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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 9 王太子の誕生日
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290 悪役令嬢は初デートに挑む

王都のほぼ中央に王宮があり、そこから南に真っ直ぐ大通りが伸びている。市街地を囲む城壁までは石畳の整備された道は、西側の市場と東側の工場地帯を結ぶ道路と交差し、その交差点の中央には初代国王の像が置かれた小さい公園がある。待ち合わせと言えば『王様の下で』と言うほど、王都では有名なランドマークだ。

「王様に九時って言ったのに……」

近くの時計塔を眺めて、エミリーは手に持ったバッグをぎゅっと抱きしめた。待ち合わせの時刻はかなり前に過ぎている。マリナが王太子を連れて来ることになっているが、それらしい馬車も人影もない。マシューもどこにいるのか姿が見えない。

――すっぽかされたのかな。

初代国王像の前までは、学院の部屋から転移魔法で移動してきた。マシューも同じように魔法を使うだろう。八時半からずっと立っているが、彼の魔法の気配はしなかった。

「はあ……」

時間に正確なマリナも来ないとなると、何かあったのだろうかと不安になる。普段から外出しないエミリーには、銅像の前で立っているのも苦痛だった。駿馬に跨り堂々と胸を張る初代国王を見上げて、一つ溜息をつくと、エミリーは転移魔法を発動させようとした。


「あれ……?」

一瞬白い光が見えたと思ったが、気のせいだったのだろうか。もう一度無詠唱で魔法を発動させると、すぐに消えた。

「何で?」

「……帰るのか?」

後ろから聞こえた低い声に、エミリーはびくりと身体を震わせた。ふわりとスカートを翻して振り向くと、明るい茶色のコートを着たマシューが立っていた。ミルクたっぷりのコーヒーのような色の服は、真っ黒なローブばかり着ている彼のイメージとは真逆だ。首に巻かれた白いマフラーも、落ち着いた赤のパンツも、エミリーにとっては意外だった。黒髪が後ろで緩く束ねられ、アイボリーと金と茶の糸でできた組紐が結ばれている。

「……」

遅い、と詰ってやろうと思ったが、私服姿に目を奪われ、ただ絶句して見つめてしまう。

「お前の魔法の気配がしたから回ってくれば、帰ろうとしているなんてな」

「か、……帰らないよ。マシュー、来るの遅すぎ」

「像の反対側にいたらしい。どちら側で待つか、打ち合わせればよかったな」

マシューは決してエミリーを批判しない。精一杯お洒落したエミリーを目を細めて見ている。

「……何」

「いや……。……いな」

「え?」

「可愛いな」

「!!!」

真っ赤になって俯いた……つもりだったが、エミリーの表情が変わったのに気づいたのはマシューだけだった。


   ◆◆◆


女子寮の玄関から走り出たジュリアは、肩に通学かばんを引っかけて男子寮へと向かった。

少し歩くとすぐに、こちらに手を振る人物がいる。

「おーい、ジュリア」

「おはよー、アレックス。女子寮に来ないから迎えに来たよ」

女子寮の方が校舎にやや近い。アレックスが女子寮の前でジュリアと合流し、校舎に行くのが最も効率的なのだが、今日はアレックスの出発が遅かった。

「ごめん。出がけにキースも誘ったんだけどさ、あいつ最近部屋から出ねえの」

「風邪でも引いた?」

「試験の結果が悪かったのが、よっぽどこたえたんだな。俺なんか全然気にならなかったぞ」

「少しは気にしたら?追試の数は同じだけど、アレックスは三つとも点数一桁でしょ」

「う……。いいんだよ、今日頑張って勉強するからさ」

任せろと胸を叩いた恋人兼親友兼幼馴染に、ジュリアは言いようのない不安を覚えた。


「教室で勉強するのか?誰もいないだろ」

「図書室はどうかな。問題集も置いてあるし。もしかすると、他に勉強してる人がいて、試験に出そうなところを教えてくれるかもよ」

「お、そりゃいいな。覚えるのが少なくて済む」

初めから全部覚える気がない二人である。試験対策はヤマをかけるしかなかった。


勉強している生徒がいたら集中力を削いでしまうので、そっとドアを開けて図書室に入った。窓から低い太陽が見え、冬の日差しが机を照らしている。周りを見ると生徒の姿は見あたらない。

「誰もいないのか」

「そうみたい。奥の机で勉強しよう?」

「眠くなりそうだな」

「最初から寝る気満々なの?仕方ないな、飽きたら練習場に行こう?」

「お前こそ、剣の練習以外やる気ないんだろ」

「バレた?」

小声で話しながら窓辺の席へと進む。座り心地のよい一人掛けの椅子は、瞬く間に眠りに誘ってきそうだ。

「どれから始める?数学でいい?」

「ああ。どれでも同じだよ。どこが分かんねえのか自分でも分かんねえし」

頭を抱えて机に伏せたアレックスの脳天を教科書でぺしっと叩き、

「ほら、早く起きて。起きないと……」

と言いかけて、ドアの方から誰かが歩いてくる足音に気づいた。


「もう、耐えられないんです!」

「言ったはずだ。君はあの好色爺の言いなりになる必要はなくなったんだ」

「感謝は……しています。借金のカタに慰み者にされるところを救ってくださったのですから。ですが、私は……」

話をしているのは一組の男女だ。ジュリアとアレックスは、目を見合わせて黙り込んだ。聞き耳を立てると二人は何やら揉めているようだった。

「君が私の奴隷になることはないんだ」

「奴隷だなんて!……私は、……何も持っていないんです。この身体の他には」

「……やめなさい」

「私があの男に『味見』をされたから、穢れているから嫌なのですか?」

「君は穢れてなどいない」

「それなら何故、触れてくれないの?」

女の声が涙声になった。ジュリアはそっと椅子を引いて立ち上がり、書棚に置かれた本の隙間から向こう側を見た。棚には背板がなく、二人の様子が見えると思ったのだ。アレックスも同様にしてジュリアの隣に立った。

――ええっ!?

どこかで聞いたことがある声だと思ってはいたが、まさか。

「嘘だろ……」

アレックスは顎が外れそうなほど驚いている。それもそのはず、目の前で抱き合っている二人は、バイロン先生と三年生のグロリアだった。


   ◆◆◆


王太子がマリナの泊まった部屋に夜這いした事実は王と王妃に伝えられ、噂好きの女官長とその部下達から、瞬く間に王宮中に広まった。

国王夫妻は即刻私室にセドリックを呼びつけ、未婚の令嬢を傷物にした彼の振る舞いを咎め、小一時間に渡って反省を促すよう語って聞かせたが、

「これでマリナは僕の妃になると決まりましたね」

と反省どころか喜んでいる始末だ。遠方にいるハーリオン侯爵にも魔法便で連絡が行き、侯爵夫人は着のみ着のままで王宮に駆け付けた。


セドリックがバルコニーで一回目の『おでまし』をしている間、マリナは母と部屋に籠められていた。目の前で般若のようになっている母を躱して出かけられるはずもなく、街に行けなくなったとエミリーに伝えたいが、手段が何もないのが現状である。

「……マリナ」

ビクッ!

マリナは雷に打たれたように背筋を伸ばした。

「はい」

「どういうことなのか、あなたの口から教えて頂戴」

「はい……」

震える唇に喝を入れて、マリナは母を見つめた。


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