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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 9 王太子の誕生日
442/616

278 少年剣士はおねだりに戸惑う

【アレックス視点】


「レイモンドなら、来ないよ?」

朝の食堂で、俺はセドリック殿下に肩を叩かれた。

「どうしてですか?具合が悪いとか……」

「アレックスは知らないだろうけど、昨日から外出禁止なんだ。僕が命令して、謹慎させている」

「殿下が、命令を?レイモンドさんに?」

「……驚きすぎだよ、アレックス」

殿下は拗ねるように呟いた。

「マリナにもびっくりされたよ……そんなに僕、王族の威厳がないかな?」

「え、そ、そういうことでは」

「慌てるってことは、そう思ってるってことだよね」

青い瞳に見据えられ、俺は食堂の片隅から動けなくなった。殿下は時々、やけに凄味のある笑い方をすることがあって、いつものお優しい殿下とは似ても似つかない怖い男になる。

――威厳はないけど、十分怖いです。

……なんて言えるわけがない。

おっかないところはマリナとお似合いだと思う。……あ、これは言ったら喜ばれそうだ。

「と、時々、マリナと似てるなって思います」

「マリナと?」

「はい、さ……」

「そうかあ、ふふ、一緒にいると性格まで似てくるのかな。嬉しいなあ……」

――全然、俺の話なんか聞こえていないな。

殿下は軽くスキップしながら席へ歩いていく。寮の食堂で一番上座にあたる席が、殿下の指定席になっているのだ。

「あ、アレックス。レイは来ないから、僕の隣においでよ」

腕を引かれて隣に座らされた。俺はいつもはレナードかキースと一緒で、滅多に殿下と一緒に食事をしないから、少し緊張する。


「ねえ、アレックス」

「はい」

パンをまるごと口に咥えようかと思ったが、殿下に話しかけられたので手を下ろした。

「レイは……アイリーンに魅了されたんだ」

「な、んぐ!」

動揺してパンを口に入れ、むせた俺の背中を殿下が撫でてくれた。

「……ぐ、ん、すみません」

「魔法をかけ続けられると悪影響がでる。レイの身の安全を考えて、寮に閉じ込めたんだ」

「アリッサは知ってるんですか?」

「レイがアリッサと距離を置いて、アイリーンを罠にかけようとしていたのは知ってるよね?……昨日、マリナと話したんだけれど、アリッサが風邪を引いたのはレイに待ち合わせをすっぽかされたかららしい」

「……マジすか」

「僕のマリナが嘘をつくとでも?」

キラリ。

セドリック殿下の青い瞳が昏い輝きを放った。

怖い、なんだか怖いです、殿下。

「い、いえいえいえいえ。違いますよ。アリッサが風邪を引いたのって試験の前日で……ん?確かあの日の朝は、レイモンドさんは普通だったはずですよ。キースが来ないって二人で話してて……」

「おかしいな。それなら、待ち合わせの夜は、レイモンドは正気だったことになるよ」


「変ですね……忘れちゃったんですかね?」

「あのレイモンドが?アリッサに会う度にドレスの模様まで克明に記憶して、僕に散々惚気ていたレイモンドがかい?」

「……そんなことしてたんですか」

「王宮で僕に付き合って一緒に勉強をしていたんだ。学院長先生の授業の前に、レイモンドは僕のせいで図書館に行けないと愚痴をこぼして」

「うわー」

ねちねち責めるんだろうな。考えたくもない。

「昨日会ったアリッサは妖精のようだったとか、キスしたら真っ赤になったとか、いろいろ惚気るんだよ!僕だってマリナを王宮に呼びたいのを我慢して授業を受けていたのに!」

握りこぶしを作って訴える殿下の声が大きくなってきた。要はあれかな、殿下もマリナとキスしたかったってことか?でもなあ、家に来ていたジュリアの話じゃ、マリナは毎日のように王宮に呼ばれていたような……。

「はあ……」

――あれ?何の話だっけ?あ。そうだ。

「レイモンドさんは記憶力がいいって話でしたよね」

「はっ、……だから、レイモンドが約束を忘れるなんてあり得ないよ」

殿下は咳払いをして、目の前の卵料理に手をつけた。


   ◆◆◆


俺が寮の玄関に出た時、人だかりの向こうから元気な声が聞こえた。

「アレックスー!一緒に行こう!」

ぶんぶんと手を振りながら、生徒達をかき分けて走ってきたのはジュリアだ。

俺の前まで来て、はっと目を見開いたかと思うと、少しほつれた髪を手で直し、コートと制服の襟を整え、キリッとした表情になった。

「お迎えに上がりました……姫」

「姫、じゃないだろ」

「あ、そうか。えっと……王子?」

「殿下とごっちゃになるだろ。……ったく、変な挨拶はいいから!」

考え込むジュリアの肩に腕を回し、軽く抱き寄せると、ちらりとこちらを見て頬を染める。

――っ!

肩なんか抱くんじゃなかった。

俺の方が動揺して、歩くのもままならない。

「脚、痛いの?アレックス」

「な、何でもない!」


何か話すこと、話すことは……。

「なん……か、その……久しぶりだな」

碌な会話が思い浮かばない。子供の頃は一晩中話していても、話し足りなかったのに。

……ってか、一晩中?ジュリアが俺の家に泊まりに来た時のことを思い出し、心臓がバクバク音を立てはじめた。

「久しぶりだね、一緒に学校に行くの」

嬉しそうだな。だよな。俺も嬉しいし。

蕩けるように笑うなよ。その笑顔は反則だろ。

「……やべ、可愛……」

「んー、ほんっと、嬉しいなあ。アレックスはあのまま、アイリーンの下僕になっちゃうのかなってちょっと心配だったから」

「んなこと、あるわけないだろ?」

疑われていたなんて心外だった。


「くっくっ……なんてね。信じてたよ?」

引っかけたのか?ジュリアの奴。

笑いながら俺の顔を覗きこもうとする。顔を逸らしても意味がないじゃないか。

「見るな」

自分で鏡を見なくても分かる。絶対真っ赤になっている自信がある。

「アレックスがアイリーンの下僕になるわけないもんね。だってもう、下僕だし」

「俺が?誰の……ああ、殿下の?」

「殿下はアレックスの主君だけど、アレックスは臣下、下僕じゃないよ」

「じゃあ誰だよ。……レイモンドさんとか?」

確かにあの人の言葉には逆らえない。本気で怒らせたことはないけれど、本気で怒ったら……うわ、考えたくない。

「いいように使われてるけど、レイモンドは違うよね」

「さっさと答え教えろよ。……校舎に着いちまうぞ」

校舎なんてまだ先だったが、答えを急かそうと俺はわざときつい調子で言う。

ジュリアは俺の前に回り込んで、自分を指さしてにやりと笑った。

「答えは私」

「は?……っ、一生言ってろ」

しかめ面を作って見下ろせば、ジュリアのアメジストの瞳に囚われた。

――ん?一生言ってろ?

俺、まずいこと言ったか?一生ジュリアが言ってるのを聞く?

もしかしなくてもプロポーズみたいじゃないか!?

動揺して口をパクパクさせる俺を見つめて、

「アレックス……私のお願い、聞いてくれる?」

とジュリアが可愛らしくおねだりをしてきた。身長差が開いてきた俺達だから、ジュリアは俺を見る時は上目づかいになってしまう。

だ―――――――――っ!

脳内で俺は頭を抱えて絶叫していた。可愛らしい小さな唇に視線を奪われる。

人前だけど――い、いいってこと、だよな?

俺はジュリアの白い頬にそっと手を伸ばした。


   ◆◆◆


「いい加減機嫌を直せよ」

「……」

「何むくれてんの?アレックス」

「……別に」

教室に着いた俺達は、ジュリアの席に集まって話をしていた。リオネルが帰国してからまた席替えがあり、ジュリアは窓際の一番後ろという、昼寝に最適な席を確保していた。しかも隣がレナードだ。得意げなこいつの顔に苛立つ。俺はと言えば、籤運に見放されて教卓のすぐ傍だ。

「ジュリアちゃんとの朝のデートを邪魔されたと思ってるんだよ、きっと」

「邪魔だと思うなら、遠くから見守れよ」

「嫌だね。……ね、ジュリアちゃん。明日は俺と登校しようよ?」

軽い調子でジュリアを誘うレナードを睨むと、レナードも俺を睨んだ気がした。

――何だ、今の……。

あいつの視線の中に見えた何かの正体が分からず、俺は何も言えなくなった。


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