かかか、髪飾りね。あー、どこだったかな、どんなのでしたかね」

「赤い石の……」

店主は箱を落としそうになりながら、髪飾りを出して見せた。

「これですかい?」

「違うな。……あ、これだ」

「お、お代は先にいただいておりますんで。すぐにお包みします」

マシューの放つオーラにびくびくと肩を震わせ、店主は髪飾りの入った箱を包み始めた。しかし、手が震えてうまく包めない。

「……いい。包まなくても構わない」

「あ、そう、ですかい。では、このままお渡ししますよ」

口調も丁寧になっているのだが、マシューは何故彼が震えているのか分からなかった。店内は暖炉に薪がくべてあり、ほんのりと温かい。

「ありがとう。……これは礼だ」

さっと手を振り上げる。店主は驚いて後ろに倒れた。

マシューは天井の傍に光の球を浮かべ、表情の乏しい顔でフッと笑った。

「これがあれば温かいはずだ」

恐ろしい客は丈の長いローブを揺らし、不似合いな鼻歌を歌いながら店を出て行った。


   ◆◆◆


「はあっ!」

バシュッ!

アイリーンの手から風魔法が放たれる。風圧はすぐに消え、近くの薮が揺れた程度だった。

「……この三か月、何をしていた?全く上達していないな」

「えへへ。今日はたまたま調子が悪かったんですぅ。マシュー先生の意・地・悪」

可愛らしく声を作って、マシューを上目づかいで見る。アイリーンのいつもの媚態だと、エミリーはうんざりして眺めていた。


「今年最後の魔法実技の授業は、初歩の魔法を試験する。魔法科の授業では、得意な属性だけではなく、適性が乏しいとされた属性の魔法も学び、使える魔法の種類を増やすことも目的の一つだ。アイリーンは光属性以外の五属性をもっと練習しなければ、全体での授業についていけなくなるぞ。放課後も遊んでいないで練習することだな」

「ええーっ。先生が教えてくれないんですかぁ?」

「俺は追試の試験監督があるからな」

マシューはズバッと切り捨てた。エミリーはつい、口の端だけで笑ってしまう。

「エミリーさんは余裕よね。光属性だけ練習なさればいいんですもの」

――いきなり敬語使うな。気持ち悪いな。

ぞわ。

鳥肌が立ってきた。

「……光属性、練習するわ。時間があったら」

「二人とも、次の全体授業までに初歩の魔法をさらっておくこと。いいな」

「はい」


チャイムの音が聞こえ、マシューは授業が終わりだと告げた。

「エミリー。少し話がある。教官室に来てくれ」

「……分かりました」

去っていくアイリーンの背中を見つめ、エミリーはそっとマシューに近づいた。

「話って?」

「教官室に行ってからだ。そう焦るな」

腕を回してぐっとエミリーの腰を抱きかかえる。二人はすぐに白い光に包まれた。


   ◆◆◆


「アレックス、お願い!」

ジュリアは青い表紙の本をアレックスに突き付けた。

「何だ?俺、本は読まな……」

「本じゃないよ、よく見て。ここに鍵がついてるでしょ」

「日記帳か?毎年父上が書いてるのと似てるな」

「へえ。騎士団長様って意外と真面目なんだね」

「いや。毎年一日目しか書いてないよ。……で、この日記は誰の?俺、文章書くのはちょっとなあ」

赤い髪を掻いて、アレックスは苦い顔をする。

「アレックスに書けって言ってないよ。これを殿下に渡してほしいの」

「殿下に?」

「わけがあって、マリナと殿下はしばらく会えないんだ。だから、交換日記をしたらどうかって思って。今晩、寮で殿下が日記を書いたらアレックスが預かって、明日私に渡して」

「じゃあ、この日記はまっさらなのか?」

「そう。鍵はこれね。殿下に渡してね」

「ああ。よく分かんねえけど、分かった。やるよ。俺に任せろ」

――任すと碌なことがないんだよね。

ジュリアは恋人兼幼馴染の肩を叩いて「頼むね」と言い、廊下に出て行った。


「ふふ、みーたーぞー」

腕組みをしたレナードがアレックスに近づいてくる。悪戯した子供を見つけたような口ぶりだ。

「何だよ」

「ジュリアちゃんと交換日記するのか?俺も入れてくれよ」

「違うって。これは……俺達は伝書鳩!」

「伝書鳩?」

猫目がくるくると動いた。

「何か用か?」

「用ってほどのことはないけど……追試が終わったら試合しようぜ」

「明日?」

「明日でも、今日でも構わない。アスタシフォン語の追試が終われば帰れるんだろ?」

「ああ。……ただの試合ってわけじゃなさそうだな」

「もちろん」

レナードはにっこりと微笑んだ。女子ならハートを盗まれそうな極上の微笑だ。

「銀雪祭のダンスパートナーを賭けて。まさか引かないよな、アレックス?」

「望むところだ。今日の夕方、練習場で。速攻で決めてやるよ」

絡んだ視線が熱を持ち、試合の前の緊張感を生む。レナードは一番後ろの席に座り、隣の席に戻ってきたジュリアを笑顔で出迎えた。



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