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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 10 忍び寄る破滅
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302 悪役令嬢は内心怪獣になる

痛みに悶えるレイモンドを残し、エミリーはマリナとアリッサを連れて、転移魔法で普通科教室の前に移動した。

「エミリーちゃん……レイ様は……」

「しばらく痛みに苦しめばいい。あんな奴。アリッサに暴言を吐くなんて万死に値するわ」

アリッサは小さく「でも……」と呟いて、半べそをかいている。マリナがよしよしと慰め、

「現にアイリーンの魔法が効いているのに、腕輪をはめてもよかったの?」

と真顔で尋ねた。

「……魔法の効果を追い出すのに、多少痛みが伴う」

「多少どころか、かなり痛そうだったわよ」

「自業自得。隙を見せたレイモンドが悪い」

「レイ様は悪くないもの。悪いのはアイリーンだわ」

「あんたね……あんだけきついこと言われて、まだレイ様レイ様言ってるわけ?」

エミリーは呆れて姉を見る。アリッサは濡れた瞳をハンカチで拭い、きゅっと唇を噛んだ。

「腕輪をつけたから、レイモンドは正気に戻るのよね?」

「……だといいけど。パーティーまでにパートナーになれるかな」

フッ。にやり。

「エミリーちゃんの意地悪……」

「……冗談。魔法が抜ければ、大慌てでアリッサにドレスを贈って寄越すよ」


   ◆◆◆


「今日も、公務ですの?」

「はい。会長からはそう聞いていますよ」

マクシミリアンは抑揚のない声で答えた。隣には息も絶え絶えのレイモンドが、頭を押さえて座っている。

「レイモンドさん、頭が痛いんですか?僕、治癒魔法で……」

「いい。……放って置いてくれ」

気を利かせたキースが手に光を纏わせるが、レイモンドは首を振って断った。

「セドリックがいない以上、俺が参加しなくてどうする」

「無理しなくてよろしいんですよ。レイモンド様がいたところで、何も進みませんから」

マリナが刺々しく言ってやる。今朝の仕返しだ。

「……っ、な、ん、だと?」

「頭痛でうんうん呻いている役立たずは、さっさと寮にお帰りなさいと言っているんですわ」

レイモンドは悔しそうに顔を歪めた。すうっと溜飲が下がったような気がする。


「セドリックのパートナーを全校から選ぶと聞いたが。……どういうわけだ、マリナ。俺には君は元気になったように見える」

「魔法の後遺症もなく、元気になりましたわ」

「セドリック様は、マリナちゃんに無理せず休んでほしいって言っていたので……」

「女子生徒の参加を増やすために、会長には餌になっていただくのです」

マクシミリアンは平然と言い、温度を感じない笑みを浮かべる。

「餌……か。悪くはないな。明日には全校に告知しよう。できるか、マックス」

「はい。既に準備を整えていましたから」

レイモンドは軽く頷いた。


   ◆◆◆


話し合いの最中は、レイモンドはいつもの彼と相違なかった。アイリーンを讃えるような言い回しは影を潜め、マリナやアリッサを酷評することもない。

「ねえ、マリナちゃん」

「なあに」

「レイ様、治ったのかな?」

「どうかしらね。普通に見えるけど」

ひそひそと相談していると、

「……アリッサ」

「はぃいっ!」

不意にレイモンドに呼びかけられた。アリッサは声が裏返ってしまった。

――うう、恥ずかしいよぉ……。

「後で確かめたいことがある。打ち合わせが終わったら、残ってくれないか。……帰り道が分からなくなるというなら、俺が送る。問題ないな?」

「は、はいっ!」


   ◆◆◆


同じ頃。

ジュリアは試験問題を前に、猛烈に感動していた。

――すごい、すごいわ、グロリア先輩!

心の中でグロリアを大絶賛しているのは、数学のヤマが完璧に当たったからである。


ジュリアとアレックスに、バイロンとの密会を見られたグロリアは、毎日放課後に二人を相手に勉強を教えていた。同級生から情報を集め、数学の追試は期末試験の本試験を数値だけ変えた内容だと分かった。そこで、二人には期末試験の問題を完璧に理解させたのだ。解き方、公式の意味、論理式の意味などなど。ジュリアは問題を解きながら、未だかつて感じたことのない手ごたえを感じていた。


片や、アレックスは沈んでいた。

グロリア先輩が説明してくれた時の表情や仕草、凛々しく艶っぽい独特の声を思い出したが、肝心の解き方が全く頭に浮かばない。隣の席のジュリアが、鼻歌を歌い出しそうな勢いですらすらとペンを走らせているのを見て、焦りばかりが募っていく。

「は、はぁぁぁああああ!やるっきゃねええええ!」

と気合を入れようといきなり絶叫し、試験監督をしていたフィービー先生に

「黙れ」

と魔法で黙らされた。

試験を受けている他の生徒達から失笑が聞こえ、アレックスは頭を抱えて机に伏せた。


   ◆◆◆


「キース、ちょっと来て」

「エミリーさん……」

机に座ったままエミリーを見つめるキースは、期待に瞳を潤ませていた。

「追試、明日よね?」

「はい。今日の教科は追試ではありませんから」

「なら、話をする時間はある……ここじゃ話せない。別の部屋で話したいの」

「分かりました」

キースは覚悟を決めた。……ように見えた。


後ろを振り返らずにエミリーは教室を出て、使っている生徒がいないことを確認して談話室に入った。男女二人きりなのを気にしてか、キースがドアを少しだけ開けておこうとする。

「いいから、閉めて」

「は、はあ……」

パタン。

視線を逸らしたキースがこちらを向いた時、エミリーは単刀直入に切り出した。

「昨日、あなたのお母様からドレスが届いたの」

「えっ……」

「紫色の」

「紫……」

「どういう意味?」

顎が外れそうなくらい、キースが口をあんぐり開けた。すぐに顔を元に戻し、眉根を寄せて

「エミリーさん、これには深いわけがありまして」

と低い声で言う。言いにくそうだ。


「……そう。じゃあ、さっさと話してくれる?」

「期末試験で僕が勝ったら、あなたに婚約を申し込むつもりでした」

「負けたわよね」

「はい。僕の負けです。銀雪祭では婚約者としてパートナーを組みたかったので、期末試験の前にドレスを注文していたのです」

折角作ったドレスが無駄になるから贈って寄越したのだろうか。

「母は、僕があなたに負けたと知らないのです」

「……ん?」

「エンウィ家では、僕がエミリーさんを婚約者にできたと思っているんです」

「……」

「……」ポッ。

――って、何頬染めてやがる!そんな重大なこと、どうしてはっきり親に言わないのよ!

エミリーは内心、思いっきりキレた。怒り狂う怪獣になって火を吹くレベルだ。しかし、無表情の顔には変化がない。


「さっさと訂正して。私達、婚約なんてしていないから」

マシューの耳に入ったら、王都が壊滅させられると分かっていないのだ。キースは薄く微笑みながら、

「もしかして、おじい様にも話してしまったかもしれません。……申し訳ありません、エミリーさん。ほとぼりが冷めるまで、婚約者のふりをしてもらえませんか?」

「無理」

「即答ですか」

「無理だから、きーちーんーと、家族に話して」

「そこをどうかひとつ」

「ダメだって言ってるでしょ」

その後しばらく言い合いを続けた。エミリーが先に口数が少なくなってくる。

「銀雪祭には魔導師団長も招かれているんです。おじい様の前だけでも、あのドレスを着て僕と踊っていただけませんか?」

「……」

疲れて黙り込んだエミリーを見て、是と取ったのか、キースは嬉しそうに瞳を細めた。


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