305 悪役令嬢は寮に押しかける
マリナが登校を再開した次の日。三人の妹は早朝に叩き起こされた。マリナは一気に部屋のカーテンを開けると、三人に呼びかけた。
「ジュリア!さっさと起きて顔を洗って!」
「うーん」
「アリッサも!熊を顔に乗せて寝ようとしないの!」
「眩しいよぉ……」
「エミリー!闇魔法は消して。ベッドから引きずり出すわよ」
「……煩い」
不満そうな三人を前に、既に登校する支度を完璧に整えたマリナは、腰に手を当てて極上の令嬢スマイルを浮かべた。
「今日は男子寮に迎えに行くわよ」
「……」
「……」
「……ええええええっ!?」
ボーッとしているジュリアとエミリーの間で、アリッサが驚いて叫んだ。
「私達が迎えに行くの?」
「そうよ。いつも女子寮に迎えに来ていただいてるでしょう?だから、今度はこちらから、ね?」
どうだと言わんばかりに胸を張る。三人は顔を見合わせた。
「本当に行くの?マリナちゃん」
「私はやめといたほうがいいと思うんだよなあ」
「……同じく」
テンションが低い妹達を見て、マリナは眉を吊り上げた。
「あなた達、婚約者と登校したくないの?」
「……婚約者じゃないし」
ボサボサの頭を掻きながら、エミリーがベッドに戻ろうとする。マリナはネグリジェの襟首を掴んで引き戻した。
「エミリーはそうだけど、アリッサも、ジュリアも、彼と一緒にいたいと思わない?」
「私は別に、クラスに行けば会えるし?練習場で会うこともあるもん」
「レイ様とは仲直りしたばかりだから、いきなりしつこくするのも……」
ジュリアとアリッサはお互いをちらちら見ている。
「……分かったわ」
ジュリアは内心ホッとした。エミリーも顔には出さないが、マリナを止められて安堵していた。アリッサは姉の言葉の続きを待った。
「折角早起きしたんですもの、早く支度をして食堂に行きましょう?」
「えー?まだ寝てたい!」
ジュリアは拗ねた顔でベッドにダイブした。
◆◆◆
朝食を終え、エミリーは制服に袖を通して、ふと周りを見渡した。
「あれ?マリナちゃんは?」
「トイレじゃないの?」
ジュリアがネクタイを結びながら相槌を打つ。
「……出てった」
エミリーが指さした方向には、半開きになったドアがある。
「マリナ様は先に出発されましたよ?」
「……嘘」
「マジで?追いかけなきゃ!」
コートを引っ掴んで、ジュリアは勢いよく部屋を飛び出した。
寮の玄関に出ると、例によってリアルモーセを形成する野次馬の群れがいた。同じようなコートの背中を目で追い、銀髪のマリナを探す。
――いない!?ちょっと、行くの早くね?
「ジュリア様、おはようございます」
「あ、うん、おはよ……」
このタイミングで声をかけられるなんて最悪だ。令嬢達に嫌われる悪役令嬢にならないために、ジュリアは笑顔で応対するよう心掛けている。だが、今は緊急事態だ。
「おはようございます、ジュリア様」
一年生と思しき赤いコートの令嬢は寒さで頬を染めている。
「おはよ」
「今日も颯爽として素敵ですわね」
「う、ん?」
生返事を繰り返し、早足で男子寮に向かう。走れば令嬢達を振り切ることができるのだが、話しかけられて放っていくのも悪い気がする。
「ゴメン、私、こっちだから」
「あっ……」
◆◆◆
男子寮から出たセドリックは、目の前の人だかりに驚いた。女子寮の前に並ぶ面々もいる。
「何だ……?」
「今日はやけに人が多いっすね」
後ろからやってきたアレックスが金色の目をぱちくりさせる。
「殿下の出待ちですか?」
キースがこっそりレイモンドに尋ねる。レイモンドは目を細め
「いや、違うな。見ろ、人垣が割れていくぞ」
と的確に状況を分析した。
群れを成していた生徒達が左右に分かれていき、間に赤いコートの人影が見えた。
「なっ……!」
セドリックは声を呑んだ。
「おはようございます、セドリック様」
彼のただ一人の妃候補、マリナ・ハーリオンは優美な仕草で礼をし、アメジストの瞳に溢れるばかりの愛情を込めて微笑んだ。
「マリナ……だ、ダメだ、君はここに来てはいけない」
「どうしてですの?」
一歩、また一歩と間合いを詰められ、セドリックは一歩ずつ後退する。
「どうした?セドリック。お前が照れるなんて珍しいな」
「よかったですね、殿下。迎えに来てもらえて」
アレックスがにやにやしている。セドリックは揺れる瞳で愛しい婚約者を見つめた。
「帰ってくれ、マリナ。僕は、君とは登校しない」
「私はセドリック様と一緒に登校したいのです。いけませんか?」
「い、いけないに決まってる!とにかく、無理だ。無理なんだぁぁぁああああ!」
絶叫したセドリックは人ごみを押しのけ、マリナの横をすり抜けて一目散に校舎へと走って行った。
「……?」
目の前を彼が通り過ぎた時、一瞬胸が痛んだ気がして、マリナは胸を押さえて首を傾げた。
「何だったんだ、あいつ」
「変ですね。マリナが来たら喜んで抱きつきそうなもんなのに」
「そうですね。殿下、頭でもぶつけたんですか?」
レイモンドは、アレックスとキースが未来の主君をどんな目で見ているのか気になったが、何より気になるのはセドリックの態度だった。
「頭をぶつけたかどうか、後で確認しておく。生徒会にもいい加減顔を出させないとな」
「おはようございます」
三人に近づいてきて、マリナは軽く挨拶をした。
「おはよう」
「……私、避けられているんでしょうか?」
「まさかぁ」
「マリナさんに限ってそんなことは……」
「いや、俺も気になってはいたんだ。食堂にも行かず、教室に引きこもっているらしい。俺が謹慎している間に、セドリックの誕生日……祝日があっただろう?バルコニーでマリナが撃たれたせいで、自分といると狙われるとでも思っているのか。あいつらしい短絡思考だな」
レイモンドは口元に手を当て、やれやれと苦笑いをした。
「殿下は責任を感じてるってことですか?」
「そんな……セドリック様が気に病むことなんてないのに」
マリナが呟いた時、遠くからジュリアが走ってくるのが見えた。




