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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
ゲーム開始前 2 暴走しだした恋心
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32 悪役令嬢の密談 10

シャツを着替えて帰宅したジュリアを見て、姉妹は何があったのかと騒然となった。

「食べこぼしたわけでもあるまいし、不自然よね」

「いくらジュリアちゃんでもそんな粗相はしないよ」

「……彼シャツ?」

「ああ、これ?紅茶をかっこよく淹れようとして失敗してさ」

ジュリアが話し出すと、ああー、と残念そうな声が漏れ、エミリーは手近な長椅子に横になった。

「ヴィルソード家に新しい侍女が入ってて、こう、こんな感じに、かっこよく紅茶を淹れてたわけよ。んで、私も真似してやってみたら」

「ひっくり返しちゃったのね」

アリッサが眉を八の字にして、組んだ手を胸元に寄せる。

「粗忽者」

エミリーはこちらを見もしない。魔法で出した五色の球をつまらなそうに弄んでいる。

「ビンゴ!こっからここまで、ばしゃーっと」

胸元から腹までを撫でるようにして惨状を説明した。ジュリアの話には誇張が多いと、マリナもアリッサも知っているが、それにしても紅茶を浴びすぎではないかと思った。

「結構熱くて。やっぱ、慣れないことはするもんじゃないね」

苦笑いを浮かべ、ジュリアはエミリーの隣に腰掛けた。

「着替え、どうしたの?」

「うん。その侍女の子に部屋に連れてってもらって着替えた。あっちの使用人には女だって言ってあるから、その子にも教えたの。」

「胸に巻いてる布も濡れちゃったのね。バレなくて本当によかったわ」

「そ。代わりのものを用意してくれてさ。ホント、気がきくんだよ」

半年ほど前から、ジュリアは胸の膨らみを隠すために、シャツやブラウスの下に布を巻いている。女物の下着では体のラインが強調されてしまうし、かといって男物では激しい動きをすれば胸の揺れが気になる。……揺れるほどはないが。

「いつバレるかヒヤヒヤものね」

「来年までもつかなー。マリナが言うように、男の格好でアレックスの気を惹くのは無理じゃないかって思えてきた」

弱気な発言をしたジュリアの腕に白くほっそりした手を添えて、マリナは悠然と微笑んだ。

「無理、じゃなくて、やるの」

「えー?」

「ヒロインに即刻オトされそうなんでしょう?アレックスがオチたら、あなた、暴力男に嫁がされるわよ」

「それは、アレックスと婚約していた場合でしょ。友達のままなら安心……」

「甘い!」

マリナの扇子がジュリアの鼻先に突きつけられる。咄嗟に目を見開いて仰け反り、顔面を打たれるのを避けた。ジュリアは普段の鍛え方が違う。

「お父様と騎士団長様は仲の良い友人なのよ。親同士の取り決めで許婚になる可能性もあるわ。それに、ジュリアが騎士として見込みがあるって言われているとすれば、是非息子の妻にと騎士団長様からお父様に申し入れがあってもおかしくないでしょう。私だってあれほど王太子殿下に嫌われようとしたのに、お父様は陛下の申し入れを断れなかったでしょう」

「国王陛下とアレックスパパじゃ断りやすさが違うじゃん。ま、騎士団長のお墨付きはうれしいけど、申し込まれても困るなー」

ジュリアが頭を掻く。

「ジュリアちゃん、アレックス君のこと、男として見たことある?」

「ない」

「即答!?」

アリッサは目を剥いた。

「皆もそうでしょ?体は十一歳でも、私達、心はアラサーなんだよ?攻略対象だろうが将来イケメン確実の美少年だろうが、十一歳のガキを意識するわけないじゃん」

「至極その通り」

「だよね?エミリーもそう思うでしょ」

エミリーは無言で頷く。アリッサだけが、レイ様は違うもん、かっこいいもんと連呼している。

「ジュリアは何とも思っていなくても、向こうは違うかもよ」

「男だと思ってると思うよ、順調に。……あー、もうこの話、終わりにしない?」

深く考えるのが苦手なジュリアは、面倒くさくなって長椅子に寝転がった。

「女だとバレない限り友達を続けることにするよ。あ、マリナ、言っとくけどアレックスが男を好きになるかどうかはわかんないからね!」

アレックスを男色に走らせ(騎士の中には多少いるようだし)、ヒロインに攻略されないよう仕向ける作戦は、ジュリアの肩にかかっている。しかし、男であったこともなければ、前世でも色仕掛けを使ったことなどない。どうやったらいいか分からない。

終始興味なさそうだったエミリーが長椅子から起き上がり、弄んでいた魔法球を消すと、ジュリアをじっと見つめて呟いた。

「ジュリアは男にならなくてもいいと思う」

マリナが何言ってるの?という顔で首を傾げる。

「アレックスがジュリアを好きになればいい」

「どゆこと、エミリーちゃん」

「アレックスが男を好きにならなくても、ヒロインを選ばないようにすればいい。だから、いつも一緒にいるジュリアを好きにさせればいい」

「今んとこ、私あいつの前で男やってんだよ?」

「そうよ。女だとバレて婚約したら、シナリオ通りになってしまうわ」

「今は……シナリオと違う。ゲームでは、侯爵令嬢は騎士にならない。普通科に在籍して、アレックスと会う時間が少ない。アレックスを攻略する時にはヒロインは剣技科で、魔法科でも剣技科と合同練習が多いから侯爵令嬢より有利だった。……ジュリアは剣技科に入る?」

「そのつもりだよ」

「一緒にいる時間がヒロインより長いわね」

「そう。だから、アレックスから離れなければ、問題ない。ヒロインは近寄れない」

ジュリアは肩を落とした。

「見張ってればいいってんなら、始めっから男のふりしなくてもよかったじゃんか」

「そうねえ」

顎に指先を当てて考え込んでいたマリナは、ジュリアの肩を叩いた。

「それでも、男のままでいるほうが都合がいいと思うの。このまま入学まで隠し通しなさい。寮も一緒になれば、ヒロインに付け入る隙を与えないわ」

「寮?」

エミリーが眉間に皺を寄せる。

「ちょ、マリナ!学院で男子寮に入れっての?」

「マリナちゃん、無理がありすぎ!入学前に貴族の名簿で調べられるのに」

「ふぅむ……ダメかしら?」

結局この日の四者会談は結論を見出せず、ジュリアはバレるまで男のふりを続けることにし、寮の問題は他の解決策を探すことになった。


   ◆◆◆


ベッドに横になり、ジュリアは今日の出来事を振り返る。

ヴィルソード家の新しい使用人エレノアは良くできた侍女だった。今後何かあったら頼れそうだ。着替えもすぐに用意してくれた。服が透けて胸の布をアレックスに見られていないといいのだが。

着替え……そうだ。シャツを返さなくては。アレックスのシャツは肩幅も袖丈も合わなかった。私には大きすぎる。あんなにチビだったアレックスが、自分よりずっと大きくなっている。これでは打ち合っても力で負けてしまうかもしれない。

いつまでもライバルでいられると思っていたのに。

寂しい。アレックスはどんどん騎士らしくなっていくのに、自分は……。

マメができた手は、令嬢のものと言うには皮膚が硬い。もう普通の女の子には戻れないのだろう。マリナやアリッサのように、普通の令嬢として出会っていたら、アレックスは友達になってくれただろうか。いや、男の姿をしているからこそ、二人の友情は成立している。

アレックスは親友だ。絶対失いたくない。……だから、女には戻れない。

ジュリアは男として生きようと心を決めた。


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