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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 9 王太子の誕生日
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292 悪役令嬢は群衆に埋もれる

王宮から見える広場に詰めかけた国民に混じって、マシューとエミリーは手を繋いで立っていた。

「もう少し前に行くか。見えないだろう」

「別に……いい」

エミリーにとっては、セドリックの演説などどうでもよく、マシューと手を繋いで一緒にいられることが嬉しかった。祝日ではあるが、学院の生徒は外出許可をもらわなければ街に出られない。二人がこうして並んで歩いていても、見咎められる心配がなかった。

「向こうから回れば、話が聞こえそうだな。行くぞ」

「行くの?」

「待ち合わせを忘れたわけではないと思うが、連絡くらい寄越してもいいだろう。前列で睨んでやろう」

ふっと笑ったマシューは、エミリーの手をコートのポケットに入れたまま歩き出した。


群衆をかき分けていくと、途中で足が止まった。これ以上進めないほど混み合っている。引き返すにも後ろから押されて戻れない。

「うっ……」

「大丈夫か?」

「ん……」

熱狂的な王室ファンに突き飛ばされ、転びそうになったエミリーはマシューに抱きとめられた。

「また押されたら大変だからな」

と彼は腕を緩めない。

――温かいから、いいか。

胸に頭を凭れさせると、マシューの息がかかり前髪が微かに揺れた。


「……エミリー、分かるか」

頭の上から緊迫した低い声が降ってくる。

「強い、気配がする……場所は、向こう?」

「ああ。発生源ははっきりしないな」

「これだけ人がいるんだもの。難しい」

「火傷したような、嫌な感触がする。……何をするつもりだ?」

自動車の排気ガスのような臭いがする。不快な魔力だった。マシューの魔力がミントの香りを放っていなければ、息ができないレベルだ。

「王太子を狙ってるのかも」

「たった一人の王子がいなくなれば、国は混乱するだろうな」


「皆、聞いてくれ!……僕の妃になるマリナ・ハーリオン嬢だ!」

バルコニーに立つセドリックが叫んだ。

――あーあ。こんなに大勢の前で発表されて。婚約破棄されたらダメージ大きすぎ。

どこから現れたのか、彼の隣に姉の姿が見える。エミリーは呆れてものが言えなかった。

「僕はマリナを愛している!」

――いい気になって手なんか振っちゃって……えっ!?

急に魔力の気配が濃くなり、マシューが前方に手を挙げた。

「……っ、間に合わない!」

人々の悲鳴が聞こえ、バルコニーに立っていたマリナの身体がぐらりと揺れて見えなくなった。

「マリナ!」

マシューの腕を掴み、エミリーは姉の元へと転移魔法を発動させた。


   ◆◆◆


王宮は魔法で結界が張ってある。宮廷魔導士は四属性持ちが最高であり、エミリーとマシューは彼らが張った結界をものともせずに中に入った。突然現れた二人に侍従達が驚き、兵士が駆け寄ろうとする。魔法の気配に気づいて走ってきたマシューの兄のリチャードが、弟に気づき兵士を呼び止めた。

「マリナ!目を開けてくれ!」

ぐったりしたマリナを抱きかかえ、セドリックは悲痛の叫びを上げている。真っ白な血の気のない顔、微かに紫色になった唇、閉じられた瞳は少しも動かない。

「見せてみろ」

「コーノック先生!?エミリーも……」

「何か、一点を狙う魔法が放たれたようだったが……」

「傷はなさそうね。ドレスにも穴はないわ」

「胸の辺りを魔法弾が貫通した衝撃で、一時的に意識を失っている可能性が高いな。部屋に運んで、治癒魔導士に全身を調べてもらおう。……兄さん、頼む」

リチャードは風魔法で治癒魔導士を呼びよせた。セドリックはマリナを自分で運ぶと言って、近くの客用寝室まで抱えて行った。


「……僕が、マリナを皆に紹介したから……」

ベッドに横たえた後、彼は悔しそうに漏らした。青い瞳が潤み、形の良い唇が震えている。

「マリナは、僕を庇ったんだ……。僕が撃たれればよかったのに」

「本当にね」

エミリーは容赦なくセドリックを追い詰めた。

「マリナを群衆の前に出すから……こんなことになった。王太子が狙われたら、マリナなら絶対に命がけで守る。そんなことも分からないの?」

「殿下を狙った連中は取り押さえられなかったらしい。俺も、群衆に紛れて犯人は分からなかった。魔法の波動から、俺やエミリーの知らない人間だ。また殿下やマリナの前に現れかねない」

「……そう、か……」

ベッドの前で椅子に腰かけたセドリックは、はらはらと美しい頬に涙を零した。

「僕が王太子として相応しくないと思っている貴族もいる。国民にも少なからずいるだろうね。僕の傍にいれば、マリナはまた僕を庇って傷つくかもしれない。傷つけられなくても、魔法を浴びて苦しい思いをするかもしれない。……そんなのは、耐えられないよ」


唇を噛み、セドリックはすっくと立ち上がった。大股でベッドの傍に行き、しばらくマリナの寝顔を見つめた後、シーツに広がる銀髪をそっと掬い取り頭を撫でた。

「ありがとう、マリナ。……大好きだよ」

マリナにだけ聞こえる声で囁き、額に触れるキスを落とす。

振り返ってマシューに軽く礼をすると、入れ替わりで入ってきたリチャードとステファニーに

「彼女を、頼む」

と言い置いて部屋を出て行った。


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