289 悪役令嬢は可憐に着飾る
「うわあ、エミリーちゃん、可愛いぃぃぃぃぃ!」
アリッサが頬に掌を当てて絶叫した。
俯いたエミリーは何も言わず、代わりにジュリアが
「でしょでしょ、エミリー可愛いってよ」
と返事をする。
マリナのいない祝日の朝。
女子寮のハーリオン四姉妹の部屋は、人生初デートに行くエミリーを応援するべく、全員一丸となって異様な雰囲気で盛り上がっていた。
「エミリーは色白だから、薄い色が似合うねえ」
ジュリアは盛んと褒めそやす。自分もアリッサも、エミリーと同じ肌の色のはずだが、外で練習をしているせいか、ジュリアは他の三人より肌が少し浅黒い。対してエミリーは、出不精な上にフードつきのローブを着て重く髪を垂らしていて、日焼けしない生活なので人形のように色白だった。
「ワインカラーもお似合いだとは思ったのですけれど、エミリー様の繊細な美しさを引き立てるお色はこれだと思いましたので」
リリーが自分の見立てを自慢する。薄紫色のスカートに、それより少し濃い色の上着は、一見すると一つのドレスのようだ。細かい花柄をあしらった編み目の白いショールは、縁がフリルになっていて、派手すぎないが地味になりすぎるのを抑えてくれている。上着と同色の帽子はつばが広く、日焼けを嫌うエミリーの顔に影を落としてくれる。
「エミリーちゃん、紫好きだもんね」
「うん。黒の次に、好き」
「黒かあ。全身真っ黒じゃ、ゴスロリになっちゃうもんね」
「ジュリア様、ゴス……何ですか?」
リリーが食いついてきて、ジュリアは適当に誤魔化した。
「あ、こっちの話。真っ黒のドレスはないよね、って」
「そうですね。喪服でも最近は真っ黒は流行りません。多少色味のあるものが売れているそうです」
「デートに喪服はねえ。マシューだって黒ずくめってことはないでしょ?」
黒いローブ姿の彼しか思い浮かばなかったが、エミリーは皆に激励されて女子寮を後にした。
◆◆◆
遠くで鳥の囁きが聞こえる。
木漏れ日が大きな窓から入り、マリナの銀髪を撫でていく。
「ん……まぶし……」
紫色の瞳を何度か瞬かせ、微睡の中からゆっくりと覚醒すると、見覚えのないベッドに寝ている。ここはどこ?と自問自答し、王宮の一室だと理解するのに時間はかからなかった。女子寮で目覚めた時には感じたことのない重みが、マリナの上半身にかかっていたからだ。
軽い羽毛の寝具の下には毛布があり、自由になる右手で肌蹴させると、胸の上に腕が乗っている。日差しが入る窓とは反対側をおそるおそる窺う。
――信じられない。
マリナは絶叫したくなった。
きらきらと輝く金髪は朝の光を浴びて蜂蜜色、同じ色の長い睫毛が僅かに動いたかと思うと、悩ましい吐息が聞こえてくる。
「……起き……た?……マリナ」
「ええ、とっくに」
セドリックはマリナの上に置いていた腕に力を込めると、身体を密着させてきた。肌触りの良いネグリジェは布地が薄く、左腕に当たる彼の胸板から体温が伝わってくる。
「僕の方が早起きするつもりだったんだよ?『おはよう、お寝坊さん。早く起きないとキスするぞ』って……」
「妄想は結構ですから、腕を退かしてください。というか、昨晩自室にお戻りになったのに、どうしてここに?」
「秘密」
秘密の通路か、とマリナは壁をチラ見する。城内には秘密の隠し通路が多くあり、王宮を遊び場にして育ったセドリックは、ありとあらゆる通路を知っているのだ。侍従が彼を部屋まで送り届け、侍女がマリナのいる『天使の間』に鍵をかけたところで効果はない。
「侍女が来る前に部屋に戻らなくてよろしいのですか?」
寝たまま向かい合って抱き合う形で、マリナはセドリックを説得しようと試みた。二人ともしっかり服を着ているし、記憶では昨晩何もなかったはずだが、誰かに見られたらお手付きの噂どころではすまない。妃候補であっても、結婚式が決まったわけでもない。未婚の令嬢のベッドに王子が潜りこんだのだ。相手が王子でなければ、父が激怒して殴りに行くレベルの話だ。
「……はあ、いいなあ。いつまでもこうしていたいよ……」
マリナの話を聞いていないセドリックは、うっとりしてマリナの銀髪を撫でている。頭頂部から首筋へ、首から背中へと手が滑る。髪を撫でられているのに、身体を触られているみたいだ。撫でられた場所が熱い。全身が心臓になった気がした。
不意にノックの音がした。
――誰か来る!
「マリナ様、起きていらっしゃいますか?」
ドアの外から侍女ではなく女官長の声がした。とてつもなく噂好きの彼女に見られたら、令嬢として終わりだ。お手付き確定。セドリック以外の妻にはなれない。彼のことは好きだが、婚約破棄されたらただの傷物令嬢である。
「セドリック様、隠れてください」
「うん?」
バサッ。
寝具で彼を隠す。うまくいったと思った矢先、
「ははっ、マリナ、息ができないよ。……お返し!」
毛布を被ったセドリックが、マリナに毛布を被せようと身体を起こした。
「で、殿下!何をなさっておいでです!」
女官長の悲鳴に似た声が響き、『天使の間』の天使達のようにセドリックと絡まり合ったマリナは、両親のお小言を覚悟したのだった。




