301 公爵令息は悶絶する
【レイモンド視点】
謹慎を言い渡されてから、俺は毎日寮の部屋で悶々としていた。
俺がいない間に、セドリックはアイリーンを独り占めしたいのだろう。こんなことに権力を使うなど、将来の為政者としての資質を疑う。
妖精が出てくる夢を見ると話したら、セドリックはそれが俺にとって大切な人なのだと言う。アイリーンとも違う謎の少女を追いかけて逃げられて、毎日歯がゆい思いで目覚める。
登校を再開する日の朝も、俺は目覚めて溜息をついた。
「……またか」
髪を掻き上げ、肩を落としてベッドに座る。手を伸ばしてサイドテーブルに置いた眼鏡を取ると、傍に置かれた小さい箱が目に入った。
――何だ、これは?
何が入っていたか思い出せないが、可愛らしい包装紙とリボンが、誰かへの贈り物であることを物語っている。
「銀雪祭の……?」
リボンを解いて丁寧に包みを開け、箱の中を覗いて
「……っ!?」
一瞬、ドキンと心臓が跳ねた。
台座から転がり落ちた銀髪の天使は優しく微笑んでいた。もがれた片翼が痛々しい。
――似ている……?誰に?
思い出そうとすると、頭の中に靄がかかったようになり、考え続けられなくなっていく。壊れた天使と夢の中の少女が重なって、次第にはっきりと輪郭を描いていくような気がする。それなのに、思考はそこで止まってしまう。
大事な記憶のように思えるのだが……思い出せない。
◆◆◆
寮を出ると、後から出たアレックス達に追い越された。
考え事をしていたせいだろうか、自分でも驚くほど歩みが遅かったようだ。いつもなら女子寮に行っている時間だが、謹慎した理由が理由なだけに、女子寮に寄るのはやめておくことにした。
「おはようございます、レイモンド様」
後ろから声をかけられた。振り返るとオレンジ色の髪の一年生が立っていた。
「……おはよう」
誰だったか……ああ、確か、名前はフローラだ。
彼女と俺の関係は……?やはり靄がかかって思い出せない。
「今日から登校ですよね」
「ああ。授業は予習をしているから問題はないが、生徒会の方が心配だな」
「レイモンド様なら大丈夫ですよ。……銀雪祭のパーティーは、皆楽しみにしているんです。パートナー探しも楽しみの一つで……」
「パートナーか……」
何だろう、何か引っかかる。
俺がダンスを申し込むのはアイリーンに決まっている。……本当に、そうか?
「レイモンド様にはパートナーがいらっしゃいますものね」
「……」
フローラの話しぶりでは、俺には決まったパートナーがいるらしい。それはアイリーンではないのか?黙り込んだ俺に愛想をつかしたのか、フローラは挨拶をして走り去っていった。
◆◆◆
「おはようございます。レイモンド様」
考えをブツブツ口に出しながら歩いていると、再び女子生徒から挨拶をされた。
「おはよ……」
挨拶をして振り返る。挨拶を返したことを俺は瞬時に後悔した。
――ハーリオン侯爵令嬢!
「……」
「今日は生徒会室にいらっしゃいますか?」
「……」
「パートナー探しの件で、セドリック様から何かお聞きになりました?」
「……」
マリナ・ハーリオンは次々と俺に質問を浴びせてくる。
面倒くさい女だ。アイリーンの声は可愛らしくて心地よいのに、何故かこの女の声は不快に感じる。後ろを歩いている二人は、俺に一言も話しかけない。
「何とか仰ったら?同じ生徒会副会長として情けなく思いますわ」
「君に話すことはない。話をしたいとも思わない」
「そうですか」
マリナは眉を上げて、高慢な態度を崩さなかった。
「あ、あのっ……!」
マリナの後ろから、妹の一人が飛び出してきた。
「銀雪祭のパーティーのことでっ……」
赤いダッフルコートに白地に薄緑の格子模様が入ったマフラーをした少女は、何故か俺の胸を騒がせた。姉と同じ銀髪なのに、どこか置物の天使を髣髴とさせる。
――アリッサ・ハーリオン。
裏から手を回して、ことあるごとにアイリーンをいじめている元凶だ。階段から彼女を突き落とし、自分も転落してアイリーンに罪を着せようとした。……それから、……他に何があったか思い出せないな。
「パーティー、だと?」
「レイさ……レイモンド様は、パートナーを決めたのですか?」
紫色の大きな瞳が、少し潤んでじっと俺を見つめる。
「嫌なのか……もしれませんけど……私は、あなたの婚約者です。パートナーとして……」
「断る」
短く返事をすると、彼女は表情を硬くして息を呑んだ。
「……そ、そうです、よね……」
「婚約解消の話はまだ君に伝わっていないのか?聞いていても知らないふりを決め込んでいるのか。返事を先延ばしにしても、俺の結論は変わらないが」
アリッサは俯いて震えていた。背中を撫でた妹が恐ろしい顔で俺を睨んだ。
「レイモンド・オードファン。私、やっぱり、あんたのこと嫌い」
黒いローブの袖から何か光るものを取り出した。
――刃物か?
カシャン。
いきなり手を引かれ、手首に腕輪をはめられた。
「何をするんだ!……うっ、あ、頭がっ!」
激しい頭痛に膝を折り悶絶する俺を涼しい瞳で見下ろし、エミリー・ハーリオンは口の端を歪めて笑った。




