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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 9 王太子の誕生日
438/616

274 悪役令嬢は妹を優先する

セドリックが若干病んでます。

放課後の一年二組に女子生徒の黄色い歓声が響いた。

「一緒に帰ろう、マリナ」

セドリック王太子自ら、妃候補を誘いに来たのだ。登校の『リアルモーセ』も、アイリーンが周囲をうろつくようになってから見られなくなり、一年一組のセドリック殿下とマリナ様の恋を応援する会(人によって呼称が異なるらしい)会員は落胆の色を隠せないでいた。しかし、今日になって驚きの展開である。

「セドリック様……教室までいらっしゃるなんて珍しいですわね」

アリッサが休んでいるので、ジュリアでも誘おうかと思っていたマリナは、突然の誘いに戸惑っていた。


「来ちゃいけなかった?」

いじけるように言って余裕の笑みを浮かべるセドリックは、自分が断られるとは露程も思っていない。マリナは彼の目の前に立つと、

「ええ。他の方を誘おうかと思っておりましたの」

と意地悪く返した。

「他の……?だ、誰?僕の知っている人?……あ、同じクラスの……?」

教室を見回す彼に、クラスメイトが『違う違う』と手を振っている。

「他のクラスですけれど、何か?」

「待って、今思い出すから。君の友人……ダメだ、思い出せない」

セドリックが思い出せないのは当然だった。マリナにはこれといって親しい友人がいない。幼い頃は攻略対象者と会うのを恐れて外出せず、セドリックと知り合ってからは王宮に招かれてばかり。常に姉妹四人で固まっていて、碌に社交もしてこなかったのだ。

「……君はその人と帰るんだよね?」

捨てられた子犬のように情けない顔になり、王太子はそっとマリナの手を握った。

――な、ちょ、ちょっと、泣きそうなくせにぐいぐい来ないでよ。

人前で迫るのは勘弁してほしい。何よりここは教室だ。人目がある。

クラスメイト全員が注目している。

一緒に帰るのはジュリアだと言い出せる雰囲気ではなくなっていた。


マリナは頭を抱えるセドリックに微笑みかけた。

「私に、セドリック様より大切な用事などございませんわ」

「マリナ!」

ぎゅ。

「……セドリック様、ここ、教室ですよ?」

「嬉しくて、……つい」

「つい、ではありませんわ。……っ、もう帰りましょう?」

抱きついてきた王太子を振り払い、マリナは彼を昇降口まで引っ張って行き、生徒達に思い切り注目されながら校舎を後にした。


   ◆◆◆


中庭を通りながら、セドリックはぽつぽつと話し出した。

「僕が君の教室に行ったのは、相談があったからなんだ」

「私に?」

「うん……レイのことなんだけど」

セドリックが囁き声になったのに気づき、マリナは彼との距離を縮めた。

「もっと、近くに……」

肩を抱かれて耳元に唇が近づく。吐息がやけに悩ましい。

――単なる内緒話、よね?緊張している私がおかしいのよ。


「レイはアイリーンに魅了されたみたいだ。僕がこの目で見た」

「何ですって?」

「いつから魅了されていたのかはっきりしないんだけれど、毎日アイリーンと会っていたら魔法の効果が切れないと思ったんだ。それで、寮で謹慎するようにって命令した」

「命令……初めて聞きましたわ」

「普段は命令なんかしないから。大人しく寮に帰ったようだから、部屋に結界を張るように、ってコーノック先生にお願いしたよ。外からもアイリーンが干渉できないように」


一頻り話して、セドリックは口をつぐんだ。

「それと……一つ気になることがあるんだ」

「何ですの?」

「アリッサの友達の子、フローラのことなんだけど。……君はどう思ってる?」

「どうって、少し口数が多い気はしますけれど、頭の回転の速い世話好きな方だと思いますわ」

「そうだね。確かに、彼女は頭の回転が速い。レイと対等に難しい話ができているしね。だからきっと、憧れるものがあったんだろう」

アリッサは少しおっとりしたところがあるから、話していると終始レイモンドに押されているように見える。彼女と対極にあるようだ。


「憧れる、とは……」

「彼女はレイに執着しているのではないかと思う。……実は、今日、生徒手帳を拾って。レイの予定と行動記録が書かれていたんだ。そこから行動パターンを読んでいたらしい」

ゾクリ。

マリナの背筋に冷たいものが走った。

乙女ゲームの攻略では、攻略対象の出没サイクルを読むのもコツの一つだった。フローラはそれと同じことをレイモンドにしている。

――転生者?まさか……。偶然よね?

「では、アリッサと仲良くしていたのも?」

「恐らく、レイの情報を得るためか、アリッサを牽制するのが目的だろうね。……信じたくはないな」

視線を逸らしたセドリックの瞳にも悔しさが滲んでいる。


「セドリック様、お願いがあります」

「何?」

「今のお話、アリッサには知らせないでいただきたいのです。体調も万全ではありませんし、追試もありますでしょう?」

「分かったよ。ただ、フローラが何か問題を起こしそうな気配がしたら、僕は君のお願いを無視してアリッサに警告するからね」

「構いませんわ。妹達の安全が何より大事です」


「妹達……か。君の一番は妹なんだね、マリナ」

「え?」

「こう言ったら薄情だと思われるかもしれないけれど、僕は……」

「ブリジット様と私が川で同時に溺れたら、幼いブリジット様を見捨てて私の手を取るなどと仰らないでくださいね」

「う……」

図星を指されてセドリックは狼狽えた。

「私は自力で岸まで上がりますわ。それくらいできなくては、セドリック様の隣には立てませんもの。王の命を危険に晒すなど、以ての外……」

「マリナ……」

セドリックは青い瞳をキラキラさせてマリナを見た。どうやら感動しているようだが、顔の緩み方が尋常ではない。

「あなたを危険な目に遭わせるくらいなら、私、黙って川に流され……」

「だ、ダメだよ!」

「王の代わりはいないけれど、妃の代わりはいくらでもいる。……そうでしょう?」

苦しそうな表情でマリナを見つめるセドリックは、微かに唇を震わせた。

「僕が……君の代わりに誰かを愛せると、本気で思っているの?」

「え?」

「君がいなくなった世界で、他の誰かに愛を囁けると?」

「あの……」

「この気持ちを、そんなに軽いものだと思っていたの?」

――って、重い!

セドリックの言葉の重みと、肩に回された腕の重みがマリナを軋ませていく。肩を一層強く抱き寄せられて、頬に唇が触れた。

「あ……」

「側妃を許す物わかりのいい妃なんて要らないんだよ?君がもっと、僕を貪欲に求めてくれる方が、ずっとずっと嬉しい……」

吐息交じりに耳元で囁かれ、マリナの体温が急激に上昇する。心拍数がとんでもないことになっている気がする。

「……誕生日は、王宮の僕の部屋で過ごそうね。僕の気持ちをマリナが分かってくれるように……」

顔が近づき、流れるように自然に唇を奪われた。

「ん……」

癖で目を閉じてしまう。

「……いいよね?」

目を開けると熱っぽい視線に絡め取られ、マリナは呆然として頷く。セドリックは満足そうに瞳を細めた。

――あ!しまった!

「ふふ。楽しみだなあ」

雰囲気に呑まれた自分を呪いつつ、マリナは苦笑いを返したのだった。


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