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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 9 王太子の誕生日
452/616

288 魔法科教師はスタイリストに教えを乞う

今晩2話目(日付変わって本日1話目)です。

【マシュー視点】


王太子の警護の名目で、エミリーと出かける約束をしてから、俺は完全に有頂天だった。


「……お願い。一緒に来て、マシュー」

「……あなたと街に行きたかったの」


エミリーの言葉と微かに恥らう表情を、何度も何度も頭の中で反芻しながら、三年生の魔法史の授業を終えた。卒業後の進路のことで頭がいっぱいで授業に身が入らない生徒達以上に、俺は授業に集中していなかった。

――まずいな。後でメーガン先生に叱られそうだ。

メーガン先生は俺が学生時代にお世話になった先生だ。思うだけで魔法が使える六属性持ちの俺に、根気よく魔法の発生する仕組みを教えてくれた。新しい魔法を生み出す式を書けるようにと。


「コーノック先生、顔がにやけていますよ」

案の定、職員室に帰るなり指摘された。剣技科の先生に肘でぐりぐりと脇腹を突かれる。

「何だ、彼女のことでも考えてたのか?」

「……気のせいです」

俺は魔法科で一番若手、校内でも一番若手の教師だ。冷やかされてもやり過ごすしかない。

「明日は祝日だからなあ。楽しみがあるんだろうさ」

「追試の試験問題でも作りますよ」

「はっ、つまんねえ休みだな」

数名に笑われ、俺は何も言わずに自席についた。


「……これは?」

机の上に花柄の紙に包まれた何かが置かれている。そっと開くと焼き菓子が入っていた。

「ああ、それね。さっき、受け持ちの生徒が置いて行ったよ」

「受け持ち……」

「魔法科の制服だったから、多分そうだろうと思ったんだ。名前は聞いていないな」

剣技科の先生は、すまんと言って頭を掻いた。

頭の中を占めていたエミリーの顔が浮かぶ。が、すぐに思い直した。エミリーは料理が趣味ではない。侯爵令嬢が自分で焼き菓子を作るだろうか。エミリーでないとすれば、一体誰が?

「……持ってきたのはエミリーだ」

低い声が囁いた。顔を上げるとバイロン先生が立っていた。

「魔法薬が練りこんである可能性があると言っていた。寮には実験設備がないから、調べられないと」


   ◆◆◆


バイロン先生の話では、俺と接触できないでいたエミリーが、アスタシフォン語の授業後に頼んできたらしい。他の教師ではなくバイロン先生なら、自分達の味方になってくれると思ったのだろう。確かに、グロリアの一件から、彼と俺達には妙な連帯感が生まれている。


早速、実験器具のある教官室で焼き菓子を分析する。細かく砕いて乳鉢ですり、少しずつ別々の皿に移して上から魔法試験薬を垂らすと、無色透明の試験薬が黄色く発光した。

「光属性……か」

二属性以上の魔法がかかっていた場合、虹のようにプリズムになる。何度か試したが光は黄色一色だ。強力な光属性の魔法薬の効果がある、ということだろう。元となっている魔法薬を調べるため、俺は『再生』の魔法をかけた。


闇魔法『再生』は、光魔法の『蘇生』と同じように、死んだ者を再び動かすことができる禁忌の術だ。死んだ人間が『蘇生』で復活した場合は、生きていた時と同じように血が通った生き物になるが、『再生』で人間を復活させると、言わば生ける屍に変わる。動物由来の材料が入っていると厄介だと思い、『再生』を選んだ。


紫色の闇に包まれ、焼き菓子が材料に戻っていく。小麦粉や卵と共に現れたのは、巷で売られている安い惚れ薬の原材料となっているキトヌ草だった。キトヌ草が使われている惚れ薬が安いのは、草が手に入りやすいからではない。キトヌ草には依存性があり、継続して摂取するとまた欲するようになる危険な植物で、安くなければ薬が売れないからだ。安全で高額な惚れ薬はいくらでもあるが、平民には危険を知ってもなお、安価なこの薬を選ぶ者も多い。そう言えば何年か前に、キトヌ草の惚れ薬を常用し、相手を前後不覚にして結婚を承諾させた貴族がいたな。


明日エミリーに尋ねれば分かることだが、おそらくこの焼き菓子は、俺が作った腕輪を身に付けている連中の誰かが受け取ったものだろう。校内の噂では、レイモンド・オードファンがアイリーンを傍に置いているらしい。焼き菓子でキトヌ依存にし、将来の王の側近を洗脳するつもりなのか。危険極まりないが、直接王族を手にかけたわけではない。市販されている薬なのだから、使っても罪に問うこともできない。決定打に欠けるのだ。


   ◆◆◆


夢中になって成分を分析していたら、窓の外はとっぷりと日が暮れていた。独身寮に戻って明日の服装を考える。

クローゼットの中には、飾りのない真っ黒いローブ、金糸で刺繍が入った黒いローブ、フードに強化魔法がかかった黒いローブ、丈が短く動きやすい黒いローブ……。

――しまった!

俺は黒いローブしか持っていないのか!?


たんすを開けて中身を全部出し、そこでも愕然とした。白いワイシャツが六枚、黒いスラックスが四本……異常だ。素材や夏物冬物の違いはあれど、見た目は同じ服しかない。洗い替えだと思って買い足したのかもしれないが、全く記憶にない。街で買い物をする度に、似たようなものを買ってしまったのだろうか。


時計を睨むと、とっくに街の洋品店は閉まっている時間だった。

いつもと同じ服装の俺にがっかりするエミリーの顔を想像し、一瞬灰になりそうになったが、すんでのところで現実に引き戻された。

――そうだ、まだ諦めるのは早い。


   ◆◆◆


「で?こんな夜になって、慌てて相談に来たわけ?」

ガウンを羽織ったロンは、戸口で俺を見るなり追い払おうとする。風呂から上がったばかりなのか、赤紫の髪が濡れて先端から雫が垂れている。

「頼む!服を貸してくれ!」

「やだね。あんたに貸したら、みーんなびろんびろんに伸びちゃうわ」

言われてみれば、ロンより俺の方が背が高い。肩幅もあるように思う。

「ローブで来るなと言われているんだ」

明日着ていく服を考えていたら、俺はローブしか持っていないことに気が付いた。

学院内で校舎と寮の往復だ。着飾る必要もなく、白いワイシャツに黒いスラックス、上に黒いローブといういつもの格好で過ごしていた。


「夜になる前に街に買い出しに行けばよかったじゃない。店に入れば適当に選んでくれるわよ」

「追試の問題作成で時間がなかったんだ」

「そ?残念ねー」

ロンは他人事のように呟いて笑った。

「仕方ないわねえ。完璧にコーディネートしてあげるから、後で十倍返しね」

「十倍……」

「今度の剣技科の昇級試験で、怪我人の治療に当たってもらうわよ。……入って」

得意げに水色の瞳を細め、腰に手を当てたロンは俺を上から下までじっくり舐め回すように見た。

「ホント、あんたって宝の持ち腐れよねえ。髪もぼさぼさだし、少しは梳かしなさいよ」

溜息をついてクローゼットに向かい、ハンガーにかけられた服をいくつか掴むと、ソファに並べて置いた。

「これを着るのか?上着だけでも六枚あるぞ」

「着てみて選ぶに決まってるでしょ。大丈夫よ、寝る時間は確保してあげるから」

服を手に取って見ている俺に、腕組みして上から目線で

「脱いで」

と言うと、ロンはにやりと笑った。


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