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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 9 王太子の誕生日
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291 悪役令嬢は群衆の声を聴く

「王太子は?マリナはどうした」

「……知らない。待ってるけど、来ない」

「そうか」

護衛の話が狂言だと思われるのではないかと思い、エミリーは彼らが早く来るのを祈っていた。

「王宮の前に集まった奴らに手を振らなきゃないんだろう?簡単には外出できないのかもな」

「うん」

「迎えに行ってみるか?」

王宮までは一本道だ。馬車で出てくるとしても、この道を真っ直ぐ行けば途中で会う確率が高い。エミリーは小さく頷いた。マシューは黒い皮の手袋を片方外し、エミリーの前に手を差し出した。

「はぐれるといけないからな」

「あ……うん……」

そっと白い掌を重ねる。大きな骨ばった手に包まれ、彼のコートのポケットに入れられた。

「こうすれば、温かいだろう?」

「……」

どことなく慣れた感じがして、彼が昔の彼女と過ごしてきた時間を恨めしく思う。エミリーは前世でも現世でも、マシューが初めての彼氏なのに。


「どうした?寒いのか?」

「ううん。大丈夫」

「その……何か、気になることがあるなら言ってくれ。俺はこういうことに慣れていないから」

――嘘。なんだかんだで慣れてるじゃない。

「どうしたらいいのか途方に暮れて、ロンに全面協力してもらったんだ。服だって、黒いローブしか持ってなかった。とにかくお前に恥をかかせたくなくて……」

「デートに慣れてる」

「慣れてなんかない」

「手。ポケットに入れてる」

「これは、こうしたほうが温かいからって、ロンが」

全部ロン先生の入れ知恵なのか。

自嘲するマシューは、エミリーを見つめて情けなく眉を下げ、

「魔法の研究にしか興味がなかった俺が、唯一魔法以外で惹かれたのはお前だ。お前の前で格好をつけたかったんだ」

と真相を暴露した。


「マシュー……」

「フッ……似合わないだろう?俺が赤や白を着ているなんて」

「……普通にカッコいいけど?」

首を傾げて褒めると、マシューは驚いて三歩後ろに下がった。手を繋いだままで、エミリーも引きずられる。

「な……」

「普通に、って言うか、……かなり、すごくカッコいい」

「……っ。あ、そうか?」

「何回も言わせたいの?」

「お前もすごく、可愛いぞ」

「……!!」

二人でぎこちなく褒め殺しあいながら、王宮へ向かって歩いていく。同じように王宮へ向かう人々は、口々に王太子の誕生日を祝っている。通りすがりの子供がマシューとエミリーを指さして、

「お母さん、あの二人デキてるよね」

と聞こえる声で言った。

「こら、そういう言い方はやめなさい」

「だって、さっきからイチャイチャしてる。そのうちチューするんじゃない?」

「こら、ダメよ、指は……」

親子が揉めているのを横目に、マシューが耳元に囁いてきた。

「……期待に応えてやってもいいぞ。ああ、腕輪が見えているな」

――ここでキスする気?

「冗談はよして」

どうやら冗談だったのか、マシューは軽く笑うとエミリーの肩を叩いた。

「……ついたぞ。あの門をくぐると、王宮のバルコニーが見える広場だ」

白い冬の日差しに目を眇め、エミリーは向こうに聳える城を見つめた。


   ◆◆◆


白い外壁からせり出したバルコニーは、王が重大発表をしたり、誕生日のような祝い事の日に民衆に姿を見せたりする、一種のステージのようなものだ。眼下に広がる広場を一望し、セドリックは大きく息を吸い込んだ。

「皆ありがとう!私の誕生日を祝ってくれて」

魔導士の風魔法で声を大きく響かせることもできるが、セドリックは敢えて地声で群衆に呼びかけた。平民は王太子と直接会話をすることがない。直接語りかけられて、広場に集まった人々は大歓声を上げた。


セドリックの後姿を眺めて、マリナは室内の椅子に身体を預けていた。

一回目のスピーチをうまくできず、二回目も自信がないから見守っていてほしいとセドリックに頼まれ、マリナはこの場にいた。


母に詰問されたものの、マリナは自分に非がないと改めて主張し、侯爵夫人は国王夫妻と話し合いを持った。話し合いと言うより、国王夫妻が脅されていたという噂がある。

――敵に回したら恐ろしいわね、お母様は。

ハーリオン侯爵夫人ソフィアは、元王太子妃候補、つまり現国王の元カノである。幼馴染からとりあえず婚約したらしく、当時から力関係はソフィアの方が上だった。王妃とは王立学院時代からの親友であり、年下でもしっかりしているソフィアを王妃は信頼しているのだ。三人の話し合いの結果、今日のところは特例でセドリックと一緒に過ごしても構わないが、明日からは二人きりで会わないようにと釘を刺された。必ず侍従や友人を同席させるようにとのことである。


「僕は……」

話し方が変わり、一人称がいつの間にか『私』から『僕』になっている。口ごもったセドリックはちらちらとマリナの方を見た。

マリナはバルコニーの下から見えないように身体を屈めて近づくと、

「しっかり!頑張ってセドリック様」

とアドバイスもないまま励ました。スピーチを始める前に、掌に「人」と書いて飲み込ませたのに、彼は口をパクパクさせて言葉を探している。

「次は今後の抱負では?」

「……うん」

頷いたセドリックは、屈んでいるマリナの腰に手を回すと、力一杯引いて立たせた。

「見えてしまいますわ」

「いいんだよ」

小声で抗議するも、彼は余裕の表情を崩さない。

「皆、聞いてくれ!」

「ちょ、セドリック様!?」

よろけて彼の胸に縋る。

「僕の妃になるマリナ・ハーリオン嬢だ!」

ざわざわと群衆が騒ぎ出した。マリナはすぐに部屋の中に引っ込もうとするが、セドリックは強い力でマリナをほぼ横抱きにしている。

「放してください、セドリック様」

にこ。

セドリックが不敵な微笑を浮かべた。

――あ、嫌な予感。

「僕はマリナを愛している!」

わああああああ!と歓声が一際大きくなった。

――恥ずかしい。恥ずかしすぎる。……でも、嬉しい。

マリナの中では、胸のときめきが羞恥心に僅差で勝ち、自分への愛を叫んでいるセドリックをこの上なく愛しく感じた。


「……マリナ、皆に手を振って?」

促されて彼の隣に立ち、苦笑いを浮かべながら白い手を持ち上げた時だった。

シュッ!

空を斬る音がして、何かがセドリック目がけて飛んできた。

「危ない!」

咄嗟にかばったマリナの背中に、鋭い痛みが突き抜けた。


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