266 悪役令嬢は企てを白状させられる
「こっちでもそんなのあるんだねー」
校舎裏に呼び出された話をしたエミリーに、ジュリアはキッシュを頬張りながら平凡な感想を述べた。
「キースの奴、従姉の名前も憶えてなかった。……泣きながら走って行った」
「流石に可哀想だね。私、その二年生に同情するな。キースってさ、結構大雑把っていうか、興味ないことって全く手をつけないっていうか」
「食わず嫌い的な?」
「そうそう。魔法とエミリーのことと、生徒会活動以外は、どうでもよさそうだよね」
うーん、と三人は唸る。確かに、彼は一つに集中して取り組むタイプに見える。入学前に社交の場に出たことも少なく、人当たりがよくなったエミリーと同等だ。
「私達も前は何度も名前を間違えられたけど、四つ子だからだもの」
「あったねー。マリナとアリッサは特に」
「話は戻るけど、エミリーはキースに助けられたのね」
「……来なくても大丈夫だった」
「一人で抱え込まないでね?ところで、二年生はどうしてあなたを呼び出したの?」
「……」
エミリーは嫌そうな顔をした。
「ほらほら、お姉さんに話してごらーん?」
いやらしく微笑み、ジュリアはエミリーの顎をクイッと持ち上げた。
「やめて」
「キース君の従姉なんだから、キース君がどうかしたの?」
「……告白、……された??」
「何その疑問形」
「されたかどうかよく分かんない。微妙だった」
マリナは額に手を当てて、テーブルの天板を見ながらがっくりと項垂れた。
「エミリー……キースなりに一生懸命だったんでしょう?微妙なんて言い方、よくないわ」
「私もそう思うよ?真面目に返事してやりなよ」
「……面倒」
「面倒って、エミリーちゃん……あんまりだよ?キース君が可哀想」
「アリッサみたいに恋愛至上主義じゃないもの。私は一人で手一杯なの!」
エミリーにしては強い調子で言ったので、姉三人は目を瞠った。。
「……一人?」
「一人って……」
「『彼氏』でいっぱいいっぱいってこと?」
「やだ、ノロケ?」
「エミリーの『彼氏』って独占欲強そうだもんね。魔王だし?」
「魔王に知られる前に、はっきり言葉で示すべきよ。……言い方はよくないけれど、きちんと振るなら振らないと」
「……」
姉の言葉に考え込んだエミリーは、ガタリと椅子を鳴らして立ち上がり、ふらふらと食堂を出て行った。
◆◆◆
「エミリーちゃん、どうしたのかなあ?」
放課後のハロルドとの勉強会に、エミリーは姿を現さなかった。
「勉強が嫌になって帰ったんじゃない?」
「それはジュリアでしょ。帰りたい、帰って昼寝したいって顔に書いてあるわよ」
「いくら私でも、テストの前日くらいは真面目に勉強するって」
「そうだったかしら?」
マリナは前世のジュリアに思いを馳せた。テスト前も早寝に徹していたような気がする。部活でくたくたになるまで運動してきて、夕食と入浴を済ませると、居間のソファでいびきをかいていたように思う。
「ジュリアも真面目に取り組んでいますよね。前よりも字を書こうという意欲が見られます」
「字を書く……」
アリッサが絶句する。まだそのレベルなのか……。
「うん。解こうとは思ってるよ。例文だって書き写そうとは思う……けど、どうも綴りが覚えられなくて」
頭を掻いていると、ハロルドが困ったように笑った。
「アスタシフォン語は名詞が変化しますから、初めのうちは丸暗記するしかありません。普通科は入学前から外国語を学んでいる生徒が多いのですが、剣技科は違うのですか?」
「うちのクラスは、全然だなあ。『リオネル先生のアスタシフォン語教室』もやったのに、覚える気ないんだもん。これで赤点なんか取ったら、教えてくれたリオネルに悪いよ」
「普通科はアスタシフォン語の他に、選択科目でイノセンシア語も習っているのよ。それに比べたら楽勝でしょう?」
「だよね。あー、スレスレでもいいから、赤点になりませんように!」
「おや、ジュリア。もう神頼みですか?」
「だってさ、赤点取ったら追試だよ?今度の祝日、マリナ達とトリプルデートできないじゃん!……あ」
ピシ。
室内の空気が凍ってひび割れた……気がした。
マリナはこめかみに青筋を立て、引き攣った笑顔でジュリアを見つめている。
「あ、えっと……今のなし。うん、冗談。私の妄想だから」
「ジュリアちゃん……」
慌てて手を振っているジュリアの肩をアリッサが叩いた。諦めろというサインだ。
「一つ聞いてもよろしいですか?」
「だから、私の妄そ……」
「聞いても、よろしいですよね?」
――ヒイイイイイ。兄様、目が怖い!
蛇に睨まれた蛙、チーターにロックオンされたトムソンガゼル。ジュリアは横目でマリナに助けを求めたが、マリナは聞かなかったことにしてノートに数式を書いている。
「はい……」
「デートするのは、ジュリア、あなたとアレックス、マリナと……他にはどなたが行かれるのですか?」
――『どなた』って聞いた時点で分かってますよね?ね、兄様?
「エミリーと、キース……」
「あと一人、足りませんよ?」
ごくり。
ジュリアの喉が鳴った。
「アリ……」
「あと一人は男性ですよね?」
アリッサということにして逃げようとしたジュリアの目論見は脆くも崩れた。
「……セドリック殿下、だよ……」
聞こえるか聞こえないかの音量で呟くと、義兄は凄味のある美しい、しかも目が笑っていない笑顔を向け、
「そうですか」
とだけ応えた。
その後は何故か手が震えて、ジュリアは綺麗に文字を書くことができなかった。




