285 悪役令嬢はお泊りに誘われる
「信じられないわ、あの優柔不断男!」
寝室のベッドの上で悪態をついているのはマリナだった。生徒会の話し合いでは、結局ダンスをやめるという判断にはならなかった。セドリックが伝統行事を変えるのは抵抗があると言ったからだ。
「ダンスのパートナー問題も、ドレス問題も、ダンスをしなければ全て解決でしょう?どう思う?ジュリア」
「私はドレスを着なくていいなら、大賛成だけどさ。楽しみにしてる人もいるんじゃない?レナードの友達はパートナーを紹介してくれって頼んできてるようだし、レナード本人も楽しみにしてるっぽい」
「……レナード?」
エミリーが雑誌から視線を上げた。
「ジュリアのクラスメイトよ」
「そう。ちょっとチャラい感じの」
「……ああ。あいつか。魔法科の女子にも声かけてた。剣技科の男とパートナー組まないかって。汗臭そうな男は勘弁」
「それはエミリーの好みでしょ?魔法科の女子の中には、ガタイのいい奴が好きだって子もいるよ」
ジュリアの意見にエミリーは盛んに首を傾げている。
「ダンスパーティーにはなるんでしょうね。私達もドレスを用意しないと」
「行かない」
「行きたくないなあ」
妹二人の意見が一致し、マリナは額に手を当てて俯いた。
「……そんなところばかり気が合うんだから。ジュリアが行かなかったら、アレックスは一人になるのよ?アイリーンに目をつけられても知らないわよ」
「う……」
「……マシューはパーティー出ないから、関係ない」
「あら、そう言えば……バイロン先生からパーティーに出たいとお申し出があったと聞いたわ」
「ダンスなんかするの?あのバイロン先生が?」
ジュリアの脳内では踊るバイロン先生がうまく描けない。踊りのセンスがなさそうに見えるからだ。
「教職員でも参加したい人は参加できるの?」
「お。エミリーがやる気になった?」
「……別に」
◆◆◆
翌日の昼にアリッサが学院へ戻り、四姉妹は食堂で語らった。
「どうだった?お父様、何て言ってた?」
「アリッサの気持ちを分かってもらえたの?」
「うん。お父様も変だって思ったから、オードファン公爵様と相談したんですって。レイ様の様子を使用人から聞きだして調べて、アイリーンのことも知ってたの」
「……」
話し込む三人の横で、エミリーは一人、ストローでジュースを吸っている。
「王太子様やアレックス君にも纏わりついてるって知って、お父様から男爵に注意するって言うから、やめてってお願いしたわ」
「それがいいわね。後から脅迫しただの何だのって言われるに決まっているわ」
「婚約解消は保留で、婚約したままってことか」
「レイ様、早く普通に戻ってくれるといいな。いっぱいお話したいことがあるの」
アリッサは瞳をきらきらさせて宙を見つめた。三人には見えない何かが見えているようだ。
「あとね、今朝、お父様とお兄様が出発したんだけどね」
「ビルクールに、でしょ」
「今年中に戻って来られるかしら?」
「どうかなあ?……出発したのはそうだけど、私が言いたいのは違うの」
「ん?」
「何かあったの?」
ジュリアとマリナはフォークとナイフを動かす手を止めた。エミリーは相変わらずジュースを吸っている。アリッサは三人に顔を寄せるように手招きした。
「あのね……お兄様が、アスタシフォンに行くみたい」
「うちの領地から出るの?」
「お話を立ち聞きしちゃって。詳しくは分からないけど、お父様がお願いしてたわ」
「兄様ならアスタシフォン語もできるけどさあ、奴隷同然にただ働きさせられてた街じゃん?いい思い出なくね?私だったら絶対行きたくないな」
「大丈夫よ、ジュリアは」
「……アスタシフォン語ができないから頼まれない」
ボソッとエミリーが呟く。怒ったジュリアがテーブルを叩くと、空になったグラスが揺れた。
◆◆◆
「さあ、マリナ。僕と一緒に王宮に行こうね?」
優柔不断な生徒会長が仕切る生徒会活動は、特に作業も進まず、今日は解散することになった。マクシミリアンとキースを生徒会室から追い出すと、セドリックは無駄にキラキラした笑みでマリナの肩に手をかけた。
「セドリック様、休日は明日ですわよ?」
「知ってるよ。僕は朝から何度もバルコニーで手を振らなければならないんだ。実質休みにならないから、今晩君とゆっくり過ごしたいな」
表情を曇らせたまま一度フリーズし、潤滑油が足りないロボットのようにぎこちない動きで、マリナは王太子の手を振り払った。
「……王宮に泊まるのはなしでお願いします」
「ダメだよ。これは期末試験満点のご褒美なんだからね。君の意見は受け付けないよ?」
「どうしても?」
「うん」
――今の『うん』って、絶対語尾に音符がついてるわ。なんて嬉しそうなの?
「出かけるには支度が必要ですし、一度寮に戻らせてください」
逃げ帰って部屋に籠ればこっちのものだとマリナは思った。明日の準備のために、セドリックは王宮にもどらなければならない。マリナをいつまでも待っている時間はないはずだ。
「分かったよ。アリッサと一緒に帰るんだね。僕も支度をして、車寄せで待っているからね」
「……」
返事をせずにアルカイックスマイルで頷く。行くと言わなければ後で言い逃れられる。
「待っているからね、マリナ」
そっと頬に触れるだけのキスをして、セドリックは生徒会室を出て行った。
「マリナちゃん……お泊り、するの?」
頬に手を当て、真っ赤になったアリッサが訊いてきた。目の前で姉が婚約者にキスされた。アリッサとしては猛烈に恥ずかしいのだ。
「しないわよ。帰ったら部屋に籠城するわ。明日のデートは、セドリック様に時間を教えてあるもの」
「うまくいくかなあ……」
不安そうに眉を下げたアリッサは、廊下から物音がしたような気がして、ドアを開けて左右を眺めた。
「誰もいない。……気のせいだったのかな」
首を捻ると後ろから、肩にコートが掛けられる。
「行きましょう、アリッサ」
颯爽と歩き出したマリナを追って、アリッサはコートに袖を通しながら歩き出した。




