293 接触
【レナード視点】
明日は祝日で授業は休みだ。練習相手になりそうなアレックスもジュリアも、追試のために勉強をすると言っている。先輩達の相手は本気を出して倒せば逆鱗に触れる。疲れるし、できれば何もしたくない。
自室でベッドに横になり、塗装の禿げた天井を見上げていると、ドアをノックする音がした。寮の管理をしている従僕が、俺宛の手紙を持ってきたのだ。手紙を寄越すのは父以外にいないだろうと思って差出人を見れば、案の定。急いでいたのか字が乱れている。
封筒を開け、中の手紙を取り出す。父の字で書かれた便箋の他に、もう一枚見慣れない筆跡の手紙が入っていた。父の手紙には、同封した手紙にある指示に従うようにとだけ書かれている。何のことだかさっぱりだ。
◆◆◆
翌日。
寮を出る際に、実家から至急の用件で呼び出されたと嘘をつき、俺は急ぎ足で街へ向かった。行先は勿論、実家のネオブリー邸ではない。手紙にあった地図の場所、商店が立ち並ぶ通りの細い路地に入ると、後ろから不意に肩を叩かれた。
「レナード・ネオブリーか」
「……そうだ。誰だ、あんた?」
横柄な態度を取られて癪に障る。睨み付けるように振り向くと、見たことがない初老の男が立っている。身なりからすると平民には見えない。
「あの方からの伝言だ。剣技科の試験に合格し、帯剣を許される剣士になれ」
「剣士に?言われなくてもなるつもりだ」
「よろしい。次の伝言は剣士になったら話す」
「またここに来ればいいのか」
「場所は追って連絡する」
初老の男は苦虫を噛み潰したように表情を変えず、マントを翻して俺の横をすり抜け、人通りの多い大通りへと消えた。
俺が剣士になることが、何か重要なのだろうかと考える。
手紙には何一つ書かれていなかったが、父が接触した人物は某侯爵家と繋がっており、実質家を継がせる次女の婿に騎士を望んでいるのなら、前段階として剣士になれなければ話はそこで終わりということだ。剣士の試験に合格し、帯剣を許されてさらに訓練を積む。王立学院を卒業する時には剣士でしかないが、剣士の資格があればすぐに騎士の試験を受けられる。剣士の資格は卒業までに取得できればいいと思っていたが、これは本腰を入れて取り組まないといけないだろう。
――仕方ない。三年生と練習をするか。
王立学院へと歩き出した時、王宮の方から人々が大勢歩いてくるのが見えた。皆顔色が悪い。何かが起こったらしく、表情が強張っている。
「何かあったんですか?」
答えてくれそうな中年女性に声をかける。
「大変なことになったよ。王太子様が狙われて」
「えっ!?殿下の怪我は?」
「殿下はご無事だよ。婚約者が庇ったからね。問題は彼女……婚約者の女の子の方さ。何か、魔法に当たって倒れて。そこでお出ましはおしまいさね」
セドリック王太子の彼女と言えば、間違いなくマリナ・ハーリオンだろう。彼女が魔法に当たって倒れたなら、殿下は彼女を心配してお出ましをやめるに違いない。
「皆の前で婚約者を紹介した時、殿下は本当に幸せそうだったんだ。なのに……酷い奴がいるもんだねえ」
◆◆◆
その夜、セドリック殿下は寮に戻らなかった。
食事の前に廊下で、アレックスが剣技科の連中と騒いでいた。話を聞くと、明日からグロリアに勉強を教えてもらうらしい。
「羨ましいぞ、お前!」
「俺も一緒に仲間に入れろ!」
剣技科の連中はグロリアを女神か何かのように慕っているから、アレックスとジュリアがグロリアを独占するのが面白くないらしい。
「俺達が気に入られたんだからいいだろ」
「ずるい、アレックス。ジュリアとグロリア先輩を独り占めなんて」
「一人寄越せよ」
「何言ってんだよ!勉強だぞ、勉強」
実のところ俺も少し面白くなかった。グロリアは同席するが、アレックスとジュリアは毎日一緒の時間を過ごすのだ。追試が終わって補習になっても、二人は常に一緒なのだ。
「アレックス、俺も勉強会に入れてくれよ」
「レナードは追試じゃないだろ」
「勉強会が終わったら、すぐに三人で練習場に行けるように待機しとくの。たまにはグロリアと話したいし、いいだろ?」
首の後ろから腕を回し肩を組む。仲の良さを他の生徒に見せつけるように。
「……仕方ねえ。先輩がいいって言ったらだからな」
「やった!これで休める」
「休む?」
「俺が毎日剣技科の先輩に追われてんの知ってるくせに。実技試験の前の練習台だけじゃない。ダンスパートナー斡旋所も疲れるんだよ」
大袈裟に肩を竦めれば、アレックスは同情して俺の肩を三度叩いた。
「他人の世話ばかりで大変だよな。お前、パートナー決まってないんだろ?」
「ああ」
俺のダンスのパートナーは、ずっと前から決まっている。
――お前から奪ってやるから、まだなんだよ。
心の中で呟いてアレックスの肩から手を離し、笑顔の裏に真実を隠した。




