300 悪役令嬢と泣き上戸
セドリックからの贈り物に続き、四姉妹の部屋には赤いドレスが届いた。肩口から斜めにウエストまで流れた大ぶりの二段フリルは上が赤で下が黒、たっぷりとドレープができているフレアスカートにところどころに黒と金がポイントとして入っている。
「いいねー。ゴージャスって感じ!」
「悪趣味……」
満足してうんうんと頷くジュリアに、エミリーが苦言を呈する。
「何でよ?いいじゃんか」
「お母様がアレックス君のお母様と話し合って決めたって書いてあるよ?」
「あの二人、なんだかんだで仲良しだからなー。私のがこういうドレスってことは、アレックスは黒かな」
「赤髪で赤い服……プッ」
「あ、エミリー、今笑ったでしょ?」
「……笑ってない」
「もう一つ、ドレスが届いております。……エミリー様あての」
「私?」
「はい。こちらもマリナ様、ジュリア様のドレスを仕立てたお店と同じですね」
「お母様から?」
「いいえ、こちらにお手紙がついておりました」
リリーから奪うようにして、エミリーは封筒から便箋を取り出し、
「……はあ?」
と紫の目を見開いた。
「誰からなの?」
「キース。……正しくは、エンウィ伯爵夫人」
「キースのお母様から?」
「エミリーちゃん、キース君のお母様に会ったことがあるの?」
「まさか。社交の場でもお会いしたことはないはず……何で、今?」
四姉妹は一様に、うーんと首を捻った。
「期末試験でエミリーに勝ったら婚約を申し込むんだったっけ?」
「でも、キース君は……」
「キースは赤点もあったもの、エミリーの大勝利だったでしょう?」
「うん。この頃はクラスでも話しかけてこないし、かなり気まずいんだけど。なのに、ドレス贈ってくる?」
「別にいんじゃね?ありがたくもらっとけば。エミリーが好きな紫のドレスだよ」
「ジュリアちゃん、適当すぎ。ドレスを贈るってのはね、余程親密じゃないと……」
「色が問題よね」
マリナが腕組みして呟く。三人ははっとして顔を見合わせた。
「キース君の髪の色……?独占欲丸出しね」
「これ着たら、エミリーがキースの彼女確定ってこと?まずいね、魔王降臨するよ」
「魔王はパーティーに出ないわ。出たとしてもエミリーとは踊れないでしょう。結局キースにパートナーを頼むしかないのよ」
「えー?他にもいるじゃん、えっと……ほら、三年生の変な先輩」
「スタンリー?」
「あの人、素材はよさそうなんだから、綺麗に着飾ればかなりいけると思うよ」
「隠れイケメンよね」
「……絶対嫌。手汗とか気持ち悪い」
エミリーがダンスのパートナーを頼めるのは、キースくらいなものだという結論に達し、
「明日、キースに直接聞いてみるしかないんじゃない?」
というジュリアの一言で会議は終了した。
◆◆◆
男子寮の一室。
アレックスが数学の教科書を眺めて頬杖をついていると、ノックの音がしてエレノアが
「お客様がお見えです」
とぶっきらぼうに言った。
「レナードが来たの?」
「はい」
エレノアはレナード本人には恨みはないが、彼の兄達には散々仕事を邪魔されてきただけに、他の来客に比べて格段に扱いが悪い。アレックスに伝える時の表情も嫌そうだ。
レナードは居間で勝手に寛いでいた。二人は何度か行き来しているうちに、互いの部屋で寛ぐようになっていた。見ればテーブルの上に瓶が置かれている。
「アレックス、これ、うまいからやるよ」
「何だ?……果実水か。もらっていいのか?」
「そ。兄貴が魔獣退治に行ってさ、近くの果樹園が助かったありがとうってんで、たくさんもらってきたんだ」
「そうか。ありがとう」
瓶を手に取ってまじまじと見る。実家では見たことがない銘柄だ。
「飲んだことないだろ?珍しい果物を使ってるんだよ。俺も飲んでみたけど、しつこくなくてさっぱりした味だ」
「いいな、どれ……エレノア、これをグラスに。冷やさなくていいから」
しばらくして、水魔法で冷やした果実水をグラスに入れ、エレノアが渋い顔で持ってきた。中には氷が浮かんでいる。
「氷?外で冷やしたの?」
「いいえ。魔法です」
レナードの問いかけには必要最低限の返事しかしない。
「エレノアは魔法が使えるんだよ。俺、全然魔法はダメだからさ。……乾杯しよう」
「うん。何に乾杯する?『俺達の友情に』とか言うなよ、アレックス。吹くから」
「そうだな。……とりあえず、明日の追試の成功を祈って!」
「成功って……まあ、いいか。乾杯!」
「乾杯!」
一口飲むと、アレックスは残りを一気に流し込んだ。
「っはー。すげえ美味い!エレノア、瓶持ってきて」
「……よろしいんですか?夜中にトイレに行っても知りませんよ?」
エレノアの忠告にレナードが大笑いして、気をよくしたアレックスは二杯目をグラスに注いだ。
◆◆◆
「おはよー、アレックス。レナードも。……あれ、二人とも顔色悪いよ?」
「……ジュリア、おはよう」
「ジュリアちゃん、今朝も眩しいくらい元気だね」
「二人はどうしたの?病気?」
レナードに肩を貸してもらっているアレックスは顔色が黒っぽい。元々日焼けしているから顔色が悪くなると黒っぽくなるのだ。レナードも青ざめている。
「昨日、二人で果実水を飲んだんだ。……まさかあれが酒だったなんて」
「俺も油断したよ。変わった味の果物だと聞かされていたから、こういうもんかなって飲んだら、果実水じゃなく果実酒だったんだ。しかも結構強い奴でさ。アレックスが先に三杯飲んでふらふらしてきて気づいて、俺は一杯でやめたよ」
「ちょっと、大丈夫なの?私達、午後は追試なんだよ?」
「分かってる……」
「グロリア先輩に教わっといて補習なんて、絶対ダメなんだからね」
弱っているアレックスに肩を貸す。身長差があってうまく支えられない。苦笑いして彼の方を見ると目が合った。
――ずっと見てたの?
「ジュリア……ありがとう。優しいな。……俺、お前がいて、よかっ……ぐすっ」
「泣くな、アレックス。……ごめんね、ジュリアちゃん。こいつ昨日から泣き上戸でさ」
唇を噛みしめ、涙と鼻水を流すアレックスを横目で見て、ジュリアは午後の試験に不安を覚えた。




