303 悪役令嬢の作戦会議 14
「アリッサ様、……アリッサ様?どうかなさいましたか?」
リリーが心配そうに呼びかけている。
女子寮のハーリオン侯爵令嬢の部屋では、お気に入りの熊のぬいぐるみを抱きしめ、アリッサがウフフウフフと笑い声を上げながらあっちこっちゴロゴロしていた。床には毛足が短い豪華な模様の絨毯が敷かれているので、転がっても痛くはない。
「ナニアレ」
エミリーは白い目で姉を見た。マリナがぽんぽんと肩を叩いた。
「大目に見てあげて。嬉しくて仕方がないんだもの」
「今日の帰りにレイモンドと話しながら帰って来たんだって。帰ってからずーっとあの調子だよ。てことは、レイモンドの奴、魔法が抜けたんだね」
ジュリアが腕組みをしてにやにやする。
「レイモンドの夢に出てきた妖精がアリッサに似ていたんですって。帰りにレイモンドから質問攻めにあって、アリッサが何かしたのではなく、彼自身の問題だと分かったみたいね。頭にかかった靄が一気に晴れたって」
「ふうん。夢に見るくらいアリッサのことを思ってたって聞かされたわけか。そりゃあ、ああなるのも当然だね」
「セーターを編んでいる話をしたら楽しみにしているって言われたとか、パーティーのダンスパートナーを申し込まれたとか、まあ、散々惚気られたわ」
「アリッサの惚気はいつものことじゃない。何にせよ、元サヤに収まってよかったじゃん」
マリナとジュリアがほんわかした気持ちになっている横で、エミリーがアリッサから熊のぬいぐるみを取り上げ、床に転がるなと注意していた。
◆◆◆
マリナが入浴している間、ジュリアはエミリーに耳打ちした。
「ねえ、魔法は解けそう?」
「……まだ」
そこへアリッサが身体を寄せてくる。
「エミリーちゃん、『命の時計』を解こうとしてるの?」
「うん。だって、私達にとって死活問題だから」
「どゆこと?」
「ジュリアもアリッサも、気づかない?私達、シナリオ通りに追い込まれてきてる」
二人はバッドエンドを思い出した。すぐにジュリアが
「私は大丈夫そうだけどなあ」
と頬を指先で掻いた。
「レイ様……アイリーンに魅了されていたけど、元に戻ったもの」
「甘い!」
ひっ、と二人は身を硬くした。
「マリナが王太子に近づけないってことは、少なくとも妃になんかなれない。遅かれ早かれ婚約解消される。昨日私に届いたドレスは、キースの両親が私を婚約者だと思い込んで贈ってきたものだった。知らないところで着々と物事が進んでいるように思う」
「あんなの着て踊ったら魔王が覚醒するよね。そっか、私達をバッドエンドに導く何かがあるってことか」
ジュリアが口元に手を当て、考え込んでベッドに倒れた。
「気をつけなきゃいけないのはアイリーンだけじゃないの?」
「あいつは空回ってるけど、以前より王太子やレイモンドに接触する機会が増えてきている。マシューの作った腕輪だって、いつまでもつか効果が未知数だし、魅了される可能性は十分にある」
「レイ様も、アレックス君も、私達が守らないと……」
「そういうこと。私は何とかしてマリナの魔法を解く。二人は絶対婚約者を取られないで」
「りょーかい!」
「頑張るね!……やっとレイ様とお話できたんだもの」
「三人で何の話?」
濡れた銀髪を拭きながら、マリナが寝室に入ってきた。術式を書いたノートをさっと閉じて、エミリーは眠そうな瞳で姉を見た。
「別に」
「キースと話してみたの?」
「……あ、それ。エンウィ家の勇み足だった」
「キースがちゃんと話してなかったみたいでさ、エミリーが婚約者になったと勘違いして贈ってきたらしいよ」
「まあ。お返しするのも角が立つわね。お父様からお話ししてもらうと藪蛇になりそうだし」
「正式に申し込まれたら断れないね。マシューとつきあってることはお父様もお母様も知らないじゃん。ほどほどの伯爵家だけど、魔導士の家系だからね」
「エミリーちゃんの嫁ぎ先にぴったりだって思っちゃう?」
「そ。普段から仲良くしてるって分かってるから、即オッケーって」
姉三人が語りあう傍で、エミリーはずーんと重しが乗ったような顔をしていた。
「……断りたい。どうしたらいい?」
「マシューとの仲をオープンにできたら苦労しないよね」
「そうねえ。エンウィ家からお断りされるようにする?」
「どうやって?断られそうなところなんてエミリーちゃんにないよ?」
「王宮で一発魔法爆発でも起こしてさ」
「……前にやった」
魔法爆発の時は、エミリーも手錠をかけられ王宮の一室に軟禁された。が、侯爵令嬢だからか、地下に囚われたマシューよりははるかに扱いがよかった。また爆発事件を起こしても揉み消されそうな予感がする。
「そうだっけ?じゃあ、国王陛下の前でゴリラの真似でもする?」
「……『みすこん』の時のマリナでしょ」
「やめて。忘れることにしたんだから」
「キース君と関わらないようにするとか……」
「魔法科で唯一の友達なのに……」
魔法科に限定しなくても、エミリーにはキースしか友達がいない。同級生の女子は、孤高の五属性魔導士を尊い存在だと神格化している傾向にある。神扱いしないのはアイリーンくらいなものだ。
「あ、そうだ!」
ジュリアがぽんと手を打つと、マリナは冷や汗を垂らし、アリッサは首を傾げ、エミリーはうんざりして溜息をついた。
「何?また『私って天才』って言うなよ」
「言わないよ。あのさ、キースに女の子紹介したらいんじゃね?」
「……は?」
「あいつ、エミリーしか見えてないからこんなことになるんだよ。他にいい感じの子を紹介してさ、あわよくば乗り換えてもらおうよ」
「キース君が乗り換えるかなあ?」
「乗り換えなくても一定の効果は見込めるわね。キースが他の女子生徒を気にするようになるでしょうし、エミリーが紹介したとあれば無下にもできない。その上、エミリーが自分を恋人として扱ってくれずに少なからずショックを受けるはずだわ」
「……残酷」
「大丈夫。やるのはエミリーだから」
へらへらと笑ったジュリアを、エミリーがキッと睨み付けた。
「……私、女子の知り合い少ないんだけど?」
キースは『とわばら2』の攻略対象者らしく、整った顔立ちと四属性の魔法の才能、加えて伯爵である魔導師団長の後継者という将来有望なハイスペック少年である。密かに憧れている生徒も多いとマリナはふんでいた。
「入学した時からエミリーと行動を共にしていたから、周りも二人が婚約者だと誤解していたでしょう?キースがフリーだと知られれば、果敢に挑んでくる女子もいると思うのよね。そのうち芽がありそうな方をエミリーが推薦するのよ」
「……難しい。その女子とうまく話せる気がしない」
エミリーはますます落ち込んだ。対人スキルが低すぎる自分には高すぎるハードルだ。
「しばらくは私やマリナがつきあってあげるからさ、二人で話せるくらいに仲良くなりなよね。魔王を覚醒させたいなら、やらなくても構わないけどさ」
全てを終わらせてしまう魔王の暴走だけは避けなければならない。家の没落より性質が悪い。エミリーは何か呟きながら部屋の隅にあるベッドに移動し、三人に挨拶もしないまま周囲を闇で包んだ。




