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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 8 期末試験を乗り越えろ
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268 公爵令息と片翼の天使

【レイモンド視点】


アイリーンを騙すための勉強会は、予定より早く切り上げた。表向きはセドリックがおらず二年生に教えることがないからだが、別に一年生三人に下校のチャイムまで教えてやってもよかった。アイリーンは不満そうな顔をしていた。キースも何か考え込む様子が見られた。


だが、今日は長居したくはない。

夕食の時間にアリッサと薔薇園で待ち合わせをしているのだ。

寮まで脇目も振らずに早歩きで帰り、服装は制服のままだが身だしなみを整えた。昨日港町ビルクールで買った天使の置物を机の上から手に取る。

待て。一度確認したほうがいいか?

割れたり欠けたりしていては、アリッサをがっかりさせてしまう。一度包みを開けて確認し、そっとリボンを元に戻した。

「可愛らしい包みですねえ。どなたに……おっと、決まってますよね?」

デニスが俺を見て楽しそうに笑った。

「ああ。彼女にぴったりのものを見つけたんだ」

俺が微かに笑うと、デニスは驚いて口を開けた。

「……どうかしたか?」

「いや、レイモンド様がそんな顔もなさるんだなと思って」

普段この男にはどんな人物だと思われているのだろう。想像には難くない。

「アリッサが俺を笑顔にしてくれるんだ」

「よかったですねえ、坊ちゃん」

「坊ちゃんはやめろ」

「かしこまりました、レイモンド様」

「……行ってくる。寮の夕食には間に合わないと思う。戻ったら食べるものを用意しておいてくれると助かる」

「ハンナさんに伝えますよ。いってらっしゃいませ、坊ちゃん」

「坊ちゃんはやめろ!」


   ◆◆◆


階段を駆け下りて行くと、一階の廊下でアレックスが立ち話をしていた。

「レイモンドさん、もうすぐ夕食ですよ?」

「構わん」

「食べないんですか?」

「大事な用事があるんでな」

振り返らずに返事をする。遠くで、今日は人気メニューの日ですよと叫んでいる声がした。そんなに食べたければ俺の分を食べればいいだろう?


石畳を走ればすぐに中庭に出られると、頭の中でイメージしながら建物の外に出る。

バン!

カシャン。

暗闇の中で、何かが俺とぶつかった。

――人、生徒か?

寮の窓から漏れる灯りを頼りに目を凝らす。すぐに目の前の人物が口を開いた。

「レイモンド様!」

「……フローラ?どうしたんだ、もう夕食の時間だろう?」

「レイモンド様が向かわれる前に、お伝えしなければと思って急いで参りました」

「アリッサに何かあったのか?」

俺が訊ねると、フローラはふっと笑ったように見えた。……気のせいか?

「このところ寒い日が続きましたでしょう?アリッサ様は体調を崩されて、本日はお会いになれないそうです」

「何だって……?」

「ですから、レイモンド様はお部屋にお戻り……あら?」

足元に落ちていた小箱に気づき、フローラが拾い上げる。中からカラカラと音がする。壊れているようだ。

――何てことだ。

「この箱は、レイモンド様のものですか?」

「……ああ」

「申し訳ございません。わたくしがぶつかったばかりに……箱まで踏んでしまったようで、重ね重ね申し訳ございません」

「……いや、いい」

アリッサの友人でなければ嫌味の一つでも言ってやりたいところだが、俺とフローラが険悪になったら、アリッサが悲しむだろう。喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。

潰れた箱を手に深呼吸をし、俺はフローラに向き直った。

「アリッサの容体はどうなのだ?見舞いに行っても……」

「いけませんわ、レイモンド様。女子寮にはアイリーンがおります。途中で捕まって絡まれるのがオチですわよ。熱が下がればよくなります。お見舞いで余計な気を遣わせてしまっては本末転倒ですわ」

「そうだな。見舞いは後日、ということにしよう」

「それがよろしいですわ」

フローラは挨拶をして女子寮へ走って行った。


   ◆◆◆


「ありゃあ、坊ちゃん、その箱、どうしたんですか?」

「坊ちゃんはやめろ。……人とぶつかって落としてしまったんだ」

「潰れているじゃありませんか。中は無事ですか?」

「残念だが、割れているだろうな。俺は小さな置物を直せるほど器用ではないし、土属性魔法が達者でもないから魔法で修復も難しいな。……待てよ?」

箱を持ってリボンを解く前に考える。キースは土属性の魔法も得意だったはずだ。いつぞや、エミリーと二人で四阿を直した逸話を聞いた気がする。

「明日後輩に頼んでみるとしよう。……いや、試験が終わってからだな」


するするとリボンを解き、小箱を開けると台座から天使が倒れていた。白い羽根が片方折れて痛々しい。優しい笑顔を浮かべていた天使が泣いているように見えて、俺はアリッサの泣き顔を思い出した。


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