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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 9 王太子の誕生日
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294 悪役令嬢と進む時計

死んだように眠るマリナに手をかざし、探索魔法をかけたステファニーは、胸の辺りで手を止めて眉間に皺を寄せた。

「……ここね」

「魔法弾のような何かが通ったらしい」

「見た目には貫通していても、魔力はまだここに残っているわ。残っているどころか、かなりの勢いで広がってきてる。……リック、時限と安息の魔法を組み合わせて使う理由は何か分かる?」

「時限……安息……王が不治の病に冒された時にかけるあれか?」

「私も他に思い当たらないわ。術式が秘されている禁忌の魔法を使う者がいるなんて」

「先生、時限と安息って、何なんですか?マリナはどうなるんですか?」

エミリーがベッドに近寄ろうとすると、リチャードが腕を出して彼女を止めた。

「調べているところだから、近寄らないで。大人しく待っているんだエミリー」


「でも……」

「時限、安息……本当にマリナの中に?」

「魔法弾の核にあたる魔法が体内に残っているの。細かくなって広がっちゃって取り除けないのよ」

ステファニーはがっくりと肩を落とした。治癒魔導士の能力の限界だ。

「不治の病にかかって、余命何か月と言われた魔導士が編み出した危険な魔法だ。別名、『命の時計』。発動条件は定かではないが、何らかの条件を満たした時、魔法にかけられた者の命を縮める」

「命を、……縮める?」

ドクン。

エミリーの心臓が大きな音を立てた。

生まれた時から一緒に過ごしてきた姉が、自分より先に、ずっと先に死ぬ?考えただけで口の中がカラカラに乾いてきた。息を吸うと喉が変な音を立てた。


「最期は安息の魔法で、眠るように死ぬらしい。『命の時計』の術式を組んだ魔導士は、恋人の腕の中で死にたいと、彼女と過ごす時間は命の時間を十倍進めるようにしたそうだよ。つまり、マリナの中の命の時計が進むんだ」

リチャードの声は暗かった。歴史上の魔導士が編み出した術式を研究している彼にとって、伝説級の魔法を悪用する人間は許せない。ましてや、可愛い教え子が被害に遭ったのだ。

「無効化できないのか?光魔法なら、俺の闇魔法で……」

「やめておけ、マシュー。件の魔導士は闇が主属性で、自分で魔法を無効化しないために、わざと複雑な術式を組み、他の魔導士にかけてもらったとか。下手に無効化しようとすれば、罠が発動するぞ」

「何てことだ……」

「命の時計が進む条件を見極めよう。しばらく王宮に留まって、ステファニーが様子を見る。王宮から出ると発動するようなら出られないだろうし、すぐに帰るのは危険だ」

「マリナが……死ぬ?」

「エミリー?」

「……嫌だ。マリナが、私達よりずっと先に死ぬなんて、嫌だ」

無表情のエミリーの瞳から、ボロボロと大粒の涙が零れた。取り乱したエミリーをマシューが抱きしめた。


「犯人は王太子殿下を狙っていた。次期国王としてグランディアを治める殿下が、無闇に寿命を縮めるわけにはいかない。おそらく、犯人は殿下の命と引き換えに、何か要求をするつもりだったのだろうね。犯人にとって好ましくない状況に置かれた時、殿下の中の命の時計が進むようにすれば、殿下は行動を制限される。魔法を解いてやるからといって他の要求を飲ませることもできる。最悪の切り札だ」

「殿下を脅迫するためにか……何か思い当たる話があるのか、兄さん」

「王女様には王位継承権がないから、セドリック殿下は常に狙われているんだ。実は、過去にも毒を盛られたり、魔法石による罠にかかったり……一度や二度ではないんだよ。王宮に勤める宮廷魔導士以外には秘密にされていることだから、マリナも知らないだろうけれど。それにしても、今回は堂々と狙ってきたんだね。向こうも余程焦っていると見える。殿下の結婚が決まり、王位継承への道筋がはっきりしてきたせいもあるのかな。妃になるマリナがこんな目に遭うとは、皮肉なものだね」

術式を調べてくると言い残し、リチャードはマリナが眠る客用寝室を出て行った。


   ◆◆◆


マリナが凶弾に倒れた後も、セドリックはバルコニーから民衆に向かって四回挨拶をした。

――しっかり!頑張って、セドリック様!

瞳を閉じると、マリナの声が聞こえてくるような気がして、セドリックは気持ちを奮い立たせた。広場に集まった人々は、既に王太子の婚約者が魔法で撃たれたと知っているらしく、一様に心配そうな表情を浮かべていた。

「元気を出して!」

「セドリック殿下、頑張れ!」

「悪い奴になんか負けるな!」

「応援してるよ!」

一人が声を上げるとそこかしこから励ましの声が聞こえる。

「皆、……ありがとう!」

叫ぶように言い、頭を下げたセドリックの瞳から、ぽたりと雫が落ち、白いバルコニーの床に広がった。


六回目のスピーチを終えてバルコニーから戻ると、侍従が息せき切って走ってきた。何事かと訊ねると、彼は

「マリナ様が、マリ、ナ様が……お目覚めに、なら、れました!」

途切れ途切れに答えるのがやっとだった。

言い終わるのを待たずに、セドリックは客用寝室へと走り出した。


バン!

跳ね返るほど強くドアを開け、セドリックは中に飛び込んだ。

「マリナ!」

ベッドに横たわるマリナが、ビクンと身体を震わせ、傍についていたステファニーが顔色を変えた。

「来てはなりません!殿下!」

鋭い声でセドリックを牽制し、ステファニーはマリナの身体を摩った。顔色が青ざめ、苦しそうな息の中で、何かを言おうと唇を動かしている。

ステファニーから耳打ちされたリチャードが、読みかけの魔法書を持ったまま、部屋の入口で立ち止まったセドリックの傍へやってくる。そのまま彼の背中を押して廊下に出た。


「どういうことだ、リチャード。マリナは……」

「マリナは先ほど目覚めました。まだ起き上がることはできませんが……」

「僕が近寄ってはいけないのか?病気ではないのだから、見舞ってもいいだろう?」

「……大変申し上げにくいのですが」

リチャードは一度言葉を切り、セドリックの震える瞳を見つめた。

「マリナが受けた魔法は、ある条件下において寿命を縮める……消耗するものです」

「何だって!?」

「『命の時計』と呼ばれる、複雑な術式の魔法です。マシューでも無効化するのは難しいでしょう。ステファニーは、殿下が近づいた時にマリナの命の時計が急速に早まるのを感じたそうです。胸に残った魔法弾の核が魔力を発したと」


セドリックの顔から表情が消えた。

「……では、つまり……マリナの命を縮めるのは僕なのか?」

「はい。殿下のお傍にいれば必ず、マリナは死ぬでしょう」

「そんな……嘘だと言ってくれ」

「ご結婚されたとしても、三年持ちこたえるかどうかです。時間の消耗が二十倍以上で身体に負担が大きいとステファニーは言っていました」

無情に言い放ったリチャードは、瞳を閉じて王太子から顔を背けた。

「……そうか。ありがとう。……マリナを、見てやってくれ」

震える声にはっとして顔を向けると、セドリックが早足で廊下の端に消えて行くのが見えた。


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